2016年10月29日土曜日

核兵器保持禁止条約について(II)

法的に核兵器保持を禁止する条約案が、国連でオーストリアなどから提案された。現状では、そのような提案は無意味であるとブログに書いた。更に、例えば国連が世界政府的組織に成長したとしたら、核廃絶は可能であると書いた。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43032112.html 

しかし、世界は多くの独立性の強い国家に別れ、国際組織は単なるお付き合いレベルである。その証拠に、国連は未だに第二次大戦の戦勝国連合の性格を強く持っている。その様な状況下で、法的拘束力を持つ核兵器禁止保持条約を提案するなんて、悪い冗談か悪意ある企みの序曲としか思えない。もし核廃絶を真面目に考えるのなら、国連改革を一歩でも前進させる方が先だろう。

また、核兵器保持を禁じる条約を締結することは、必ずしも核兵器廃絶につながらないだろう。条約に棄権した国を含め多くの国は、条約が成立してもその条約に加盟しないだろうからである。法的拘束力と言っても、現状では国連からの除名処分である。国連を構成する重要国を除名すれば、国連は消滅する。その結果、核戦争の危険性は増加するだろう。一体何を目指して、こんな提案を出したのか? 国連代表はバカでは務まらない。あり得るのは謀略である。単なる想像だが、例えば、棄権した国の一つと例えばドイツなどの国が結託して、もう一つの近い国に提案させたのかもしれない。(補足1)

核兵器がどのような状況で使われるのかを考えれば、条約など意味がないことが理解されるだろう。世界経済が停滞し、国内の不満が爆発寸前となるか爆発状態にあるかして、国家体制崩壊の瀬戸際にある核保有国が想像される。その国民の不満が核のボタンを押すきっかけとなる。その時点までに国家の中枢は、国民の不満をそらす為に仮想敵国を作り、その国の国民を動物以下の存在として刷り込んでいるだろう。標的は、その反感を醸成した相手国の人口密集地域である。核爆発の結果、100万人の命が失われるだろう。そして、核兵器を落とした国の国民は歓喜の声を上げるだろう。被災国は侵略され、その富は侵略者に分配されるだろう。

そのような緊迫した状況で、国連に何ができるのか?国連の権威に、その核保有国の指導者が生命をかけて(自国民に暗殺される危険をおかして)服従するのか?

世界政府的機構ができないのなら、その状況下で少しでも核兵器の使用から多くの保有国を遠ざける為には、その国家を窮地に追い込むことの無いようにすることがさしあたりの現実的方策である(補足2)。そして、国家間の深刻な領土を巡る対立などを芽の段階から摘み取る努力を、(できれば国連が)することが重要である。そのような地道な国際協力こそが、核兵器による悲劇を防げるのである。その為には、公平で公明な国際政治環境を作り上げることが最重要だと思う。

岩礁を埋め立てて、領土としその上に軍事基地を建設し、その上空を領空とする企みが着実に進められている。公然と国際法を無視する行為を国連はどう考えるのか?こうぜんと国際法を国連の重要メンバーが無視しているのを放置して、新たに重要な国際法的な条約を結んでどうしようというのか? 

その国の強欲はどこから生じたのか?恐らくもう一つの国の脅威だろう。国と国の境界(国際)にその様な拭い去れない脅威が存在する現状の宥和ができなくて、何が核兵器保有禁止世界条約だ。現実を無視した理想主義を前面に出すとき、ほとんどの場合裏に隠された意図が存在するのだ。

==これは素人のメモです。適当に読み飛ばしてください。==

補足:
1)最近国際的に大きな話題になっていることから、世界の目を遠ざける為である。
2)国家存亡の危機にあると感じている核保有国がある。その国に対して国連の名でなされていることは、更にその国家体制の存続を脅かす制裁だけである。今回、その国は核保有禁止条約に賛成の投票をした。それは、国家の存続が国際的、つまり米国や韓国により認められれば、そして巨大核保有国からの核の脅威がなくなれば、核兵器を廃棄する用意があるという意見の表明である。つまり、核開発が本格化する前に、朝鮮戦争を終結し平和条約を締結しておけば、恐らくあの国の核開発は防止できただろう。小泉首相の時にそのチャンスがあった。それを壊したのも巨大核保持国だと疑っている。

2016年10月28日金曜日

核兵器禁止条約は核保有国の策略である

ニュースによると、国連総会第1委員会(軍縮)は27日、核兵器禁止条約など核兵器の法的禁止措置について交渉する国連会議をニューヨークで来年開くとした決議を123カ国の賛成を得て採択した。

日本や核兵器保有国の米ロ英仏など38カ国が反対し、中国など16カ国が棄権した。核開発を進める北朝鮮は賛成した。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161028-00000013-jij-int

この条約はもともと馬鹿げているので、賛成しても良かったと思うが、日本は律儀にも反対した。北朝鮮の賛成とは対照的である。そもそも、法的禁止措置なんて、翻訳の間違いかと思う位馬鹿げた話である。法には罰則が、それを加える力と権威がなくてはならないからである。国連にそんなものがあるわけない。北朝鮮に馬鹿にされている(補足1)ことからも明らかである。

核兵器禁止を法的に実現するには、核兵器を保有する国際的軍事組織を創る必要がある。しかし、そんな話はこの条約には出てこないだろう。元々馬鹿げた提案をする連中にそんなアイデアなどあるわけないからだ。

馬鹿げたというのは、核の脅威に晒された国がわざわざ自分の手足を縛るような提案をしているからである。本来、核兵器禁止条約は全核保有国が話し合い、その共同提案で出すべきである。その正論を無視してこのような提案を出しても、今後最初に核被災国が出た段階で、この条約は破棄されるだろう。その最初の被災国の最有力候補は日本である。

この提案には、ある策略を感じる。つまり、差し当たり核の脅威にない国が、一部の核保有国の策略に協力して、核保有の能力があり、且つ、今後その核保有国の政治的経済的競争相手になる可能性の高い国の手足を縛る為に出されたと考えることもできる。

