2017年7月20日木曜日

日本は、ウエットな労使関係を止めて、開放的な社会をめざすべき

新国立競技場の工事の関係者で過労自殺があった。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170720-00010005-bfj-soci 亡くなったのは23歳の新卒男性であり、自殺直前の1カ月で徹夜が3回もあり、夜22時以前に仕事が終わったのは5日だけだったという。若干不思議に思うのは、「何故そんな会社からさっさと退職しなかったのか?(補足1)」ということである。

以前にも広告代理店電通の東大卒新入社員が過労自殺したことが報じられた。http://ironna.jp/article/4218その際も同じ感想をもった。極端な過重労働を強いられた場合、誰でも退職すべきだと考えるのだが、それでも退職できない事情があった筈である。仕事に特別の責任感を要求する日本の道徳観が背後にあるのかもしれないが、やはり、次の職場が見つけにくいのだろう。

このような事件は日本に独特の現象だろう。恐らく労働者と雇用者或いは上司との人間関係が、非常にウエットであることと関連しているのだろう。最近の記事だが、日本では労働者と雇用者の関係は封建領主と領民の関係であり、労働と賃金の関係ではないとブログに書いた。そのウエットな、労使関係や同僚間の人間関係が有るがゆえに、就業後の飲み会などの付き合いや、仕事を離れた場面でも仕事場の上下関係がついて回る現実がある。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43274988.html

仕事場を労働と賃金というドライな関係の場(空間)にすれば、新卒の一斉採用や、中途採用や転職を目指す人間への差別待遇などが無くなる筈である。更に、年齢差別や男女差別の他、正規雇用者と臨時採用の職員との給与差別もなくなるだろう。セクハラ騒動も減少する筈である。

会社側にも、年功で高給取りになった役にたたない人間の解雇が容易になる一方、気がつけば定年という幸福なのか不幸なのか分からない情況から、労働者を追い出す(或いは解放する)だろう。(補足2)この仕事に於ける一定の厳しさは、日本を人間関係よりも仕事の能力において上昇志向を持つ労働者の社会にするだろう。

その結果、年功序列ではなくスキルを向上させることで高い給与を目指す人が増加するので、被雇用者全体の労働の質の向上に繋がる。それは、日本国全体の生産性向上をもたらす。全体的に労働者の給与は上昇する一方、会社は高い給与を避ける意味での設備投資を余儀なくされる。人不足はすぐに解消するだろう。移民や外国人労働者を入れようという風潮は消え、将来の治安の悪化は防げるだろう。 

現在、毎年剰余金を積み立てて、配当にも出さず設備投資もしない会社が多い。また、デフレ経済の一因に実質賃金の減少がある。それは労働の質が低いからであり、人脈と年功序列で出世する日本社会の伝統が関係している。

同じ会社で人間関係を駆使して出世し年取った無能な経営者を抱えて、倒産の危機にある会社は多いだろう。東芝やすでに倒産したシャープ、身売りののちに外人社長で業績を回復した日産自動車など、一流の企業にもその日本独特の遺伝子病であるが多い。日本の労働市場の改善は緊急の課題であることは明白である。

この病気が重病且つ万年流行しているのが、霞ヶ関や永田町だろう。各省庁の上級公務員は、くだらない公務員試験を受けて採用される。その狭いなかから、次官レースが始まるのである。どう考えても優秀な事務次官が生まれるとは思えない。その官僚たちの中から、戦後の与党政治家が供給されてきた。日本のなさけない現在の姿は、東芝やシャープの姿と同じ遺伝子病患者の姿である。

この理屈が分からない人が、この国に多い。古い労使関係を日本の守るべき伝統と勘違いしている向きが多いのは非常に残念である。オープンな社会の実現は、この労使関係の改革が第一歩だろう。過労自殺の解説記事の殆どは、一方的に会社を攻めるものであり、解析のレベルが全ての報道機関で極めて低い。

以前にも似た事件を異る角度から議論をしたことがある。内容は書いた本人も忘れてしまっているので、引用だけしておきます。
https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43009756.html
https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43005301.html

補足:
1)最初、退社ということばを使ったのだが、退社は普通夕方仕事を終わって家に帰る事を言うので、退職に代えた。会社が労働者を”クビ”にする場合には解雇という言葉があるが、労働者が会社を”クビ”にする場合、退職以外に言葉がない。違う会社で同じ職に着くという言葉が、日本語の中にはないのだ。
2)筆者は、一般会社の厳しい労働環境を知らない。一方的な見方である可能性もある。従って、批判や議論等特に歓迎します。
=== 編集あり(7月21日午前6時)====

「誰が第二次世界大戦を起こしたのか:フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く」を読んだ

1)第31代アメリカ大統領ハーバート・フーバー(Herbert Hoover;任期1929~1933)の大著“裏切られた自由”を翻訳した渡辺惣樹氏が、主に同書から引用して日本人向けに紹介したのが表題の本である。この本の内容にそって、第二次大戦の原因について考えてみた。

現在の第二次大戦の歴史解釈は、ウインストン・チャーチルやフランクリン・ルーズベルトらの政治を絶対善として解釈したものであり、フーバーは真実とは程遠いと指摘する。この本の中ではその現在標準的に受け入れられている歴史観を釈明歴史観という名称で呼んでいる。一方、フーバーが調査研究し、“裏切られた自由”の中に書いた歴史を、修正主義歴史観と呼んだ。

この本の中で一貫しているのは、つまり、フーバーの“裏切られた自由”の中で一貫していると思われるのは、フランクリン・ルーズベルトは、周囲の意見を聞かずに独断専行的に動いたこと、更に、ソ連を挟む仮想敵国のドイツと日本(それにイタリア)に対して非常に厳しい見方をとっていたことである。

それを示したのが1937年10月5日にシカゴで行った、日独伊を国際社会から隔離すべきだという内容の演説である。(「隔離演説」と呼ばれる)シカゴ市政100年記念式典という全く関係のない場所で、今後国際社会で敵対すべき国々を上げて批判している。ここでソ連に全く言及がないのは、ルーズベルトは隠れ共産主義者だからである。或いは、共産党の世界革命を至上命題と考える一派の、雇われ者かもしれない。(補足1)

第一次大戦の教訓として、米国の第28代大統領のウィッドロー・ウィルソン大統領が出した14条の平和原則の提案とそれによる国際連盟の設立が挙げられる(補足2)。西欧諸国が多大の犠牲を払って得た、平和原則を紙屑同然に扱ったのは、第二次大戦時の米国大統領フランクリン・ルーズベルトと英国のチャーチル、そしてソ連のスターリンである。その事実はまた、一般市民特に兵士など実際に戦争に参加する人たちの命の重みなど、彼らの心の中には全く無かったということである。(補足3)

ウイルソンの14条の平和原則の最初の条文は、「秘密外交の廃止と、外交における公開原則」であるが、これら世界のリーダー達のエゴと秘密外交が、第二次大戦を防止でき無かっただけではなく、人類が経験したこともない程の巨大な戦争にまで大きくした原因だったと思われる。

