2017年2月28日火曜日

地球外生命存在の可能性と地球に似た環境の惑星の存在とを関連つける愚かさ

NASAが、太陽系から比較的近いところに水が存在するかもしれない惑星を持つ恒星について発表した。その恒星は名前をトラピスト1というのだそうである。この発表について、“「地球に似た7つの惑星を発見」――NASAの発表を正しく理解するために大切なこと”と題して、ヤフーニュースが解説している。 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170228-00130944-hbolz-soci その記事の中で、この種の惑星の存在についての発表が以前からあったと断わりながら、それらと比較して今回の発表の重要性について説明している。そして、その記事の筆者は「地球外生命の有無の答えが出る日は近付いている」と書いている。(補足1)

私は、地球に似た温度や気圧の環境と水が存在する惑星が、多数宇宙に存在する可能性があるだけで、地球外生命が存在するかもと騒ぐ神経がわからない。私が考えるこの発表の大事な点は、NASAがトランプ政権下でどれだけの予算を獲得できるかという点に影響を与えるかどうかだけである。

現在の科学の知識では、生命はどの様な環境で、そして、どの様なメカニズムで発生するのかさっぱり解っていない。第一に、高度で複雑且つ精密な組織である生命の発生は、エントロピー増大の原理が支配するこの宇宙で不可能だと思う。つまり、この地球上と同じだが生物の存在しない環境が宇宙にあったとして、そこで数十億年待っても、必要な数の分子が集合して一つの原始的な生命体が生じることは、確率論としてはあり得ないだろうと思う。

従って、地球外生命の存在の問題は、信仰の問題であり、NASAの担当する科学の問題ではないだろう。生命とは、精巧な何百という化学物質の極めて高能率な合成の場であり、その量を精密に制御するシステムを持ち、外敵に対する情報収集システムに戦闘システムとか、数え切れないほどのシステムが調和的に共存する巨大複合システムである。それを記述すれば、生命以外の全宇宙を記述するよりも遥かに大きい書物になるだろう。

我々人間は、この生命体の主のように思っているが、単に一刹那の間借り人にすぎない。そして、生命の発生については何にも知らない。そんなレベルの存在が、宇宙のなかに水が存在する星が多数存在し、そして、その星の温度や圧力が地球上の値に近いかもしれないという知識を得ただけで、地球外生命が存在する可能性が高いとか低いとか、其の答えがもうすぐ出るとか言うなんて、愚かにも程がある。

補足:
1)以下にまとめる。「太陽系から39光年という、比較的近いところでの発見であること、また惑星を7つ、さらにハビタブル・ゾーン(地球上のような生物が棲むに適した領域)の中に限定しても3つも惑星が発見されたということ、更に、トラピストは赤色矮星という星で、宇宙にもっとも多く存在する星で、それらに生物が住めるような環境の惑星が共存する可能性が高いとなると、それだけこの宇宙のどこかに生命がいる可能性が増えることにもなる。
今の時点では、地球外生命がいるとは言えないが、しかし、いないとも言えず、私たちが探し続けさえすれば、いつかは見つけることができる可能性は大いにある。今はまだ、その日がいつなのか、近いのか遠いのかさえわからないし、もちろん空振りに終わる可能性もある。けれども、今回のような研究や、最新技術を使った新たな望遠鏡によるさらなる探索によって、少しずつ答えに近付いていることは間違いない。

2017年2月26日日曜日

安倍総理夫人は反日団体に利用されたのか? 森友学園騒動

安倍総理夫人は反日団体に利用されたのか?日本の官界にも、反日ネットワークがあるのでは?
(以下は全く私的な杞憂を文章にしたものです。根拠が在るわけではありません。)

森友学園騒動は、豊中市に同学園の小学校を開設すべく、国有地を異常な格安価格で購入した件である。ゴミが未処理のまま残されていて、その撤去費用を差し引いた価格であったと当局から説明があったが、ゴミの撤去費用を別途見積もっても、そのような廉価な取引価格にならないと指摘され、問題になっている。   http://www.huffingtonpost.jp/2017/02/21/moritomo-gakuen_n_14901650.html