どうせ核保有国は条約に参加しない。それにも拘らず、核保有国の脅威の下にある国から核の傘を奪い、核兵器保持の可能性を小さくする効果は、国際世論という”空気”を醸成することで生じる。

その条約を守らなかった核保有国を罰する側に核兵器がないことになるが、ピストルを持った強盗をピストルなしで逮捕することが可能だというのだろうか?人をバカにしたというより悪意を感じる提案である。

補足:
1)核兵器開発をせっせとしながら、賛成するのだからバカにしていると言っても良いだろう。しかし、北朝鮮はそのような条約ができて、米国や中国が核兵器を廃棄するのなら、自国も廃棄するという意思表示をしたと言うだろう。それはそれで真面目に取れるのだが、廃棄は一番後に持った国からするのだと言えば、「最初に持ったものから廃棄する義務がある」と反論し、それが通らなければ即座に反対に回るだろう。

2016年10月25日火曜日

日露関係改善が日本を救う可能性が高い:日ソ交渉に対する佐藤優氏の訳のわからない危惧

1)佐藤優氏は、最近ラジオ番組で「ロシアの日本接近の本当の目的は、シベリア開発などへの日本の協力という経済目的ではなく、米国と日本の間に楔を打ち込むことだ」と主張している。https://www.youtube.com/watch?v=CDu2WFd5avk

佐藤氏は米国の立場にたち、日露の経済協力がロシアが強大化する切っ掛けとなることを警戒しているのかもしれない。しかし、将来において米国のもっとも手強い敵となりうるのは、むしろ中国だろう。ロシアとはシリアなどで敵対しているが、経済規模などを考えると将来の脅威は中国ほどではないと思う。フィリピンなどが米国から距離をとりつつあるので、東アジアの足場としての日本の価値は米国にとって高く、日露の協力関係は、日本の利用価値を損ねることを警戒している可能性もある。 

ロシアがシベリア開発などを進めて、大きな経済力を手に入れれば、中国と並ぶ敵対国になる可能性はある。しかし、中国の封じ込めにロシアが使えると日本は考えているが、米国は考えていないのだろう。従って、限られた範囲でなら良いが広範囲の日ソ協力は米国にとって好ましくないとの危惧が、米国で大きく成りつつあるのかもしれない。

  米国に支配されてき日本は、「北方4島は固有の領土」という考えを刷り込まれてきた。それは米国が日本とロシアの間に楔を打ち込む為に行った日本国民の洗脳政策の一つだろう。何故なら、サンフランシスコ条約で千島を放棄したことは、逆戻りできない歴史的事実であり、国後と択捉は千島に含まれないというのは地理学的にみて屁理屈にしか思えないからである。 

つまり、佐藤優氏はロシアの経済力を強くするかもしれない日ソの接近を妨害する為に、そのような発言をしている様に感じる。それは中国という最大の脅威にどう対峙するかを考えている日本の利益を無視している。日本が真の独立国になるという考えを顧みず、米国と日本の間に隙間を作ってはいけないという考えを主張するのは、元外務省の佐藤優氏と宮家邦彦氏の一貫した態度だと思う。

2)一方、米国と日本の間にはずっと大きな隙間があったという考えが、孫崎享氏や馬淵睦夫氏らの考えである。米国の占領政策やその後の日本の政治的弱体化が、日本の国益を害してきたのは明らかだからである。

その米国の対日工作を陰謀と呼ぶ人もいるのは、対米従属派が長期政権を実現し、その反対に独立志向の強い政治家はどういうわけか死亡するか失脚するかして、政治の舞台から短時間で消えたことを説明するのが困難だからである。

陰謀が暴かれてしまえば、陰謀とはいわない。陰謀が暴かれていない(日本の検察にはそれを暴く熱意はないので、根拠が公にされない)から陰謀などないというのが、佐藤氏や宮家氏の姿勢である。国民は、どちらが正しいのかよく考えるべきだと思う。この件については、以前ブログに書いたので引用しておく。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42023202.html

3)話を元にもどす。ロシアはシベリアを日本と手を組むことで経済発展させて、中国の脅威に対峙するのが戦略だというのが、戦略家として有名で最近安倍総理が面会したエドワード・ルトワック氏の考えだったと思う。その点についてネットでは上念司氏が解説している。その方が説得力あると思う。 https://www.youtube.com/watch?v=k1YGSvIPHN4

つまり、ロシアにとって中国こそ最大の潜在的脅威である。上念氏の発言だったと思うが、ロシアがシベリアを失ったらポーランド2個分くらいの国になってしまうという。そんな国にロシアを弱体化できるのが、中ソ国境に膨大な人口を持つ中国だというのである。

その対中国対策を長期的視野に立って考えたなら、日本と北方領土問題を解決して経済協力を進めるべきであるとの結論に至るのは、プーチン大統領でなくても自然なことではないだろうか。

日本にとっても、南シナ海を中国が抑えたあとは、中東からのエネルギー輸送路が絶たれる可能性がある。それにも拘らず、米国は岩礁に軍事基地を建設する中国を見て見ぬ振りをした。

その後の「航行の自由作戦」なんて、オバマ大統領と習近平主席が申し合わせて行った茶番かもしれない。フィリピンのルテルテ大統領がオバマ大統領をソノバビッチと呼んだのは、中国接近止む無しと決断した時の叫び声だろう。

日ソの協力は日米関係同様に、日本の今後に非常に大事だと思う。相対的には多少変化しても、両方を実現するのが政治家の役目だと私は思う。

==== 以上は素人の考えですので、誤解などあると思われたなら、是非コメントを書いてください。====

2016年10月24日月曜日

日本国民は虚しい理想論に気づくべき

1)言葉は会話や情報伝達の道具である。その一方で相手方を攻撃する武器ともなり得る。ある言葉が情報伝達という善意の意味を持つのか、混乱を誘う武器として投げられたのかは、直ちに判断できない場合がある。

多くのイデオロギー的言葉にはその両面の意味がある。つまり、諸刃の剣である。例として、人権、民主主義、環境保護、動物愛護、男女同権(女性参画)、平和(和をもって尊しとなす)などが挙げられる。