2)第一次大戦とその後のベルサイユ条約で課された重い制裁により、疲弊したドイツ国家を、国家社会主義という独裁体制を採用して急速に立て直したのがヒトラーである。議会を無視する体制ではあるが、その成果から国民の高い評価を得た。世界大恐慌(1929年)の時でも、成長が止まることが無かった。

ヒットラーが最初にベルサイユ体制へ挑戦したのはオーストリアとチェコスロバキアのズデーテンランドの併合だった。オーストリアの併合では、ヒトラーの優れた経済政策もあり、住民にも歓迎された。(81頁の写真参照)また、ズデーテン地方の併合は恫喝外交的だったが、仲介者である英国チェンバレン首相との会談(ミュンヘン会談)などで同意を得、その後チェコスロバキア(第二共和国)のハーハ大統領との条約によって合法的に進められた。(86頁)

ヒトラーが次に目標にしたのは第一次世界大戦で奪われたダンツィヒ(グダニスク)とソ連侵攻へのルートであるポーランド回廊と呼ばれる部分であった。ダンツィヒまでの奪回は、チェンバレン内閣のハリファックス卿も認めていた。しかし、ポーランド回廊と呼ばれる部分の交渉で、思わぬ事態になった。それは、チェンバレン首相がポーランドの独立を保証したからである。気を強くしたポーランドはドイツとの二国間交渉を決裂させた。そしてヒトラーはポーランドに侵攻し、第二次大戦が始まったのである。

このチェンバレンの愚策の背景に、ルーズベルトの対ドイツ戦略への秘密の約束があったのではないかとフーバーは考えた。その後、当時の米国駐英大使のジョセフ・P・ケネディはフーバーに彼の考えの通りであると打ち明けた。フーバーはその事実を、当時の海軍次官であるジェイムズ・フォレスタルの日記で補強した。(補足4)

ヒトラーは東のソ連と対決する姿勢であったことは誰の目にも明らかであり、そこでその通路にあるポーランドとの交渉において、ポーランドに現実的判断が出来ず戦争となった場合、チェンバレンのポーランドの独立保障宣言は英国を戦争に巻き込むことになる。また、当時の英国やフランスの軍事力は明らかにドイツのそれに劣っていたというのなら、その背後に何かあると考えるのは当たり前である。それがジョセフ・P・ケネディの証言した事実の情況証拠でもある。

一方、ルーズベルトの工作の背景にあったのが米国経済の低迷である。経済政策の失敗の責任を問われたくないフランクリン・ルーズベルトは、第一次大戦で米国が軍需産業の潤いで経済が大きく成長した記憶があったので、チェンバレンの背中を押したのだろうとフーバーは解釈している。正史において、ニューディール政策が成功して米国経済が復活したという風に書かれているが、客観的データがニューディール政策は完全に失敗だったことを示している。(107頁)

以上が表題の本の内容の前半部分を元に、第二次大戦の原因をまとめてみた文章である。私は素人なので、非常に勉強になった。次回は後半部分、日米戦争に関するルーズベルトの策略に関する記述をまとめるつもりである。

3) 尚、全体的な印象を一言追加する。それは、戦争が政治(外交)の延長上にあるという認識(クラウゼビッツの戦争論など)は、現在正しい認識ではないということである。つまり、第一次大戦とその後のベルサイユ条約が、敗戦国ドイツに異常に厳しかったことや、第二次大戦での「無条件降伏」というフランクリン・ルーズベルトの野蛮な提案は、国家と国家の関係を完全に野生の原理に貶めたと思う。

それが、日本の自殺攻撃(真珠湾攻撃)を生み、そして現在の北朝鮮の瀬戸際外交の根拠をつくったのではないだろうか。つまり、戦争は外交の延長ではなく、民族と民族の殺し合いだということになる。「外交の延長としての戦争」という戦争の文化はもはや人類は持たない。ルトワックの「戦争にもチャンスを」の最初の命題「戦争が平和に繋がり、平和が戦争に繋がる」は第二次大戦後はあやまりではないのか。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43331789.html

補足:
1)ソビエト成立後4人の米国大統領はソ連を承認しなかった。しかし、ルーズベルトは就任後直ちにソ連を承認した。また、ルーズベルトの近くに何時も控えていた補佐官アルジャー・ヒスは共産主義者であった。政府内部への浸透は酷く、1949年には政府職員の内3,000人が共産党員であった。内2000名が解雇された。機密保持計画のもと、1953年から2年間に政府職員20000名余が解雇された。(赤狩り或いはマッカーシズム参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E7%8B%A9%E3%82%8A )
世界での共産主義革命を目指す動きは、現在のグローバリストとその根の部分で共通するという意見もある。
2)第二次大戦の原因の主なるものとして、第一次大戦でのドイツに対する非常に厳しい制裁を含む体制(ベルサイユ体制)がある。この本ではベルサイユ条約の不正義と書いている。(76頁)これに、フランクリン・ルーズベルトは全く関心を示さず、第一次大戦で得た筈の教訓を持っていなかった。
3)この人命軽視の考え方は、砂漠で生まれた一神教の文化の中で生きた人間に固有だと思う。その中でも特に、そして温かい社会環境から遠ざかった人たち、更にその宗教すら幻に過ぎないと気付いた知性ある者は、恐ろしいほどに冷酷なのだろう。
4)この重要な日記を確認したければ、“裏切られた自由”という本を買うしかない。「歴史は細部に宿る」とは正にこのようなことだろう。
(語句等内容以外の編集あり:7/21/12:00)

2017年7月16日日曜日

プロパガンダとしての慰安婦問題

1)昨日翻訳したブログ記事についての感想を書く。資料など一部は朴裕河氏のものを利用していると思われるが、内容は基本的な点を含めて朴裕河氏の意見とは違う。朴裕河氏の考えと「帝国の慰安婦」の内容は、大分前になるが本をざっと読んだ時の記憶と日本記者クラブでの朴裕河さんの話で新たに大凡の理解をした。 https://www.youtube.com/watch?v=llipwYlkbIY

朴裕河氏の本では、挺身隊と慰安婦の違いを正しく指摘し、日本軍による組織としての拉致などが無かったことなどを客観的に記述している。しかし、慰安所経営&運営する業者と軍とは緊密な関係であったと記述している。さらに、慰安婦が単なる売春婦ではなく、兵士の疑似家族的な役割すら果たしたと書かれている。つまり、兵士と伴に戦う存在であった様である。

朴氏は「帝国の慰安婦」の序文で、現在の認識として「支援者たちが要求してきた日本の法的責任や国家賠償とは異なりますが、植民地支配にかんしての謝罪の気持ちがあるとすれば、それを慰安婦問題に込めて、日本が主体的に示してほしいとする考えです」(11頁)と書いている。つまり、朴氏は慰安婦の支援者筆頭の挺対協の姿勢とは一線を画している。朴氏の考えを過激に言い換えれば、挺対協は慰安婦問題を乗っ取ったと言える。以下に挺対協と慰安婦問題について前・在韓国特命全権大使の武藤正敏氏が分析したサイトを紹介する。http://ironna.jp/article/2582