この件が深刻なのは、安倍晋三総理の夫人が同学園の名誉校長になっていたことであり、一大スキャンダルに発展しそうな雰囲気である。その学園の教育は、小学校で教育勅語を暗誦させるなど、極端に右翼的なものだと報道されている。安倍総理は、特別な関係がないと否定しているので、一部の反日勢力が仕組んだ可能性がある。

つまり、右翼的な学校教育を広める活動に総理や総理夫人を巻き込み、その威光を暗に利用して国有地の不正売却の手続きを、近畿財務局に行わせたのではないだろうか。最初から、その後発覚することを見越して、あるいはその後報道機関にリークして、安倍内閣のスキャンダルにするつもりだったのではないだろうか。

彼らの動機であるが、安倍内閣が長期政権となる可能性が高まり、その結果日本の政治が安定し、且つ、日米の連携がより緻密になる事を嫌ったのではないだろうか。つまり、安倍総理とその怪しげな学園との親密な関係を演出し、安倍内閣を潰す計画である。

右翼には二つある。一つは日本の伝統を大事にして、それらが廃れないような日本を取り戻そうとする右翼であり、もう一つは反日右翼である。後者は、反中国や反朝鮮を過激に叫び、結果として日本と隣国の関係を悪化させ、同時に日本の国際的評判を落とすことを目的に活動する隠れ反日団体である。ヘイトスピーチでマスコミを騒がしているのは大抵後者だろう。(例えば http://www.geocities.jp/uyoku33/) 今回の異様な土地売却事件は、その反日の本質を右翼で隠した団体が、今ひとつ警戒心に欠ける総理夫人を使い、あるいは総理夫人がたまたま名誉校長であることを利用して、森友学園と財務局の間のどこかに介入して仕組んだのではないだろうか。

この件、日本の危機に発展する可能性がある。民進党議員には、我々と同じ日本の国益を第一に考える視点で、今後の国会でこの件に対応してほしい。

追加(2/27/am6:40):より詳しい解説が辛坊治郎さんの以下のサイト(動画の最初の17分間)にありました。https://www.youtube.com/watch?v=JGjJgf5j7jE

2017年2月25日土曜日

米国は北朝鮮を核保持国として承認するだろう

1)ワシントンポスト紙の配信記事によると、この3月中にでも北朝鮮は米国の元高官と両国の関係改善について話し合う予定とのことである。金正男暗殺事件がおこったので、北朝鮮代表団には未だビザは発行されていないが、3月中でなくてもこの話し合いが為され、トランプ政権との交渉に進む可能性が高い。 https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/north-korean-officials-are-preparing-to-come-to-us-for-talks-with-former-officials/2017/02/19/3f853c04-f6a8-11e6-9b3e-ed886f4f4825_story.html?utm_term=.701cf5ede211

このニュースは田中宇氏のブログで知った。田中氏の分析では、北朝鮮に核兵器の保持を認めた形で、国家としての承認と平和条約の締結が行われる可能性が高いという。(http://tanakanews.com/170223korea.php)これは非常に日本にとって危険な方向だが、米国は、元々日本を第二の台湾ぐらいにしか考えていないので、あり得る話である。

その様な北朝鮮との関係改善の道筋は、オバマ前大統領に近いと思われる、ウイリアム・J・ペリー氏(ビル・クリントン政権のときの国務長官)の論文“How to Contain North Korea”(どのように北朝鮮を封じこめるか;2016年1月)において示されている。http://www.politico.com/magazine/story/2016/01/north-korea-nuclear-weapons-contain-213516

この時オバマ大統領も、北朝鮮に米国本土までを射程に入れないレベルで核開発を止めさせ、中東などへの核兵器の輸出をしないなどの条件で、国家としての承認を考えていたのかもしれない。何十年も前に米国がやろうと思えばできた朝鮮戦争の終結である。(http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43008331.html;2016/10)。

2)これまで、北朝鮮がトラブルメーカーとして存在することは、米国の軍産共同体にとって米軍を東アジアに配備する理由となるため利益となって来たとおもう。

朝鮮戦争の引き金が、当時のアチソン国務長官の「朝鮮半島は防衛ラインの外」という発言により引かれたことも、その考えを支持する。(勿論、制海権の話だという言い訳は用意されている。) 馬渕睦夫氏が著書「国難の正体」において、これら“朝鮮戦争の不思議”について書いている。