例えば、人権という言葉が出た瞬間に、それに平伏す人たちがいる。また、人を支配するための道具として用いる人たちもいる。嘗ての社会党や社民党、そして、現在の民進党の一部の人たちには、その両方のタイプが同床異夢状態でいたし、現在も存在すると思う。

勝間田清一という人は、ソ連共産党のスパイであった。この件、ウイキペディアの記事を参照してもらえばわかることである。したがって、彼の日本における非武装中立論という理想論は、日本国に突きつけられた刃であったことになる。 https://www.youtube.com/watch?v=GWP4eoseFMU

一般民衆には、このような言葉を武器として用いるということが理解できない場合が多い。それが、これらの美しい言葉が強力な武器となりうる理由である。平和や人権は崇拝の対象であっても、武器として用いられようとは夢にも思わないのである。

2)理想論の反対は現実論である。理想論でノーベル賞をもらったのが米国のオバマ大統領であるなら、あまりにも理想論から遠いと思われて国際的に非難されているのがフィリピンのルテルテ大統領である。

そのルテルテ大統領が明日日本を訪問する。暴言で知られ、フィリピンのトランプと言われている。しかし、私は相当な戦略家だと思う。単なる暴言吐きでは一国の大統領にはなれない。彼がオバマ大統領に対して暴言を吐いたことは非常に印象的である。本音が出てしまう性格は政治の世界では損であるが、人民の支持を得るには得である。その損得には境界があり、全く本音を言わない人は民主主義の国では一流の政治家になれないと思う。

ルテルテ大統領が米国大統領に暴言を吐いたのは、オバマ大統領をはじめとして国際世論が、麻薬常習者などに対する超法規的殺害を人権無視として非難したことに対する反感が原因だろう。「人権」という言葉は、法治国家としての体裁を整えた国において意味のある言葉である。その前提が揺らいでしまっているとしたら、その国の指導者の政策にたいして「人権無視」という言葉で攻撃するのは、先進国の傲慢である。

民主主義という刃を突きつけられたアラブ諸国の混乱は記憶に新しい。その代表は、リビアのカダフィ大佐だろう。彼の善政についてはサイトを引用しておく。http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-269.htm その視点でシリアのアサド大統領を見ると、シリアの混乱の責任をアサド大統領の暴政に帰するのは無理があるとわかる。

3)ルテルテ大統領の話に戻る。彼のオバマ大統領に対する態度の裏に、彼の強引な麻薬撲滅運動に対する批判の他に、もう一つの理由があると思う。それは、米国が南シナ海に進出する中国にたいして、ふさわしい時期に何ら具体的な対策を取らなかったことだと、私は想像している。中国に南シナ海の岩礁に空港建設を許したあとで、自由の航行作戦なんて馬鹿げているとの思いだろう。

中国という大国に隣接して生きる小国の一つであるフィリピンには、取れる戦略は限られている。オバマ大統領の政策を見て、中国と真正面から対峙することは無理であると悟ったと思う。それが最近の中国との和解であり、オバマ大統領に対する暴言のもう一つの理由であると思う。

オバマ大統領は、理想論を掲げることで、米国を世界から徐々に後退させていった。その次の大統領は、現実論を掲げて世界の多極化やむなしという政策をとるだろう。安倍総理はそれをすでに計算に入れていると思う。ロシアとの和平もその一環だろう。「国後と択捉は日本固有の領土である」という愛国心を刺激する言葉は、(米国の干渉で)日本の勢力の一部が仕掛けた罠であると気づくべきである(補足1)。

補足: 1)日本国の外交は、対北朝鮮では拉致問題に、そして対ロシアでは4島一括返還論に、対韓国では竹島問題と慰安婦問題に、対中国では尖閣問題により”拉致”されている。東京裁判を批判するにも拘らず、自分ではあの戦争を総括しないで残した過去の自民党政府の負の資産であると思う。

2016年10月22日土曜日

NHKの天皇退位の意向報道が何故新聞協会賞なのだ:日本国家の本質の一端

すこし古い話になるが、天皇陛下の退位の意向を報道したNHKにたいして、新聞協会賞が授与された。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161018/k10010733781000.html

この記事、スクープというが完全に合法的プロセスによって入手されたとは思えない。本当は宮内省関係者の違法なリークを元に報道したのだろう。その報道内容について、当初宮内庁長官や次官は否定した。しかし、翌日の新聞は全て政府の関係省庁である宮内庁長官の発言よりも、NHKの報道を事実と考えて記事を書いた。まるで日本の報道機関が一枚岩となって、天皇のご意向にそって動いているかの印象を与える。クーデターはこのようにして起こるのだろうか?

以下の佐藤優氏の話をどう考えるのか? 是非聴いてもらいたい。 https://www.youtube.com/watch?v=CKATONOgKqM

佐藤氏は、「民主主義は手続きだ」と言って、この日本政治の重要事項である天皇退位がリークから始まり、いつの間にか正当な手続きに沿って進められている現状に強い違和感を感じている。婚外子がいつの間にか、母屋を乗っ取るような話であるのに、誰も疑問を呈せず着々と進められていく。なんという国なのだ、日本という国は?

新聞協会は、このNHKによるリーク報道に新聞協会賞を与え、上記疑問が具体的な動きにならないように釘をさしたのである。これは民主主義国家の中心である国会や内閣とは関係のないところで、日本政治が動いていることの証拠の一つである。新聞協会の中にも、上記企みに組みしたものがいるのかもしれない。

この件に関連するブログ記事:http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42935870.html;http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42933437.html など。

2016年10月21日金曜日

死刑廃止論について:

1)朝日新聞デジタルによると、日本弁護士連合会が「2020年までに死刑制度の廃止を目指し、終身刑の導入を検討する」という宣言を採択した。http://www.asahi.com/articles/ASJB74JGWJB7PTIL010.html この日本語は少し変だが(補足1)、それはさておき、すこしこの死刑廃止論を考えてみたい。

この件についての瀬戸内寂聴さんのコメントが話題になっている。J−CAST Newsによると、上記日弁連が福井市で開いた死刑廃止に関するシンポジウムで、以下のような発言をしたという。「人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと。『殺さない』ってことを大きな声で唱えてください」;「そして、殺したがるばかどもと戦ってください」http://www.j-cast.com/2016/10/08280174.html?p=all

死刑廃止論者の発言でよく聞くのが、この瀬戸内寂聴さんの最初の発言にある「人間が人間を殺すのは、一番野蛮なこと」であるから、死刑は廃止すべきであるという意見である。上記記事を信じた上で書くのだが、何故このように幼稚な発言を瀬戸内寂聴さんはされるのだろうか?