昨日のブログ記事には、挺対協の主要メンバーが何人も北朝鮮スパイとして逮捕されているという記述があり、従って、北朝鮮のオルグ機関とみなせると思う。現在の韓国の情況を見れば、挺対協は慰安婦問題だけでなく韓国そのものを乗っ取る尖兵となったと解釈できる。

そして、その運動の目的は韓国と日本の間に楔を打ち込むことであり、それに慰安婦問題を大きく育てて用いたと書かれている。この指摘の少なくとも出発点は、朴氏の理解と共通であると思う。

2)朴氏の慰安婦問題に対する考えは、日本による朝鮮の植民地支配の一環として朝鮮人慰安婦は理解されるべきというものだろう。韓国の反日活動家たちが、その考えに基いて問題を世界に主張し日本を貶すことは非常に困難である。何故なら、当時は帝国主義の時代であり、時代を遡って植民地支配を(現在の政治活動の中で)批判することは、歴史修正主義者のすることだからである。

そこで、インドネシアやフィリピンで日本軍下級兵士が、そこに住む女性を強制連行して慰安所に連れ込んだ犯罪を、朝鮮人慰安婦全体に一般化する虚偽の話に作り、慰安婦の日本軍による強制連行説として世界中に宣伝したのである。

つまり、韓国人の不満の原点に朴氏の指摘する植民地支配があり、それに挺対協などの反日過激派組織と(慰安婦問題において挺対協に殆ど乗っ取られた)韓国政府が、虚偽の慰安婦物語を作り反日感情を大きく育て上げたのが、韓国に存在する慰安婦問題だと思う。しかし、核芯に植民地支配への民族的怨念がある限り、その問題は日本が韓国に植民地支配されない限り解消しない。

従って、韓国がその怨念を晴らすべく日本を対象として取る行動は、本心と建前に大きなズレがある。つまり表向きには、20世紀終わり頃から国際的に高まったフェミニズムや人権の考えを利用して、慰安婦問題を国際的にして日本を侮辱する方法である。つまり、本心には植民地支配にたいする怨念が不滅の核として存在するので、大きな反日を女性の人権という薄い衣(幻の衣)を付けて揚げたのが、あの少女像である。

従って、日本側からの史実と法的根拠を論理に基づいて説明する類のアプローチでは、門題は解決する筈がない。一言で言えば、朴氏の指摘した慰安婦問題は、日本が持てる手段を使い切った以上、今後は韓国自身が克服すべき問題だろう。朴槿恵大統領の様に、今後の多分全ての大統領が、「日本と韓国の加害者と被害者という歴史的立場は、1000年の歴史が流れても変わることはない」と言うだろうが、これは外交というよりも日本への宣戦布告というべき言葉である。韓国の遺伝病のとばっちりを、日本が受ける類の戦争である。

3)その観点に立ち、慰安婦問題を理路整然と整理したのが、昨日のブログ記事だろう。非常に分かり易く論理明快である。慰安婦問題を創造したのは、北朝鮮系の反日活動家とその中心にある挺対協であり、それをオルグしたのは北朝鮮など日韓の間に楔を打ち込みたい国の政治組織だという話である。

説得力があるのは、ストーリーに対応する資料がしっかりと揃っているからである。一方、慰安婦問題を作った人たちが虚偽の慰安婦問題の立証に用いたのは、朝日新聞の全くの捏造記事や、必ずしも信頼性の高くない慰安婦の方々の証言だけであった。

つまり、日本軍による組織としての強制や、一般的に虐待と看做される性サービスを強要されたということは、挺対協の用意する元慰安婦の方々の証言以外の証拠は無い。(一般的ではなく)特別な例として、虐待に近いケースは在っただろうが、それは個別補償の対象となっても慰安婦(全体の)問題とはならない。

慰安婦制度の中で犯罪的なケースがあれば、その個別補償は日韓基本条約締結時に日本政府も考えただろう。それを韓国は拒否して一括としての経済協力金という名称の補償金を手にした。従って、韓国がこの件で日本攻撃が出来るのは、改めて確認した慰安婦制度の一般的違法性でなくてはならないのである。

ただ、日本人は汚い言葉で、慰安婦の方々や正当に主張する代理人の言葉を罵るのは止めるべきである。朝鮮は嘗て日本の一部であり、未だ存命中で日本と朝鮮の過去の関係を知る人々を窮地に陥れるからである。(補足1)また、朝鮮人慰安婦の方々も元兵士の方々も日本国の一員として伴に戦ったことを忘れてはならないと思う。その意味でアジア女性基金は、一定の役割を持ったと思う。

また、韓国の方々は近代史を勉強し直し、李氏朝鮮の末期の停滞した国家の姿を知り(補足2)、そこからの近代化の一環の中で、(腹立たしいことでもあるだろうが)日本への併合時代が果たした一定の役割を学べば、「千年の恨み」などという後ろ向きの姿勢は消えるだろうと思う。しかし、朴裕河氏の慰安婦への考え方には、植民地時代への強い拘りがある。失礼だが、例えば、両班と下層民という身分制度の下で、李氏朝鮮時代の社会の暗い雰囲気と荒んだ人々の心に対する十分な理解がなされていないのではと思う。(私もあまり知らないので、このような台詞を言う資格があるとは思えないのだが、敢えて言う。)

補足:
1)韓国で、95歳の韓国人男性が日本統治時代を「肯定」する発言をしたところ、居合わせた男の怒りを買い、殴られて死亡するという事件が起こった。「愛国心ゆえ」の犯行だと男は供述、韓国ネットユーザーなどからも擁護の声が上がる。https://www.j-cast.com/2013/09/13183859.html?p=all この事件で犯人を擁護する意見がでるところが、韓国の病気を証明している。同様に、併合時代の韓国を評価する意見は、その時代を知る層に多い様である。http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/i-am-91-years-old-and-i-want-to-tell.html

2)中学校か高校の歴史教科書にでている漫画である。韓国の方は何故、一方的に日本を敵対視するのか、もう一度考えてもらいたい。

2017年7月15日土曜日

朴裕河教授の「帝国の慰安婦」を紹介するブログ記事の日本語訳(全)

(帝国の慰安婦)の著者である韓国Sejong大学の朴裕河氏のブログと思われる記事(2016年4月)が掲載されているサイトを見つけた。英語で書かれていること、そして著作権の留保の意思が特別に表明されていないので、ここに和訳をして掲載する。なお、Korea及びKoreanの訳は全て朝鮮及び朝鮮人、South Koreaの訳は韓国とします。感想及びコメントは、翻訳が終わった後に記載します。表題を朴裕河さんのブログとしましたが、それは元の記事が「"Comfort Women of the Empire" by Professor Park Yuha」だからです。朴裕河さんの本の内容よりは相当日本の保守系の意見に近いと思います。ブログの主のハンドルネームはKorean institute of historyです。)以後()内に理解を助けるための訳者の注釈文が入る場合があります。

http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/summary-of-professor-park-yuhas-book.html