そして、朝鮮戦争が休戦となっても、北朝鮮が国連加盟国となった後にも、米国はいっこうに戦争を終結しようとしなかったことも、上記の考えを支持する。このことについては、既に先月ブログに書いた。「北朝鮮に核兵器を開発させたのは米国である:ロイターの記事」:http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42622974.html

この米国の戦略が、日本から数十人以上の拉致被害者が出た主なる原因の一つだと思う。日本国は以上のことを知りながらかどうかわからないが、拉致被害者を取り戻すために、米国に朝鮮戦争の終結を勧めるのではなく、逆効果である制裁に協力してきたのである。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42633569.html

今となっては、北朝鮮の核兵器は近い将来米国本土を射程内にいれるだろう。いよいよ危ないという頃合いを見計らって、米国は北朝鮮との和平を考えたのである。核兵器を持たせないようなフリをしながら、米国は原発技術を北朝鮮にあたえたことも犯罪的である。

兎に角、近いうちに米国の戦略は一貫しているというように見せかけて、北朝鮮と交渉を開始するだろう。そのときに中国の協力が必須なので、一つの中国政策を承認するということを安倍総理の訪米まえに通知したのだと、田中宇氏は分析している。

北朝鮮が核兵器を持ち、最終的に韓国と併合すると、非常に厄介な国がとなりに出来る。そして、その隣の核大国中国は、武力を背景に沖縄列島や小笠原を日本から奪い取る戦略を進めるだろう。そのときの中国が用いる口実については、既に先日書いた。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43171854.html  しかし、米国の属国である日本は、米国のすることに文句をつけることなど出来ないだろう。

北朝鮮の核兵器保持を認めるということになると、国民は大騒ぎになるかもしれない。そこで、日本政府は国民を誤魔化そうとするだろう。その一つの方法は、核兵器など一日で出来るという宣伝を行うことである。実際、その宣伝を昨年何人かから聞いた。例えば安倍総理の勧めで自民党から参議院議員になった青山繁晴氏である。

かれは、youtubeでそのような動画を流したので、私が最低でも2-3年かかるとコメントを書いた。その結果、動画を削除した。(https://www.youtube.com/watch?v=ZUno2Lbrdfg)或いは、今後の戦略兵器は核兵器ではなく、もっと進んだ兵器が開発されると宣伝することである。(石原慎太郎:https://www.youtube.com/watch?v=U-z53jsnfDQ )

(冒頭の文章間違いがありました。お詫びします。26/am6:00; 以上は一国民の感想を書いただけです。其のつもりでお読みください。)

大学授業料無償化などすべきでない

1)今日の読売新聞朝刊4面の記事に関して、一言。 
自民党が大学授業料の無償化を考えている。その出発点は、安倍総理が今年一月に出した施政方針演説にある。安倍総理は、「誰もが希望すれば、高校、専修学校、大学に進学できる環境を整えなければならない」と語り、無償化に意欲を示した(読売記事)。大学無償化には3.5兆円ものお金がかかり、財源の問題で議論されているという。 

私は大学授業料無償化には反対である。それを実行すれば、大学は放漫経営に陥るだろう。今でもレベルの低く、無くても良い大学が山ほどあるのに、どうするつもりだと言いたい。日本はものづくりの国だというのなら、高校卒業後直ちに職人修行に入る人間なども必要だろう。先端技術を育てる一方、今しばらくはこの種の伝統技術の伝承にも資金を出すべきである。 

東芝やシャープの体たらくは、人作りが大事なことを示している。しかし、それは優秀な人を作ることであり、大卒の履歴を持っているが勉強などしなかったというレベルの人間を大量に作っても仕方ない。(補足1)安倍総理は、授業料を無料にするということを、経済刺激策の一つにしたいのだろうが、それは浅はかでは。財政支出はインフラ整備など、実際の投資(ある程度以上の乗数効果の望めるもの)にすべきだと思う。 

2)大学無償化よりも、大学生に勉強させることを考えるべきである。それには大学の講義をもっと面白くすることが大事である。講義を面白くするには大学教授の教育者としてのレベルを上げなければならない。レベルを上げるには、専門研究だけではなく、その学科が受け持つ全分野をしっかり教官自身が自分のものとすることが大事だ。しっかりと理解した知識だけが、学生の頭にスムースに流れ込む。(補足2)