その一番野蛮なことを一番野蛮な形でやったのが、死刑を検討される犯罪者であることを忘れているのか? OECDで死刑制度を持っているのは日本だけだという死刑反対論も多いが、何故OECDが出てくるのかさっぱりわからない。しかも、OECDで中心的な米国などでは、裁判もしないで死刑同等の行政的行為がたくさんある。警官によるその場での射殺である。

2)私は凶悪な犯罪に対しては死刑もやむをえないと考えている。その理由は以下の通りである。限られた空間と資源の中で、人間は社会を造って生きている。その構造を防衛する行為として、国外の敵に対しては戦争で対決し、国内の反社会的行為には刑罰で対決しているのである。

凶悪な殺人行為を為した者にたいして死刑を執行しなければ、その家族や親族が社会に正常な形で参加できなくなる。つまり死刑は、人間と社会(公の空間)の間の信頼感を維持し、(社会の構成員である)人間が正義を信じ規律を守る社会の基本的体制を維持するための制度であることを忘れてはならない(補足2)。

死刑は被害者家族に私怨を晴らさせるためという考えもあるが、それは誤りである。犯人を死刑にしても、恨みは決して晴れないだろう。被害者家族に聞いてみればわかると思う。瀬戸内寂聴さんはそれをされていないのだろう。

もう一つの死刑廃止論者の意見に、「冤罪の可能性がある場合、死刑は取り返しがつかない刑罰である」というのがある。 こちらの意見には、一定の説得力がある。しかし、我が国ではそれを防ぐ工夫が幾つか存在しており、その確率は減少しつつある。

我が国では周知のように、死刑にはもう一段のバリアが敷かれている。法務大臣が印鑑を押さなければ、死刑執行されないという制度である。それに再審制度もあり、死刑判決を受けても再審で無罪になったケースもある。http://matome.naver.jp/odai/2139580959957165101

更に、最近は取り調べの可視化など警察や検察の捜査等について、冤罪予防の措置も取られている。したがって、冤罪で死刑執行という確率は相当下がっていると思う。その時代の流れの中で、何故死刑廃止を叫ぶのか? 私は、瀬戸内寂聴さんなどのナイーブな反対論は別にして、この問題を取り上げる中心に政治的意図があるのではないかと思う。

補足:
1)日弁連は国会議員で構成されている訳ではない。しかし、この「」内の言葉は、まるで内閣か国会を構成する人たちのような発言である。日弁連か朝日新聞か、どちらかが日本語が下手なのだろう。
2)OECDで死刑制度を持っているのは日本だけだという意見の間違いは、それぞれの国の状況を無視していることである。それと関連して、最近フィリピンのドゥテルテ大統領の麻薬撲滅を目指した殺人も、軽々に反対するのは慎むべきだと思う。「社会の防衛」という視点でみれば、 人体に対する外科手術と似ている。

2016年10月20日木曜日

北朝鮮問題:青山繁晴議員によるアントニオ猪木議員攻撃の動画について

その動画は以下のサイトに先月26日の日付でアップロードされている。 https://www.youtube.com/watch?v=-BtZ6XR8MAs  冒頭、青山氏はアントニオ猪木さんが外国人特派員協会で公演したときの発言について述べている。そん部分についてのみここで議論する。

「”拉致問題を解決できたら、我々日本人はしあわせになれますかね”というような発言されたということで、僕のところにも怒りや嘆き悲しみのメールが大量にとどきました。」

「本気で猪木さんは北朝鮮の言い分が正しいと思っていると思いますよ。僕は。」「こんな人を当選させた有権者ももう一度考えた方が良いと思う。日本維新の会の橋本さんも、石原慎太郎さんももちろん考えなければならない。当選しそうだということで、こんな人を議員にしてはいけない。この人を6年間私たち国費で支えるのですから。」


青山氏は、最初の猪木さんの発言が厳密な意味で正しく伝えられているかどうか自信はないはずである。それは「発言されたということで」という下線部の表現でわかる。そうなら、猪木さんの発言が「拉致問題を解決できただけで、我々日本人は幸せになれますかね」だったかもしれないという想像力を働かすべきである。猪木さんの発言の趣旨が、「拉致問題もあるが日本を標的にしているであろう核兵器のことを考えなくて良いですか?」であった場合、青山氏は賛成できないのだろうか。

二節目の青山発言は、典型的な独善的発言である。単眼でしか物が見えない青山氏のような人こそ、議員にふさわしくないと言いたい。私は、あまりにも青山氏の決めつけがひどいので、その動画についてのコメントした。それをここに再録する。もう一つの目で見た景色は、青山繁晴参議院議員の見た景色とは全く異なるのだ。

Mohkorigori:
アントニオ猪木さんはイラクでの人質救助に多大の貢献をしています。それに、拉致問題は大事ですが、日本外交は拉致問題に拉致されている状態です。(白井聡著、永続敗戦論)それを言ったのでしょう。北朝鮮に核兵器を持たせたのは米国です。朝鮮戦争が休戦になって、60年以上、米国は平和条約締結に動かなかったのです。米国と戦争継続状態にある北朝鮮が、核兵器にすがるのはわかります。米国の東アジアに混乱を残すという卑怯な政策をあなたは考えたことがありますか?