ーーーーーーーーーーーーーーーーー "Comfort Women of the Empire" by Professor Park Yuha "Comfort Women of the Empire" (帝国の慰安婦)は韓国Sejong大学の朴裕河教授 によって書かれた。どうかこの本のニューヨークタイムズの書評を合わせてお読みください.: http://goo.gl/tKcbxg (前書き)日本留学の終わり近くの1991年に、私は初めて慰安婦問題を知った。当時ボランティアとして、私はNHKの依頼で韓国の元慰安婦の証言を翻訳していた。私が韓国に帰国したとき、韓国のナショナリズムは制御不能な状態でした。そして、韓国共産主義者により、反日活動家グループ「軍事性奴隷制として徴用された女性のための韓国委員会」(挺対協)が結成された。その指導者は、公然と、今後200年間日本を卑しめることに決めたと述べた。

そのプロパガンダは私のこの問題への関心を失わせ、何年もこの問題から離れることになった。2000年代初頭、挺対協が生き残った元慰安婦女性をナヌムの家という養護施設に閉じ込めていると聞き、私は再びこの問題に関心を持ち出した。これらの女性が外部と話すことが許された唯一の時期は、挺対協が国連特別審査官または米国の政治家への彼女らの証言を必要としたときだった。

しかしある理由で、私は2003年のある日、彼女らと話すことが許可された。私は、彼女らがこの場所に閉じ込められいることが、幸せではないと感じることが出来た。女性の一人(ペ・チョンヒ;Bae Chun-hee)は、彼女が日本の兵士とのロマンスの思い出を語ってくれた。そして、彼女は彼女を売った父親が憎いと言った。

彼女はまた、そこにいる女性たちが、挺対協が虚偽の証言をするように指導することを評価できるとは思えなかったが、挺対協の命令に従わなければならないと言った。1995年に日本がアジア女性基金を通じて補償金の支払いを申し入れた時、61人の元韓国の慰安婦が挺対協の命令に反して補償を受けた。

その結果、彼女ら61人は裏切り者として罵倒された。彼女らは売春婦として、彼女らの名前と住所とともに新聞に掲載され、残りの人生を不名誉の烙印を押されて暮らさなければならなかった。そのため、残りの女性たちは挺対協を恐れ、再び彼らの意思をあえて無視するつもりはない。

挺対協(何人かは北朝鮮のスパイとして逮捕された)は、慰安婦問題を日米韓の安全保障関係に楔を打ち込むために、政治利用してきたのである。 §慰安所

戦争時時として兵士たちは罪のない女性を強姦する。このようなことの無いように、日本軍は1930年代初期の満州において既存の売春宿を慰安所として用いた。その方針が中国本土や東南アジアに広がるに伴い、より多くの慰安所が必要になった。

そこで売春を事業とする男たちは、増加する需要に対応するために女性を募集し、慰安所を運営した。日本の業者は日本で女性を募集した。彼らは日本女性を雇い慰安所を所有し運営した。同様に、朝鮮の業者は朝鮮で女性を募集雇用して、慰安所を所有運営した。(注釈3,4参照)

§二つのタイプの慰安婦

慰安婦にも二通りあった。一つは日本及び朝鮮の婦人(両方共日本国市民)で全体の95%以上を占めており、慰安所経営者らにより募集された人たちであり、日本軍により強制されたわけではない。もう一つのタイプは、戦場で日本兵により強制的に慰安婦とされた婦人たち(例えばインドネシアでのオランダ人女性、フィリピンでのフィリピン女性など)であり、5%に満たない。これらに関与した日本兵士は、裁判(軍事裁判及び東京裁判:訳者注)により裁かれ何人かの兵士はその罪により処刑された。

これら二つのタイプ慰安婦は峻別されるべきだった。しかし、慰安婦が問題化した1990年代初頭には、両者は混同され、そのことが大きな混乱を引き起こした。

§朝鮮人女性らが日本軍により強制的に慰安婦にされたという作話

1990年代の始めに慰安婦であったと主張した婦人たちは戦争中に挺身隊に属していた。挺身隊は日本軍により徴用された婦人たちであり、軍需工場で軍用装置や軍用服などの製造に従事した。彼女は徴用されたので、慰安婦も同様に徴用されただろうと考えた。彼女がその話を作ったというよりも、無知による勘違いであった。

朝鮮人慰安婦たちの殆どは、彼女らの父親により朝鮮人慰安所運営者に売られた。いくらかの朝鮮人婦人たちは、慰安所運営者のエージェントらに騙された。そしてその他の朝鮮人元慰安婦は世界最古の職業を生業とする人たちであり、良い稼ぎを求めて自ら応募した。

§20万人に上る慰安婦がいたという作り話

20万人という数字は、徴用工として工場で働かされた人の数である。この内、15 万人は日本人、5万人は朝鮮人であった。西欧諸国一般に広まった「20万人の慰安婦がいた」という誤解は、朝日新聞が慰安婦と工場での徴用工である挺身隊とを取り違え、1991年8月11日の記事にそのように書いたのが始まりである。慰安婦の人数として見積もられた数は、5000人から20000人であり、見積もった歴史家により異る。

§日本兵と朝鮮人慰安婦との関係

朝鮮人慰安婦の典型的な稼ぎはひと月あたり750円にチップを加えた額であった。因みに朝鮮で当時家1軒の建築費は1000円であった。寛大に呉れるチップを目的にパーティーで歌ったりする人もいた。女性たちは兵や司令官らと一緒に、スポーツの催し、ピクニック、社交ディナーなどに参加した。町へのショッピングも許されていた。朝鮮人慰安婦と日本兵とのロマンスは普通のことであり、結婚の申し込みも多くあり、実際に結婚に至ったケースもあった。

§1965年の日本—韓国間条約(日韓基本条約と日韓請求権並びに経済協力協定)

日韓基本条約の交渉中、日本政府は被害者補償の確認をしたいので、韓国政府に個人補償の特定と基本条約からの分離を要求したが、韓国政府はそれを断り、完全な補償として8億ドル(現在の100億ドル以上)を市民に代わって受け取り、全てをインフラ整備に使った。従って、韓国政府が追加の補償を日本に要求し続ける根拠はない。(注:韓国被害者らは最近韓国政府を800万ドルは彼らのためであると訴訟をおこなった。)

§1993年発表の河野談話     

河野談話はいくらかの朝鮮慰安婦は強制されたことを認めた。しかし、それは日本軍による強制だとは認めていない。ある人たちはもし朝鮮人慰安婦が朝鮮人業者により強制されたのなら、何故日本政府が河野談話という形で謝らなければならないのかと疑問を呈するだろう。そうだ、日本軍の中国と東南アジアに対する侵略が慰安婦を必要としたのだ。だから、日本軍が朝鮮人婦人に慰安婦を強制しなくても、慰安所を運営しなくても、婦人たちの苦しみに対して部分的な責任を負うのだ。