そのため、研究と教育の分離、そして、大学と大学院の完全分離が有効だと思う。

大学や大学院での教官評価を、論文の数(論文誌のimpact factorも意味がない)で行うのも止めるべきである。論文での評価なら、論文のオリジナリティと質が大事である。それに加えて専門分野でのディベート力を評価に入れるべきである。大学などで一流の教官になることは、専門分野の研究で世界一流になるのと同程度に困難なことだと思う。 

大学は授業料をたっぷり取れば良い。それで学生を集められるような大学になるべきだ。そして、その代わり大学の特に後期課程や大学院の奨学金を充実させ、大学生にもっと勉強させることが大事だ。奨学金の選考には所属する大学と、それまでの課程の成績を判断基準にすれば良い。

補足:
1)これに関して改善しなければならないもう一つの問題点は、日本の人事のあり方がである。その原因にあるのは、労働力の流動性が極めて低いこと、更に、その根本には日本の労使関係の文化がある。つまり、日本の労使の関係は、労働の対価として賃金を支払う関係でなく、親方と家来の関係であるということである。仕事帰りの一杯は、その親分子分の関係と兄弟関係の確認である。
2)研究を優先すると、普段はせまい専門分野の中に閉じこもり、毎年授業の前に相当の準備が必要となる。資料を見ながらの講義ではスムースに知識の伝達ができないだろう。

2017年2月24日金曜日

「人を殺してみたかった」元名古屋大女子学生には極刑がふさわしい

1)殺人や殺人未遂などの罪に問われた元名古屋大女子学生(A、現在21歳)の裁判員裁判第16回公判が22日、名古屋地裁で開かれ、精神鑑定をした医師2人が出廷した。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170223-00000001-khks-soci

元女子学生のAは、昨年宗教の勧誘にきた老女を斧で殺害し逮捕された。Aは淡々と取り調べに応じ、高齢女性殺害について「人を殺し、達成感があった」と発言するなど、不可解な説明を繰り返した。また、取り調べの中で、高校生の時に人を殺してみたいという欲求が高まり、同級生らにタリウムを飲ませて殺害しようとしたと打ち明けて、二度逮捕されるなど異例の展開をたどった。

一昨日、犯人に罪の意識があったかどうかについて、検察側と弁護側双方が立てた鑑定医に対する尋問があった。検察側の医師は善悪の判断ができたという結果を、弁護側は善悪の判断ができなかったという結果をそれぞれ尋問に答える形で出した。下に読売新聞朝刊から取った鑑定のまとめを示す。


この鑑定が大事なのは、たとえ残虐な殺人でも犯人に善悪の判断ができない場合、その犯人を罰することができないと刑法38条(補足1)に書かれているからである。

ここで、弁護側の鑑定医の主張をまとめると以下のようになる。「犯行時には重度の躁状態で、衝動を抑えられなかった。発達障害のために社会性がなく、自分の意思とは無関係に「人を殺したい」という気持ちが湧く。そのような理由で善悪の判断ができなかった。」となる。

弁護側鑑定医は、論理的な考察の結果として無罪主張をしているのか?

2)先ず大事なことは、刑法にいう善悪の判断とはどういうことかについて、知ることである。(補足2)「善悪の判断ができない」という言葉の意味を考えると、①「殺人が悪として処罰の対象になるという知識がない」ということ(つまり、反社会的行為であるという知識がない)か、或いは、②「人が人を殺すことが、なぜ悪になるのかわからない」、の二つの場合がある。

②の場合は更に、②—1:自分の思想信条や宗教的見地、又は強い殺人嗜好の表明にすぎない場合と、②—2:殺人という行為は殺される側が望まないことであり、堪え難い苦痛を殺される側に与えることすらわからない、のふた通りある。刑法に於いて善悪の判断がつかない場合というのは、①且つ②—2の場合(つまり積集合)であると思う(理由は下に書く)。

刑法41条の「十四歳に満たない者の行為は、これを罰しない。」という条項は、同じ趣旨で、処罰しないケースを年齢で一律に分けた条項である。この年齢に達するまでは、精神の発達が十分でないため他人の苦痛を十分想像できない。(②—2)そのために、人を殺すことが重大な犯罪として処罰の対象となる根拠を得るに到っていないと考えられるからだと思う。善悪の判断がつかないとは、このような意味である。