Mohkorigori:
拉致問題の全面解決は、小泉政権のときに邪魔が入らなければ出来たと思います。小泉さんは本気で平和条約締結と北朝鮮承認、拉致被害者全員の帰国、日朝基本条約などを考えたと思います。それを不可能にしたのはどこかの横槍だと私は思っています。素人ですが。。。その時、同行した安倍総理には詳細は知らされていなかったとどこかで読みました。

青山繁晴という人はエネルギッシュで話は面白い。しかし、もう少し広い視野を持っていると思ったら、この程度の人だった。短絡的で単眼的で、「もう一方からみてみる」という人間にしかできない思考(補足1)が出来ていない。北朝鮮が悪者で米国が悪者を退治する代官様というレベルの思考しか出来ていない。

動画に寄せられた一般のコメントをみてわかるように、わかりやすく短絡的な考えだからこそ、容易に大衆を魅了する。昔ドイツにそんな人がいた。青山氏は危険な人である。

補足:
1)「もう一方からみてみる」という思考ができるから、人間は鏡に映った像を自分であると認識できるのである。自分の不足した点や誤りについて確認できるのである。

2016年10月18日火曜日

民主主義の原則にとらわれる国は、将来生き残れない。

1)中国は宇宙開発に力を入れている。その目的は言うまでもなく、宇宙軍事基地である。米国と対立した時、宇宙基地を持つことが大きな対米圧力となる。潜水艦は将来容易に発見されるようになるかもしれない。迎撃ミサイルの性能が、クルーズミサイルでも弾道弾でも確実に撃ち落とすレベルに向上するかもしれない。そうすると、宇宙軍事基地の有無が軍事力のランクを決める。

宇宙からミサイルを撃つと、最終速度が非常に高速になる。迎撃ミサイルでうち落とすのが非常に困難になるが、仮に撃ち落としたとしても、自国の上空にプルトニュームなどの搭載物を撒き散らすことになり、その放射能からは逃れられない。中国も米国も、最終的には月面に軍事基地を築くことまで考えているだろう。

これまで、宇宙開発は宇宙の謎に挑戦するとか、無重力下での科学実験が目的だとか言って、仮面をかぶせてきた。無重力実験(補足1)などのパーフォーマンスで国民を感心させごまかすことが出来なくなれば、宇宙開発は民主国家では出来なくなるだろう。宇宙開発の目的は明らかに軍事であると解っても、中国なら進めることができる。

2)民主主義の国では大衆の意見を重視するほど衆愚政治に向かう。大衆は何もしらない。理想主義を教え込まれた大衆には、リアリズム的思考は無理である。英米などの支配層の歴史は専門家もどれだけ知っているのか疑問だし、漏れて出ない以上それを見抜くのは無理である。ジャングルのような国際政治の中での論理と、国内での法と正義の論理の使い分けなどできるわけがない。

また、最適化問題は思考に載せる空間の大きさにより全くことなる。現代という平面の中で考えたとき、今生きる人の尊い命をすくう医学の発展は人類に大きく寄与すると考えられる。しかし、時間スケールを未来に向けて伸ばし、数世代にわたる時空の中で考えた時、全く逆かもしれない。現在の生命から自然の摂理による淘汰をなくせば、将来の生命力の劣化を招く。そして、医学の現在以上の発展は人類に必ずしもプラスにならない可能性大である。

1945年8月6日に時間を固定し、空間を広島周辺に絞って考えれば、核兵器は悪の権化ということになる。しかし、広い時空と国際環境という多くの民族の歴史や思想に関係した部分まで考慮にいれれば、核兵器こそ日本を救う善の武器ということになるかもしれない。兎に角全ての問題は、一般大衆には難しすぎる。

高度な知性を持った専門家たちによるそれぞれの分野における考察とそれらを結びつけて国家の知恵とするメカニズムを作らなければ、問題の解答と対策が得られないだろう。それは時として大衆の意思を無視することになる。民主主義の下では(衆愚政治では)それができないとすれば、その国は滅びるしかないことになる。中国のような独裁国の方が、紛争の時代には有利である。2050年に日本は存在するだろうか?  昨日の 文章では、 国民に国家への参加意識を持たせるべきであるとしながら、今日の文章は民主主義を大きく修正しなければ生き残れないという話になった。昨日の話とどう橋渡しをすべきなのか? 一つの回答は質の高いエリート層をつくることだと思う。

=== これは素人のメモです。適当に読み飛ばして下さい==

補足:
1)宇宙船の中で無重力下での実験が行われている。しかし、宇宙船の中は地上とほとんど変わらない地球の重力が存在する。理系の高校生でも知っている筈のこの事実を、どれだけの人が知っているだろうか? 立花隆の宇宙(月)からの帰還という本だったと思うが、その中に宇宙旅行は大部分が慣性飛行だと書かれていた。この人も、月まで地球の重力下であり、慣性飛行などできないことをしらないのだ。

2016年10月17日月曜日

日本は民主主義国家か? 国民と国家の関係を今こそ一から考えるべき

1)民主主義国家は、現在の先進国における標準的国家体制であると考えられている。しかし、民が主(あるじ)の国家などこの世に存在するだろうか?米国や日本など多くの先進諸国は、本当に民が主の国だろうか。

民主主義国家になる前に国民国家の実現という段階を踏むケースが普通である。ここで国民国家とは、領域内の人間(奴隷は除く)を全てまとめて国民として統治する国家である。「国民国家とは何か」という論文が最近になっても発表されるくらいだから難しい議論はあるだろうがhttp://www.mt.tama.hosei.ac.jp/~ssbasis/what_is_a_natio_state.pdf、そのような議論は後の問題として、今回は上記定義をそのまま用いる。ただし、国民国家とは国民が自国への帰属意識を持つことが必要条件であると思う。

国あるいは日本国という場合、それは国土と諸財産、日本国民とその文化、日本政府を含む継続的で総合的な存在である。また、国家とは政府を中心とする国の現政治体制、国民とは日本国籍の人である(補足1)。国民国家には、国民と国家の関係によっていろんなタイプが存在する。民主主義国家は、国民が主(あるじ)である国民国家と言える。しかし、独裁者が支配する場合もあるし、一部の人間(例えば官僚組織)が支配するケースもある。明治以降の日本は、だいたい後者の国家形態であったと思う(補足2)。