§アジア女性基金       

アジア女性基金は1995年に日本政府により設立された。補償金は日本首相の個人的お詫びの手紙とともに手渡された。朝鮮(この場合は韓国)婦人の立場からは、日韓基本条約により個人の請求権が(国内のものとして)解決された後にも、日本政府が韓国の元慰安婦の方々に好意的な姿勢としてアジア基金を用意したのである。

皮肉なことに韓国以外の国々は、アジア女性基金からの補償金を受取り、和解した。(注:韓国政府と韓国慰安婦はアジア女性基金の補償金を受け取ることに賛成であったが、反日過激派の挺対協はこの件を反日プロパガンダに使い続けるために、韓国慰安婦を受けないように脅した。そのような事情で殆どの韓国人慰安婦は日本の謝罪と補償を受けることができなかった。)

§何故韓国との間だけ、慰安婦問題の解決がそれほど難しいのか?

挺対協は謝罪と補償が法的なものではないという根拠で、アジア女性基金に反対した。しかし、1965年の日韓基本条約等で個人補償は全て法的に解決済であることを考えると、アジア女性基金は日本政府が出来るベストなことであった。挺対協は北朝鮮と大変近い関係を持っている。リーダーの夫を含め何人かのメンバーが北朝鮮のスパイとして逮捕された。

挺対協がアジア女性基金に反対するのは、慰安婦の件を日本と韓国の和解をブロックに使うためであった。挺対協は1992年以来、毎週ソールの日本大使館前で「水曜抗議」を開催している。

反日活動家“挺対協”(軍の性奴隷として徴用された婦人のための韓国委員会)と北朝鮮の関係:

Yun Mi-Hyang(Chairwoman)は2013年に北朝鮮のために働いているとして調査された。
Kim Sam-Suk (YunMi-Hyangの夫) 1993年に北朝鮮のスパイとして逮捕
Kim Eun-Ju (KimSam-Sukの姉妹)1993年に北朝鮮のスパイとして逮捕
Choi Gi-Yong (Kim Eun-Juの夫) 2006年に北朝鮮スパイとして逮捕
Lee Seok-Gi (挺対協メンバー) 2013年に北朝鮮スパイとして逮捕

§世界はどう見ているのか     

日本の謝罪と補償を受け入れて和解する代わりに、挺対協と米国の関係者は元朝鮮人慰安婦(現在90代)を世界各国を連れ回って見せつけることで訴えた。そして、クマラスワミ報告などの国連の報告や米国下院121号議決などは、北朝鮮と緊密に連携した反日活動家の提供した資料に基いて出された。(挺対協の指導による嘘の証言など)

西側諸国のメディアや学者は反日活動家のプロパガンダに陥落して、”20万人の朝鮮人婦人が日本軍により強制的に拉致された”と信じている。明らかにこの世界の見方は事実に基づいていない。確かに日本兵はオランダ人とフィリピン人をインドネシアとフィリピンの戦場で脅して連れ去った。しかし、朝鮮の婦人は日本軍に強制的に慰安婦にされたわけではない。何故なら、朝鮮半島は戦場ではなく、日本兵はわずかであり大多数の警察官は朝鮮人であったからである。

日本は謝罪し償いをおこなった。そしてオランダとインドネシア、そしてフィリピンは日本の謝罪を受け入れ日本と和解した。したがって、これらの国々と日本の間に慰安婦問題は存在しない。

慰安婦問題は韓国との間だけ残っている。それは挺対協が日本との和解を拒否し、嘘の主張——20万人婦人が日本軍によって慰安婦に強制されたーを世界中で続けているからである。

挺対協は韓国における非常に強力な活動グループであり、それに逆らえば韓国の政治家は殺すと脅されている。韓国政府はこの問題が解決されるためには、とにかく挺対協と距離をとらなければならない。結局、挺対協は元朝鮮人慰安婦の福祉などには関心がないのである。その目的は日本の信用を落とすことであり、日本と韓国の和解を邪魔することである。

§帝国と慰安婦        

ヨーロッパの強国や日本により過去に帝国が作られたように、米国は世界中に軍事基地を置いている。そして、米軍基地がおかれているところはどこであれ、米国軍関係者に性を提供する女性たちがいる。ベトナムやイラクなどへの米国軍の介入は、現地の人々特に女性を苦しめることに疑いはない。米国が日本批判決議を出し続け、慰安婦像が米国で建ち続けるのは、むしろ皮肉的である。

日本は帝国主義(中国や東南アジアへの侵略)が慰安婦の需要を作ったため部分的に有罪である。しかし、韓国の物語(日本軍が戸口に来て若い朝鮮人女性を誘拐した)のようなことは起こらなかった。朝鮮人ビジネスマン(慰安所所有者)がその需要を目標に投資し、朝鮮人婦人を募集し、慰安所を運営して、たくさんのお金をもうけた。日本は自分の部分については謝罪した。韓国はその共謀をみとめ、日本から更に多くの謝罪を求めるべきではない。

脚注:

朴裕河教授の著書「帝国の慰安婦」は韓国での出版を禁止された。また朴教授は反日活動家により名誉毀損で訴えられると同時に頻繁に殺害するという脅しを受けている。韓国では、政府が都合の悪い真実を語るものを捕獲するために市民グループを時々使う。現在朴教授が韓国で迫害をうけることなく何かを出版することは非常に困難な情況である。彼女の本は他のアジア諸国では購入可能である。

注釈:        

1)以下のサイトは元慰安婦のムンオクチュ(Mun Oku-chu)さんの回想録です。慰安婦であることとはどのようなことかが分かります。 http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/former-korean-comfort-woman-mun-oku.html

(翻訳者の注釈:上記は表題回想録として書かれた本からの抜粋のようである。以下から入手可能なようである。ただし朝鮮語。http://www.kyobobook.co.kr/product/detailViewKor.laf?ejkGb=KOR&mallGb=KOR&barcode=9788991066106&orderClick=LAA)

2)米軍は、日本軍に所属した何百人もの韓国捕虜を尋問した。 彼らは慰安所を頻繁に訪れた経験があり、韓国の慰安婦について以下のように述べた。



(上記秘密の記録は、以下のように読める。) 「捕虜が太平洋地域で見た韓国のすべての売春婦は、ボランティアであったか、両親から売られて売春婦となった。朝鮮風の考え方からは正当なものだろう。もしそうでなく、日本人が女性を慰安婦としての直接徴用すれば、年齢に関係なく男性は怒りで後の影響を考えずに日本人を殺してしまうだろう」

アメリカのジャーナリスト、マイケル・ヨンは、「第二次世界大戦中の韓国人の臆病者だったのか?」という記事を書いている。 https://www.facebook.com/MichaelYonFanPage/posts/10152528332430665:0 (訳者注:つまり、強制連行を示すものは何もでなかったということ。後ほど紹介する予定。)