3)今回の元女子学生Aの場合、「殺人が悪として処罰の対象になるという知識」はあった筈である(①に該当しない)。更に、「人は殺される時に苦痛を味わい、且つ故無く殺されることを望まない」ことを知っていた筈である(②-2にも該当しない;上図:弁護側医師の村上医師もそれには同意している)。何故なら、日本有数の名門大学に合格し、国語や社会などについて十分な学力を備えているからである。一方、Aには強い殺人願望があったという。それを「殺人が悪であるとは認識していない」と居直るのは、極めて身勝手な屁理屈である。


新聞記事によると、弁護側の医師は、「Aには自分なりの物事の定義があり、悪いことと認識していなかった」と述べた、と書かれている。(補足3)それは、上記の②—1の「自分の思想信条や宗教的見地、又は強い殺人嗜好の表明にすぎない場合」であり、Aの引き起こした殺人事件はその意味で、オームサリン事件などのテロリストやナチスのホロコーストと極めてよく似ている。

②—1として分類した、「人が人を殺すことが何故悪いのか判らない」というこれらの犯罪に対する場合、社会は(つまり国家は)テロリストから社会を防衛する姿勢で立ち向かうことになる。その戦いは戦争と殆ど同義である。それにもかかわらず、今回の犯人を日本国民として認め、殺人犯で裁くことは、むしろ温情による裁きである。

(以上は一市民の意見です。;25日朝編集)

補足:
1)刑法第38条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。
同第39条:1.心神喪失者の行為は、罰しない。2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
同41条:十四歳に満たない者の行為は、これを罰しない。
2)法律はその制定の趣旨に従って解釈しなければならない。 3)弁護士と相談してこのような意見を述べたのだろうか?

2017年2月23日木曜日

金正男を何故、キムジョンナムと呼ぶのか? 毛沢東はモータクトーと呼んでいるのに

1)馬淵睦夫氏の出演する以下の動画をみていてふしぎに思ったことがある。https://www.youtube.com/watch?v=TXlTNN-HzG8(補足1)

それは何故日本で、金正恩をキムジョンウン、金日成をキムイルスンと呼ぶのだろうか。中国の政治家に対しては、例えば、習近平はシュウキンペイと呼び、毛沢東をモウタクトウと呼ぶ。毛沢東をマオツオートンとは呼ばない。

我々日本人は知らず知らずのうちに、朝鮮半島の人に気を使い、そして、洗脳されているという証では無いだろうか。いつ頃からそのように半島の人の名前だけ特別に現地語読みに変えたのだろうか?

そう思って、検索して見ると、同じ質問をヤフーの知恵袋にした人がいた。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10112392080 この回答によると、ある韓国人が日本の法廷で、ボクではなくパクと呼ぶように要求したのが最初だという。それだけで、日本中で韓国語読みするようになるだろうか?

おそらく、マスコミ業界には朝鮮半島に気兼ねする強い空気があるからでは無いだろうか。日本国民の中は半島にそれほど気を使う空気がないのに、マスコミにだけそのような空気があるということは、半島に関する報道も日本人一般の感覚からは著しくずれていることを意味している。関係者に半島出身者が多いとか、何かトラップにかかっているとかで、マスコミ界の全体の空気が、ある種の汚染をしているのだろう。

日本のマスコミ関係者が気を使って朝鮮語読みしている状況証拠がもうひとつある。それはテレビに出演した大阪市立大学の朴一教授が、金正男など半島の人の名前を屡々「きんまさお」などと日本語読みすることである。朴一教授には、半島の人に気を使うという動機が存在しない分、客観的な態度が取れるのである。

つまり朴一教授は、日本人が朝鮮半島の人の名前を、気を使って現地語読みしていることをご存知であり、逆にそんな配慮は過剰であると思われているのだと思うのである。従って、学校等では歴史などの勉強の際に、毛沢東は「もうたくとう」、朴正煕は「ぼくせいき」と呼び、記憶するべきである。いちいちパクチョンヒと読んで覚えるようでは、まるで植民地ではないのか。

補足:
1)そこで議論されていたのは、金正男の暗殺事件および釜山に設置された慰安婦の撤去問題である。この動画中での馬淵さんの考えには全く同意できないので、ここでは議論しない。

独裁制と民主制のどちらが有利か?