昭和前期以前の日本は、その支配層の中心に天皇がいた(大日本帝国憲法第1条)。大正末期に民本主義とか大正デモクラシーなどといった国民の圧力で、天皇の臣下として国家を形成する人たちを、国民が選挙で選ぶという訳のわからない体制を導入せざるを得なくなった。国家は、ここで治安維持法を作って中和をしたのだが、それは中和を超えて反動となったと思う。革命を経ないで民主主義国家を実現しようというのは、甘い考えだろう。

2)戦争に負けた日本は、国民に甚大な犠牲があったのだから、そして従来の支配層には統治する資格が完全に無くなったのだから、一から国民主権の国家再建ができてもよかったと思う。しかし、米国占領軍とその手下として働いた自民党主流派政府は、戦争を含む昭和初期の歴史を清算せず、従来通りの支配層を温存して中途半端な国家を作った。

その結果、日本国民一般には戦争で被害を被ったという意識はあるものの、自分たちにもある筈の戦争責任の感覚は消滅し、自分たちが新しく国を造るという意識は消え失せた(補足3)。その結果、白井聡著の「永続敗戦論」にあるように、日本国が第二次大戦での敗戦を事実のままには受け入れず、ズルズルと拒否する状態を作り上げた。(補足4)http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43011728.html

そして、現在の自民党主流派は、過去の大日本帝国の時代の日本の再建を考えているのではないかとさえ疑われる。何故なら、彼らが作った憲法改正草案には、天皇を国家の元首とすると同時に、日本国軍を創生すると書かれているからである。

そのことに反対の意思を真っ先に示されたのは、他ならぬ今上天皇だったと思う。それは、国民への「早期退位を希望する」というメッセージの中で、象徴天皇という言葉を繰り返し用いられたことで推察される(補足5)。天皇という地位は、飛鳥奈良時代はともかく、平安時代から現代まで時の実力者に利用される存在だったのである。明治以降の実力者とは薩長の下級武士が作った支配層である。現在もその末裔が政府を作っている。(その体制を守るため卑怯にも、選挙制度の中に憲法違反をしてでも大きな一票の格差を置いている。https://news.nifty.com/article/domestic/society/12198-71996/

現政府は、天皇の上記意思をなるべく国民が知ることにならないように情報を操作し、「老齢故に公務が多くて負担になるので退位したい」という形で小さく閉じ込めるようにしていると疑う。

3)国家の基本は、国民の命と財産を守ることである。国民国家では、全ての国民が自国防衛のために働かなければならない。更に民主国家では、自国防衛の責任は完全に国民自身に存在する。その結果、若い時期に国に命を捧げる義務、つまり徴兵の義務、を負う。それが当然の義務であると考えるには、それにバランスする感覚として、国民の間にナショナリズム(国への帰属意識)がなければならない(補足6)。

個人にとって、自分の生命、行動の自由、言論や思想の自由などの権利保持が大切である。それら全てを失う可能性のある兵役が、国家の制度としてスムースに入り込むのは困難なことである。その義務感とナショナリズムを国民が持つことが可能になるとすれば、相応する歴史的体験の共有、或いは(教育を通して)それが国民の永続的記憶としてなければならない。

多くの民主主義を標榜する国家にそれがあるのだろうか?例えば、我が国にはそのようなものは現時点ではほとんどない(補足7)。それを作る機会が先の大戦の直後にあったが、近代史を教育から除外して、戦後も継続的に旧来の支配層が(米国の助けを借りて)その地位に就き続けるという欺瞞的行為を隠している。

憲法改正をして自国軍を持つことは、兵士が集まらなければ徴兵制を敷くことになるのだから、政府はその国民的合意を作らなければならない。それには近代史の総括とそれによる新しい国家作りをして、国民主権を国民全員で確認しなければならない。それをせずに、ごまかせばなんとかなるという考えでは、今度こそ日本国は滅び消滅することになるだろう。ごまかしの手段に天皇陛下は利用するのは罪である。また、衆愚政治に訴えるのも醜悪である。政府自民党は、その二つを利用しようとしているように思える。

=== 以上、素人の考えですので、間違いなどあればご指摘ください。====

追補:上記は民進党など既成野党が政権を担えるとは言っていません。彼らよりは安倍政権の方がよほどましだと考えています。

補足:
1)ここでの国家は、国家財政という場合の国家の意味と同じ。その資産には、日本国民や日本企業などの私有資産は含まれない。また、ここでの「国民」にはその国への帰属意識がなければならないと思う。戦前の朝鮮や台湾を併合した大日本帝国は国民国家とは言えないだろう。
2)国民国家でない国家とは、ヨーロッパ貴族が複数の民族を支配したような国家だろう。
3)広島原爆ドームにある「安らかにお眠りください。過ちは二度と繰り返しませんから」の文章がしばしば議論される。過ちとは一部支配層に暴走を許したことである。「原爆を落としたのは米国なのだから、自分たちが謝るのはおかしい」という批判が右寄りの人に多いが、彼らは何もわかっていない。この「二度と過ちは繰り返しませんから」は、今後は自分たち国民一般が政治の主人公になるという約束である。しかし、それを許さなかったのが、米国占領軍とそれに協力した自民党主流派である。
4)敗戦の結果千島列島はソ連に取られた。“取られた”を“盗られた”という権利くらいは日本にある。しかし、敗戦を事実のままに受け入れれば、北方4島は日本固有の領土などと言う非現実的なことは言わなかっただろう。米国は、尖閣諸島の領有権には明確な姿勢を示さないが、択捉や国後を日本の領土と明確に言うのは、日露間に楔を打ち込むためである。
5)憲法上、天皇は政治に関与できない。したがって、天皇のご意志を汲み取るには、発言されるに至った経緯を含め精緻な分析を要すると思う。
6)最近では徴兵制がなくなった国も多いが、それは国内に貧困層をつくることで兵の調達に苦労しなくなったからだろう。例えば米国では、大学教育に多額の金がかかって貧民層からは大学教育を受ける道がない。そこに、兵役につくと奨学金がもらえるという理由で、比較的容易に全国民に義務を課さないでも集めることができるという。
7)明治維新をあげる人もいるだろうが、それは日本国民となる人たちの体験ではない。明治維新は、薩長などによる天皇を擁したクーデターのあと、おそらく外国の書いたシナリオに沿って進められたと思う。国民のほとんどは政治への参加意欲はなく、戦後にもその意欲が育たず、現在でも被支配層のままである。被支配層にあるのは被害者意識だけである。