下のサイトにあるのは、1944年10月1日の米国軍リポートである。http://ww2db.com/doc.php?q=130
このリポートは「日本人エージェントが女性を募集し、日本人家主が慰安所を運営した」を除いて正しい。これは「朝鮮族エージェントが女性を募集し、朝鮮族家主が慰安所を運営した」と書くべきであった。米国軍の尋問官が彼らが日本姓をもつので、日本人と考えたのである。実際、当時は朝鮮民族の人たちは日本国民だったので、Japanese agent (日本人エージェント)Japanese housemasters(日本人家主)と言及したのだろう。

3)2013年ソール国立大学のアン・ビョン-ジク教授は朝鮮の慰安所管理者の日記を発見した。その日記にはその慰安所運営による巨額の利益金の電信送金記録の詳細が記載されている。日記には「その慰安所が、更に大勢の慰安婦を必要とするなら、何時でもその朝鮮の経営者は彼らのエージェント女性を募集させた」と書かれている。アン・ビョン-ジク教授は、朝鮮人慰安婦の募集は日本軍ではなく朝鮮人慰安所経営者により為されたことを確認している。

http://archive.today/1jcC4 http://mainichi.jp/english/english/newsselect/news/20130807p2a00m0na020000c.html この朝鮮人慰安所管理者の日記は下記サイトで購入できる。http://book.daum.net/detail/book.do?bookid=KOR9788994228761

下に示されたのは、日記に記載された慰安所のリストである。ここでの慰安所の所有者は日本の姓を名乗っているが全て朝鮮人である。



また、下に示したのは朝鮮人慰安婦が働く上海の慰安所のリストである。ここの所有者も全て朝鮮人である。



4)(慰安婦募集の広告) 下の写真は、1944年10月27日の朝鮮で発行されていた新聞に掲載された、朝鮮人慰安所経営者が出した募集広告のものである。この種の広告は他にも複数見つかっている。



5)朝鮮人慰安婦がどの程度のお金を稼いだかを示す例



左側の注釈:Moon Ok-juさんは、ビルマで2年3ヶ月(1943/6~1945/9)働いた。そして、合計26145円の貯蓄を軍の郵便局に残した。(日本の郵便局は銀行の役割を果たす)利息を入れると、彼女は慰安婦という仕事で50000円稼いだことになる。1940年代の東京では、一軒の家を買うには5000円で十分だった。

6)(朝鮮人悪徳業者跋扈の報道)

下の写真は1939年8月31日の東亜日報(朝鮮の新聞)の記事コピーである。そこには“100人の朝鮮人女性が朝鮮人慰安所経営者のエージェントによりらちされたが、日本警察により救助された”と記載している。この種の報告は何十とある。類似記事のコピーは以下のサイト参照:http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/korean-newspaper-articles-from-1930s.html



7)(日本軍による慰安所に対する命令書)


上の写真は日本軍から慰安所運営者に送付された命令書のコピーである。そこには、“意思に反して婦女子を集めてはならない。自分の意思を確認して募集せよ。”と書かれている。吉見義明教授(かれはよく知られた共産主義者で、北朝鮮と緊密な関係がある)は日本軍が強制的に慰安婦を集めた証拠として、間違って説明した。

吉見氏は他の学者の指摘により、日本のメディアに自分が間違っていると認めたが、西洋のメディアには決してそれをしなかった。 2007年の記事のニューヨークタイムズは、日本軍が韓国の女性を強制したという証拠として、彼の最初の説明を用いた。 多くの学者がNYTに記事の取り下げを要求しているが、NYTはこれを拒否している。

8)(朝鮮人業者による朝鮮人慰安婦の輸送)   

下の写真は朝鮮の新聞、京郷新聞1977年6/6号の記事である。そこには、第二次大戦中に朝鮮人慰安所オーナーが何十人という朝鮮人慰安婦をパプアニューギニアのラバウルに日本兵へ性サービス提供のために輸送した。韓国の慰安所オーナーが韓国の女性を募集し、慰安所を運営していたのは1970年代まで韓国ではよく知られていたが、韓国人はその考えに異議を唱えていない。

その後1980年代になって、日本の朝日新聞が日本軍が朝鮮人女性を拉致して慰安婦にしたと非難する偽記事を掲載した。北朝鮮と緊密な関係を築いている韓国の共産主義者は、これが日本の名誉を汚し、日韓の和解を阻止する絶好の機会だと思った。 そこで、彼らは1990年に反日ロビーの挺対協を結成し、世界中に慰安婦の嘘を広めるようになった。

彼らの戦略は、低いランクの日本兵の犯罪である、少数のオランダ人女性とフィリピン人女性に慰安婦を強制した例を使用して、同じことが数万人の韓国人女性に起こったように見せることだった。 彼らは証拠がなかったので、韓国の元慰安婦に偽証させた。



9)(北朝鮮と反日活動家組織挺対協の関係)  

(反日活動家グループの挺対協(軍性奴隷として徴用された女性のための韓国委員会)と北朝鮮の関係は既に本文に記載があるので省略)

10)(韓国政府が設立した慰安所システム)

韓国政府は1960 年代のベトナム戦争に参加した兵士のため、及び1960年代及び1970年代に韓国駐留の米軍のために、慰安婦システムを設立した。 http://ameblo.jp/workingkent/entry-12032249233.html
http://archive.is/MWO4N

韓国の活動家による頑強なロビー活動の結果、米国で多くの慰安婦像が建てられた。 活動家らは、戦争中に権利が侵害された全ての女性のためのものであり、反日志向を意味しないと主張している。しかし、この彫像は日本軍を非難するだけで、韓国軍の女性に対する残虐行為には言及していない。

2017年7月13日木曜日

朴裕河教授の「帝国の慰安婦」と題するブログ記事に書かれた慰安婦問題の本質

(7月15日の記事の、このシリーズの全体をアップしましたので、2、3日中にこの記事は削除します)



「帝国の慰安婦」の著者である韓国Sejong大学の朴裕河氏のブログと思われる記事(2016年4月)が掲載されているサイトを見つけた。英語で書かれていること、そして著作権の留保の意思が特別に表明されていないので、ここに和訳をして掲載する。長文なので、何回かに分けるが、以下は最も大切な導入部である。http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/summary-of-professor-park-yuhas-book.html

日本留学の終わり近くの1991年に、私は初めて慰安婦問題を知った。当時ボランティアとして、私はNHKの依頼で韓国の元慰安婦の証言を翻訳していた。私が韓国に帰国したとき、韓国のナショナリズムは制御不能な状態でした。そして、韓国共産主義者により、反日活動家グループ「軍事性奴隷制として徴用された女性のための韓国委員会」(挺対協)が結成された。その指導者は、公然と、今後200年間日本を卑しめることに決めたと述べた。