1)「独裁政治は悪であり、民主政治は善である」という命題が真(YES)であるというのが常識のようだが、本当にそうだろうか?(補足1)

現在独裁国家と考えられている国として、中国や北朝鮮のほか、中東のシリア、アフリカのスーダン、コンゴ、ジンバブエなど数国と東ヨーロッパにベラルーシが存在する。中国の少数民族の弾圧や北朝鮮の粛清政治など、独裁政治には悪評がふさわしいように思われているが、そうでないケースもある。例えば数年遡れば、カダフィ大佐(補足2)の率いたリビアやニヤゾフ大統領のトルクメニスタンは独裁国だったが、産出した石油や天然ガスから得られる利益を国民に還元し、福祉国家を実現していた。

したがって、独裁国も様々であり、一様に批判するのはおかしい。一定の豊かさと時間がなければ、一般民が政治的意見をもち、それを吸い上げる代表が政治を行う民主政治など成立する筈がない。従って、他国の政治制度へ無闇に干渉することは、当然、内政不干渉の原則に反するとして批判されるべきである。(補足3)

更に、多くの民主国家は民主の仮面を被っているだけである。そして、その中の最大の国が行ってきたのが、独裁的な国際政治である。現在最悪のテロ国家と言われる北朝鮮だが、米国が話し合いに応じて、朝鮮戦争の終結と講和に応じていればずっと早い時期に、北朝鮮は核兵器抜きで中国式の国家に生まれ変わっていた可能性大である。その際、日本の拉致被害者も帰国していただろう。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/41810584.html

2)民主主義は良い制度なのか?
英国のチャーチルが「民主主義は最悪の政治制度である。ただし、他の制度を除いての話だが」と言ったといわれる。(補足4)チャーチルが政治の難しさを語ったのだろうが、自分が独裁者なら話は別だという言葉が心の中を過ぎったと思う。

もし、社会の構成員を個人ではなく国家だと考えると、つまり、国際社会のなかでの国家の繁栄と将来への生き残りが価値の尺度なら、民主主義は但し書きなしで最悪の政治制度だろう。そしてまた、”国で生きる国民とその子孫の幸福の総和を考えても答えは同じ”だろう。(補足5)

つまり、二つの互いに敵対する国があったとして、一つが独裁政治を採用し、もう一つが民主政治を選択しているとする。最後には恐らく独裁国が勝利し、民主国は滅びるだろう。その勝敗が決する最後の時点で国民の幸福度の総和をとれば、上記結論(””内)は明らかに「真」である。

世界を制覇する可能性のある中国の政治制度を考える。中国は、共産党の一党独裁国家である。政治のトップに存在するのが国家主席であり、その習近平を含めて重鎮7名(チャイナセブン)が強い発言力を持つグループである。第二位が李克強である。独裁といっても、北朝鮮の絶対王政のような独裁ではなく、トップと二番目がすれ違う時に無視する瞬間もあるという、メンバー間に批判(勢力争い)もありうる“集団指導体制”である。

共産党員になる名誉は一般民には高嶺の花であるから、上記の分類によると専制政治に近いと思う。(補足6)一般に、独裁体制は何かを決断すれば実行までの時間が短く、体制の新陳代謝など指導者の質を維持するシステムで存在すれば、有力な体制だと思う。そのために中国は、優秀な人間を党員にする狭き門を設けている。

民主主義体制下でも、民族が興亡の境目に至ると世論は沸騰して最終的に独裁に以降するのは、戦前のドイツや日本を見ればわかる。そして、その時既に時間的に余裕をなくしており、愚かな決断しかできない場合が多いのではないだろうか。

3)最終的には、純粋に民主主義体制をとるのは民族として自殺行為だと思う。それは世界では既に自明のことでは無いだろうか。つまり、米国が他国に民主主義体制を強いるのは、民族や国家の競争相手を少なくするための長期戦略であると考えられる。元々、米国は民主制という仮面を表に被り、裏に強力な諜報機関と我々には訳のわからない情報機関(シンクタンク)を組織する二重張政治制度を採用している。表の民主制が仮面にすぎないことは、多くの暗殺された大統領を思い出せばわかると思う。