2016年10月15日土曜日

カツラ業界の景気と日本の中間層の景気&

1)くだらない話題かもしれないが、カツラ業界が不景気である。アデランスは経営が傾き、ファンドの支援を受けて上場廃止し再建するようだ。おそらく月曜日から公開買い付けで株価は上昇するだろう。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161015-00000003-asahi-bus_all

カツラ業界のもう一方の雄であるアートネイチャーの株価も下落を続けており、この一年間で約半値になった。第一四半期の純益は、前年度同期の1/3ほどである。カツラ業界には赤信号が灯っているようだ。

当然、カツラは生きる上に必須ではない。したがってその業界の景気は、その主な消費者である社会の中間層の景気を敏感に反映するだろう。つまり、日本の景気、特に中間層の景気は下降しているのではないだろうか。日銀の金融政策には限界があり、政府の財政による対策にも一定の効果しか期待できない。再びデフレの延長が続くような気がする。

世界の中で日本経済が活性を維持するためには、新技術や新製品などの開発能力がなければならない。精密な作業には適する日本の職人も、NC加工の発達でマイナーなところでしか評価されなくなっているのではないだろうか。

米国には未だ、アメリカンドリームがある。google, apple, microsoft, facebookなどの出現は全て米国が舞台である。日本には夢がない。一時期日本の花形であった白物家電の衰退はいうまでもないが、その中にも新型掃除機も新型扇風機などの新製品を出す余地があったが外国に取られてしまった。東芝にもそのアイデアがあったという負け惜しみが虚しい。http://irumashinjuku.net/?p=8099

2) その原因の一つとして労働力の流動性が乏しいことが考えられる。日本では、年功序列の風習が未だに人事の主流である。どの組織を取っても新鮮なアイデアが上層部に届かない。流動性のないところには夢がない。それが遠くから波及した結果、日本の受験生にも覇気がない。役人になって出世したり、医者になって病人を助けるというようなことは確かに立派だが、そのような考えの受験生が大半では、今後の日本の活力が維持できる筈がない。

世界に生きる国ならば、その文化も徐々に世界を視野に入れるようなものに変化しないといけない。人と知恵の流動性は、広い視野を獲得すれば自然と生まれるだろう。教育も、東大入学が人生の最終目的であるかのような発想は消えるだろう。全国共通テストで良い点を取ることに必死になる教育委員会なんか廃止してしまえば良い。

教育改革には母親の頭脳改革が必須である。男女共同参画などというのなら、女性もまともな知的訓練をして、水素水、ヒアルロン酸、マイナスイオンなどというインチキに引っかからない程度の常識を持てといいたい。(サントリーや味の素といった一流企業が、健康食品で稼ぐようでは、日本経済に悲観的にならざるを得ない。)

健康と安全第一、しかも子供の安全となると異常な神経に支配される。昔の武士は、「命の使い方」という視点を持っていた。それと比べると多くの現代日本の母親の精神は、極端に言えば鷹が怖いといって声を出さずに隠れている洞窟の中のネズミのそれに似ている。その一方で、外国に命をかけて仕事に従事している商社やインフラ関係の会社員も多くいるのだが、その仕事の実態などの情報は本国には流れない。

日本では、家庭内から社会一般を通して情報の流動性も極めて低い。日本にはおしゃべりの文化はあっても、対話と議論の文化は無い。論理は理屈という汚名のもとに否定される(補足1)。社会での情報の低い流動性の原因は、マスコミに社会的責任を感じる文化が無いことだと思う。

=== 一部に不快な表現がありますが、ご容赦ください。=== 補足: 1)おしゃべりはちょっと離れたところではすぐに雑音に変わる。しかし、対話(議論)により得た論理の一貫した考えと結論は、その到達距離や減衰の時定数は長い。twitterで何か意見を云うなんて、馬鹿げている。

2016年10月13日木曜日

天皇という不明瞭な存在

私は文系人間でないので、社会などに関しては素朴に見る傾向がある。その所為か、天皇という存在が非常にわかりにくい。戦前、天皇は憲法という国民との間の契約を前提とする君主であった(立憲君主制)。しかし、旧憲法一条は「大日本帝國は万世一系の天皇之を統治す」であり、憲法を改正しようと思えば、勅命により議会の決議に付さなければならない(旧憲法73条)。つまり、少なくとも形の上では絶対君主制であったのは明らかである。大正時代の普通選挙法制定などの民主主義実現の動きはあったが、治安維持法も同時期に制定された。その結果、昭和には民主主義とは逆の方向に動くことになった。

敗戦後憲法を改正したが、その手続きは大日本帝國憲法73条の手順で進められた。しかし、日本国憲法前文の最初は、「日本国民は、・・・・・・ここに国民の総意が至高なものであることを宣言し、この憲法を確定する」となっている。改正の手続き(天皇の勅命で行った)と制定された憲法の内容(国民が確定した)が異なっている。とにかく、日本国憲法からしてこのような矛盾を出発点に持つことを考えれば、この国の何もかもが、論理的に一貫しないのは当然である。

その結果、太平洋戦争で甚大な被害を受けながら、絶対君主性から象徴天皇制という訳のわからない国体となった。形の上では民の意思により改憲が可能な憲法を持つ国家になったものの、そのハードルは高く設計されていた。その理由は、為政者にはほとんど透明な存在の天皇でも、その影に隠れる存在が欲しかったのだろう。巨大な存在であったマッカーサーも、本国国務省の反対意見を封じてでも、同じ理由で天皇制を残すことに拘った。