そのプロパガンダは私のこの問題への関心を失わせ、何年もこの問題から離れることになった。2000年代初頭、挺対協が生き残った元慰安婦女性をナヌムの家という養護施設に閉じ込めていると聞き、私は再びこの問題に関心を持ち出した。これらの女性が外部と話すことが許された唯一の時期は、挺対協が国連特別審査官または米国の政治家への彼女らの証言を必要としたときだった。

しかしある理由で、私は2003年のある日、彼女らと話すことが許可された。私は、彼女らがこの場所に閉じ込められいることが、幸せではないと感じることが出来た。女性の一人(ペ・チョンヒ;Bae Chun-hee)は、彼女が日本の兵士とのロマンスの思い出を語ってくれた。そして、彼女は彼女を売った父親が憎いと言った。

彼女はまた、そこにいる女性たちが、挺対協が虚偽の証言をするように指導することを評価できるとは思えなかったが、挺対協の命令に従わなければならないと言った。1995年に日本がアジア女性基金を通じて補償金の支払いを申し入れた時、61人の元韓国の慰安婦が挺対協の命令に反して補償を受けた。

その結果、彼女ら61人は裏切り者として罵倒された。彼女らは売春婦として、彼女らの名前と住所とともに新聞に掲載され、残りの人生を不名誉の烙印を押されて暮らさなければならなかった。そのため、残りの女性たちは挺対協を恐れ、再び彼らの意思をあえて無視するつもりはない。

挺対協(何人かは北朝鮮のスパイとして逮捕された)は、慰安婦問題を日米韓の安全保障関係に楔を打ち込むために、政治利用してきたのである。 (第一回目はここまで)

追加: 

なお、引用したブログの著者は、必ずニューヨークタイムズの「帝国の慰安婦」に関する記事を読むように進言している。 https://www.nytimes.com/2015/12/19/world/asia/south-korea-comfort-women-park-yu-ha.html?smid=tw-nytimes&smtyp=cur&_r=1

その中に:In the early 20th century, the official history holds, Japan forcibly took innocent girls from Korea and elsewhere to its military-run brothels. There, they were held as sex slaves and defiled by dozens of soldiers a day in the most hateful legacy of Japan’s 35-year colonial rule, which ended with its defeat in World War II.

(20世紀の始め頃、公式の歴史には、日本が罪のない少女を朝鮮やその他から拉致して日本軍が経営する売春宿に置いたとある。そこで彼女らは性奴隷として監禁され、日に数十人の兵士に汚された。この35年間の日本の植民地支配の最も忌むべき遺産であり、第二次世界大戦での敗戦とともに終わった。) という文章がある。

しかし、このような公式の歴史はどこにあるのか。この新聞は韓国の日本に対する慰安婦問題攻撃を援護していることが分かる。つまり、慰安婦問題とは米国( の一部勢力、多分支配層)と韓国及び北朝鮮の合作である可能性が高い。

2017年7月11日火曜日

米韓及び日米空軍の北朝鮮基地を仮想目的とした爆撃訓練について

1)韓国空軍は8日、北朝鮮ICBM発射台に見立てた目標物(韓国内に設置)の戦略爆撃機B1による爆撃訓練を、米韓両軍が合同でおこなったと発表した。朝鮮半島上空での爆撃訓練が公表されたのは初めてだという。米軍戦略爆撃機は、韓国軍との訓練の後に九州周辺空域で、日本の自衛隊戦闘機と共同訓練を行った。http://www.47news.jp/news/2017/07/post_20170708163704.html

この爆撃訓練に関して、参議院議員の青山繁晴氏は出演した虎ノ門ニュース(10日)において、アメリカの独自ルートからの情報として以下のような解釈を披露した。「今回の訓練は韓国に向けた圧力であり、融和政策を採っている文在寅大統領の覚悟を促する意味がある。また、米軍機の一連の訓練の中に日本の戦闘機も加わったことは、覚悟を促されている対象国は韓国だけではなく日本も対象である」と青山氏は語った。https://www.youtube.com/watch?v=uaUT68Mib3s (オリジナルは:https://www.youtube.com/watch?v=ycOrzZO22zI)(補足1)

その番組の中で、マティス国防長官の「ICBMの実験は戦争に近づけるものだとは思わない。今後も外交努力を続けることを表明した」という発言を紹介し、「それは単に戦争をしないという意味ではなく、戦闘になった時には真っ先に犠牲になるのは兵士なのだから、民間人にも犠牲者のでる可能性があることを、空軍を使用する(補足2)際の覚悟として持ってもらうための発言である」との解釈も紹介した。

この番組の中で青山氏は更に、「自衛隊が米軍の敵地攻撃訓練に加わったことは重大であり、野党が閉会中審査などを要求しないのは不思議だ」とまで発言している。つまり、自衛隊が敵地を先制攻撃する演習に加わったのだから、自衛隊という行政機関のパラダイム・シフトを意味しているとの解釈である。

この最後の指摘は誠に正鵠を得ている。この問題の議論を日本や韓国で引き起こすためにマティス国防長官はこの演習を行った可能性がある。平和ボケした日本と韓国への目覚まし時計である。

2)しかし、ことの本質は継続している朝鮮戦争にあり、その当事者は米国と北朝鮮であることを重ねて指摘したい。(補足3)つまり、朝鮮戦争の当事国でない日本が、それに巻き込まれるのは理不尽である(補足4)。休戦協定後に、米国はその終結に努力せず、毎年米韓軍事演習などで北朝鮮を刺激し続けた。

北朝鮮はその危機を回避するべく、米国との直接交渉を提案してきた。しかし米国はその提案を足蹴にして訳のわからない6カ国協議という枠組みを作り、積極的に戦争終結の努力をしなかった。北朝鮮の軍備拡大を牽制するフリをして、実際には軍備拡大を教唆することになったのである。

勿論問題の解決は、国防長官の仕事の中にはなく、大統領の決断すべきことである。トランプ大統領は選挙運動中から、金正恩との直接の話し合いを示唆してきた。そして、もし核戦力の不均衡が日本や韓国の脅威になるのなら、両国が核軍備をすれば良いとまで発言していた。

それをそのまま実行すれば、東アジアは犠牲者を全く出さずに安定を取り戻すことになる。その上に、北朝鮮と米国との講和は必然的に韓国と日本との講和に繋がり、それは北朝鮮への経済協力を伴う。未だに田園部では基本的な生活も儘ならないと言われる北朝鮮国民が、安全な日常生活を取り戻すことになるだろう。我々にとってより重要なことは、日本から拉致された人が無事日本に戻るだろうということである。

そのような道筋で、東アジア全体の安全と安定を確保すべく方針決定することは、米国や中国という大国には容易な筈である。軍需産業の繁盛や育成には役立たないが、現在十分豊かな経済力を持つ両大国はそのような決断をすべきである。中国が懸念する「日本の軍事大国化」は、日本在住の中国人に聞けば最も非現実的な懸念であるとわかる筈である。