ここで、ローマクラブによる “成長の限界等”の出版(1972;1992年)によっても指摘された、資源の枯渇や人口の増加により、近い将来、人類の成長の限界が来るということを思い出すべきである。地球温暖化の二酸化炭素原因説は、如何に諸外国の経済発展を抑えるかという問題意識からスタートしている。従って、もともと科学的には根拠の薄いインチキ学説であり、民主主義的先進国の作り上げた国際戦略の一つである。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/08/blog-post_26.html

また、欧米のグローバリストたちは、如何に現在から近未来において世界の経済を支配するかという視点で動いているだろう。その経済力は、地球が狭くなるに従って、弱小国の支配と衰退化に使われるだろう。そこで、モノを言うのが核兵器などの軍事力である。(補足7)(経済力と軍事力とは並行する)

そのような環境下で弱小国に落ちようとしている国は生き残るのが困難である。しかし、北朝鮮がこのまま朝鮮半島が核兵器を保持した国として残る野心を失わなず、体制を中国式に改善すれば、22世紀に地球上に生き残るのは、日本民族ではなく朝鮮民族ということになるだろう。それは工夫された独裁制が純粋な民主制に勝ることの証明となると思う。このような民主主義の仮面を被った、所謂先進国と競って生き残るには、或いは、それらの国々に優先して生き残るには、途中からこのレースに参加した国は独裁国になるべきかもしれない。

補足:

1)独裁政治とは、個人や少数の人または一つの党派が政治権力を独占する政治体制のことである。その中で絶対君主制とは、世襲の君主が独裁政治を行う政治制度である。固定的な支配層がそれ以外(被支配層)を支配する場合を専制政治という。独裁政治というばあい、国民の社会的身分に差がない。このあたりは自分の知識固めの意味もあって分かりやすく書いている。専制政治と独裁政治の境目は、支配階級が固定されているかどうかである。もし、共産党一党独裁国と言われる国家で、共産党員になれる人が世襲などでほぼ固定されているばあい、実際は専制政治的ということになる。また、社会主義人民共和国を名乗っていても、トップが世襲制と見なされれば、そして政治形態が独裁的であれば、その国は絶対君主制である。同じ独裁国でも、中国の政治は専制に近く、北朝鮮の政治は絶対王制に近い。

2)カダフィ大佐を殺害したのは、ヒラリー・クリントンの率いた米国国務省だったという説が有力である。カダフィ大佐についての日本などでも悪評は、米国等の宣伝である可能性が高いと思う。米国などがリビアの石油利権を得ることが、暗殺の動機だったといわれる。 http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-5564.html http://tanakanews.com/160301trump.htm

3)フィリピンのルテルテ大統領の麻薬関係者への非常に厳しい取り締まりを、米国などは非人道的だとして非難したが、それも内政干渉であると思う。何故なら、米国に麻薬取締が出来る訳ではない上、ルテルテ大統領の支持率が非常に高いからである。

4)チャーチルのオリジナルではなく、誰かの言葉の引用かもしれない。https://richardlangworth.com/worst-form-of-government

5)極少数の基本的人権などのルールに抵触することが独裁制の弱点だと考えられる。しかし、民主主義国の徴兵制などや闇の世界が行なっていることをかんがえると、360度の神の視点から見れば、人権無視という点でもそれほど差がないのではと思う。もちろん、ウイグル、チベット、モンゴルなどの不幸な状態は解消すべきである。しかし、民主制と独裁制を比較する場合には、民主制の旗頭の米国が行なってききたアジアや中東での政治介入も考える必要がある。そうすると、大差無いではないか。

6)ユン・チアン著のワイルド・スワン(WildSwans: Three Daughters of China)数年前に読み、感想文を書いたことがある。 http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2013/10/wild-swans.html

7)日本人の多くは、愚かにも平和と戦争を反対の概念と信じている。そして、核兵器は日本を平和に導くという論理など、驚天動地の屁理屈と受け取るだろう。情けない民族である。以下にいくつかのブログを引用する。 http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42722151.html; http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43129251.html