アジアの国なら何処の国であっても、その国民一人ひとりは素朴に平和を望んでいる。基本的な生活ができれば、戦争で自分や肉親の命と引き換えるような経済的繁栄など意味がないと思っている筈である。どのような宗教や道徳的教訓でも、もし自分や他人の無垢の命との引き換えが要求される類なら、それは偽物の教訓と疑うべきだと、ほとんど全てのアジア人は思っていると確信する。

それはアジア人だけでなく、殆ど全世界の知的な人々の常識だとも思う。何故、その簡単な解決が出来ないのか。

=== これは素人の考えです。適当に読み飛ばしてください。===

補足:
1)青山氏は何かと不自然な発言が多い。今回もそうだが、米国の中枢からの情報を匂わせて、時々発言をしている。米国が日本側へリークする出口として利用している可能性がある。一年ほど前に、青山氏は「日本なら原爆など一日で作れる」と発言したことがある。その時にも、どこかの国の国益を考えて発言していると疑った。 (https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42752874.html 記事中、青山氏の発言としてリファーしたサイトは削除されている)
2)空軍を使ってある国を爆撃する決定は、大統領が行う。しかし、大統領を選び間接的に動かすのは一般国民である。
3)この事実を無視するか知らない人が多い様に思う。これは、何故かわからない不思議な現象である。
例えば、新しい歴史教科書を作る会の元会長である杉原誠四郎氏は「北朝鮮非核化に向けての新戦略」という文章を発表しているが、上記朝鮮戦争の延長上にあるという現在の北朝鮮危機の原点に言及していない。単に、国連決議に反して、気違い染みた軍拡路線をとっている危険な国家というイメージで北朝鮮とその核兵器開発を理解しているようだ。https://blogs.yahoo.co.jp/hetanonanpin/64694374.html
4)休戦協定とその後の経緯について、以下のサイトに書いた。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43283145.html1)韓国空軍は8日、北朝鮮ICBM発射台に見立てた目標物(韓国内に設置)の戦略爆撃機B1による爆撃訓練を、米韓両軍が合同でおこなったと発表した。朝鮮半島上空での爆撃訓練が公表されたのは初めてだという。米軍戦略爆撃機は、韓国軍との訓練の後に九州周辺空域で、日本の自衛隊戦闘機と共同訓練を行った。http://www.47news.jp/news/2017/07/post_20170708163704.html


2017年7月9日日曜日

G20での首脳会談についての感想

1)日中首脳会談:
今日の読売新聞一面には、中国と習近平主席と安倍総理の会談についての記事が掲載されている。会談内容は、①首脳同士の対話の機会を増やす;②日本は一帯一路構想へ協力すると伝達;③周主席は歴史問題の適切な処理を要求;④北朝鮮問題と東シナ海での問題協議、である。合意事項として明確なのは、最初の対話の機会を増やすことくらいである。

注目されるのは、②と③である。②は一方的に日本が譲歩した感じであり、③はこれまで通り中国の日本攻撃の武器を再確認したものである。日本と中国は既に平和条約を締結しており、未来志向の関係を築いた筈である。それにも関わらず、③を持ち出すのは通常の感覚では難癖である。つまり、日本と中国は③を中国が持ち出す姿勢が残っている限り、本格的な友好関係はありえない。

2)米中首脳会談:
一方、トランプ大統領は習近平主席との会談において、北朝鮮問題における周主席の努力を評価し、長くかかるかもしれないが問題は解決するだろうと発言した。http://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000301/20170709-OYT1T50002.html この会談で、周主席は「中国と米国との間の良い大国関係を築きたい」という趣旨の発言をおこなった。これは世界の覇権国として棲み分けをしたいという意味に取れる。この後の方の大事な発言を、読売新聞のネット版等掲載していない新聞記事が多い。

3)日米首脳会談:
日米首脳会談はその開催が危ぶまれた。米側に時間的余裕がないというのがその理由である。会談では、北朝鮮の核の脅威についての確認のほか、トランプ大統領は米国の対日貿易赤字の縮小が必要だとの認識を示した。ただ、日米FTAには触れなかったという。http://www.sankei.com/politics/news/170708/plt1707080041-n1.html また、トランプ大統領は、安倍総理と中国習近平主席との話し合いにふれて、「中国との関係改善は望ましいことだ」とコメントしたという。

4)日米&米中会談の感想:
米国の対日姿勢は、今までの緻密な協力関係(つまり、米国が日本を保護国的に扱うという関係)から、日本は独自に自国の方向を考えるべきだというものへ徐々に変化しているのだろう。また、北朝鮮問題を武力で解決することは、日韓の熱心な要請が無い限り行われないと考えられる。つまり、日韓どちらから見てもあり得ないということになる。

また、従来の発言にあった、トランプ大統領と金正恩とが話し合うという解決の方向、つまり朝鮮戦争を終決して北朝鮮を承認するという方向も、トランプ政権が始まった時はあり得ると思えたが、現在その話は消滅したのだろう。トランプ大統領も従来の米国大統領のように、伝統的なシナリオライターが書いた方向で進むのだろう。私はそのように考える。

その従来の米国の支配層は異なった方向、つまり、中国或いは米国の力で、朝鮮半島の地図を現状のまま固定し、北朝鮮をもっとマイルドな政権にすることを考えている可能性がある。何れにしても、トランプ政権のリーダーシップの範囲ではそれは起こらない様な感じがする。

米国の対日貿易赤字の問題は、FTAの前哨戦なのか、もっと深いところからの発言かはわからない。一般に貿易赤字はその国全体について考えるべきで、二国間の問題にするのはおかしい。もし、後者なら、トランプ氏は大方の評論家のいうように、日本にとってもあまり良い大統領ではないかもしれない。

トランプ大統領については、評論家の馬渕睦夫氏の尻馬にのって、今後の新しい世界の枠組みをつくる大統領として高く買っていたのだが、結局大したこともできない可能性が大きくなってきたと思う。

5)日露首脳会談:
一方、プーチン大統領と安倍首相の会談は、米ロ会談が時間をとったことが原因で遅刻したプーチン氏が、それを安倍総理にわびる場面から始まったという。プーチン氏の遅刻はいつものことだが、詫たのは始めでだという。外務官僚らは驚いていたというが、プーチン氏は日本風の考え方を学んだのかもしれない。兎に角、この事実は前進の可能性があることを示唆している。

千島地域での経済共同活動については、首相とプーチン氏の会談で積極的とはいえない露政府担当者を動かす構図は変わらないと言う。安倍総理も日本の法的立場を害さないことが前提だという話でとどまっている様だ。これでは大きな成果を産む形での進展は無いように思う。

習近平の歴史問題への言及や、トランプ政権の東アジアからの後退姿勢を考えて、日本も対露姿勢をもう少し積極的な方向に変えた方が良いように思う。http://www.sankei.com/politics/news/170708/plt1707080038-n1.html

== 以上は全くの素人のメモです。適当に読み飛ばしてください。==