戦後日本国民は、天下り的に民主主義体制を得ることになったが、「獲得したという感覚」を持たせない為に、或いは戦争責任の追及を国民に放棄させるように、政府は近代史の教育をさせなかった。現在与党である自民党は、憲法改正によって天皇を元首としてその存在感を高めることを企んでいる。隠れる影を大きくより明確にしたいためである。

最近白井聡という人の「永続敗戦論」という本を覗いた。そこには永続敗戦とは日本が第二次大戦での敗戦を、そのまま受け入れずズルズルと拒否する状態をいう。その最も大きな原因は、波風を最小限に抑えようとする日本文化であり、占領軍もその後の政治も差し当たり波風を最小限にする為に、天皇を利用できる形で残した結果である。

現在与党である自民党が目指している憲法改正案では、天皇を象徴天皇という透明な存在から国家元首に戻そうとしている。その動機を密かにして、明確に抵抗しておられるのが、今上天皇であると思う。

追加:

今上天皇は譲位したい旨の発言を国民の前でされたが、それを実現するには本来皇室典範の改正を要する(補足1)。それは国家体制を再考することになり、普段政治を考えない国民も日本の体制を考えることになるだろう。国民に向けた放送の中で、今上天皇は多数回「象徴天皇」を強調されたことの意味を、国民は深く考えるべきである。。

天皇陛下による国民向け放送の動機について、左翼と言われる人たちは、憲法9条の改訂を遅らせる為だと解釈したが、私はそうではないと思う。天皇陛下は政治への過度な干渉はされないと思う。

天皇陛下が送りたかったメッセージは、既に自民党は憲法改正原案を公開しているのだから、国民は「それをよく読んで天皇の地位に関する条文(日本の国家体制)をしっかり考えて欲しい」ということだと思う。

自民党案では、「天皇を元首とし、君が代を国歌とする」と書かれている。本当にそれで良いのか?https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

補足: 1)自民党と政府は、特別法で一代限りの譲位を可能にする特別法でこの問題を国民に考えさせないようにしようとしている。

2016年10月12日水曜日

言論を封じる鬱陶しい日本の空気:過労死対策について

1)「残業100時間で過労死は情けない」とするコメントを武蔵野大学(東京)の教授がインターネットのニュースサイトに投稿したことについて、同大学が10日に謝罪した。7日に電通の女性新入社員の過労自殺のニュースが配信された件との関連で、その教授の投稿に対してネット上で激しく議論されたようである。

武蔵野大などによると、7日夜「過労死等防止対策白書」の政府発表を受けてニュースサイトに、「月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない」「自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」などと記したという。

ネット上で「こういう人たちが労災被害者を生み出している」「死者にむち打つ発言だ」などと批判が広がったようで、その教授は8日に投稿を削除し、「つらい長時間労働を乗り切らないと会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断した」などと釈明する謝罪コメントを改めて投稿したとある。武蔵野大は10日、公式ホームページに「誠に遺憾であり、残念」などとする謝罪コメントを西本照真学長名で掲載し、その教授の処分を検討しているという。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161011-00000092-asahi-soci

2)上記教授の発言の当否を論じる前に、当該教授が 私人として行った勤務時間外における職務外の行為に対して、なぜ大学が謝罪をするのかさっぱりわからない。そして、その教授を職場である大学が処分を検討する根拠もさっぱりわからない。たとえ三流と言っても、そのような大学がこの日本国に存在することが、同じ日本人として歯がゆい限りだ。教育者として相応しくないという理由だろうが、言論の自由を封じようとする学長以下の幹部教授たちの方が教育者として相応しくない。

ここで上記教授の発言内容に関する議論に戻る。当該教授の発言は自殺した電通社員の過重時間外労働によるうつ病発生を意識したものだろう。この件、私も10月8日のブログに書いた。残業時間が一月に100時間を超えてうつ病を発生したと言われているが、私は過重時間外労働に重なって将来その会社でやっていけないと思ったのがうつ病の原因だろうと思う。その電通社員のような自殺は、なんとかなくさなければならない。そのための対策は、単に直接的な労働時間制限などのルールではダメだと思う。

日本経済の国際的競争力を維持したままでこのような悲劇を無くするには、日本の労働力市場における流動性を高めることが大事であり、より本質的な解決策であると思う。国際化の中で日本経済が生き残るには、我が国の労働力の質と量を高めなければならない。それには、適材適所を市場の中で実現する必要があるのだ。その適材適所の実現にブレーキをかけているのが、従来の労働市場のあり方である。

つまり、当該教授の「自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」というのは、労働力として質と量の積の大きい労働者が会社には必要だという考えであり、一つの正論である。ここで注意しなければならないのは、プロ意識が持てるのは適材適所が実現した人のみであることである。

一方、現在の日本の労働市場は閉鎖的であるため、新卒生は4月1日付けで採用されなければ、そして一旦就職しても退職すれば、相応の再就職先を見つけるのが非常に困難になる。その日本の労働市場とそれを支える文化を改革しなければ、長時間残業によるうつ病の発生とか過労死を防ぐ根本的解決ができないのである。政府の今回の対策を読んで、おそらくそのような視点がないと当該教授はかんがえたのだろう。

上記教授の暴言と受け取られた発言は、以上のような議論に発展しなければならない。その芽を摘み取るような大学当局の処分検討は、非常に愚かである。ネットの炎上は珍しくない。それにいちいち阿る行為は、衆愚政治の始まりであり国を破滅に追いやるだろう。

2016年10月11日火曜日

北朝鮮問題の解決は米国と中国の責任である

1)昨日のBSフジ(プライムニュース)で田中均氏は、朝鮮問題の解決は韓国による吸収的合併(朝鮮統一)という形でなされるべきであると言っていた。これが小泉内閣のときの日朝平壌宣言作成に深く関わった当時の外務省アジア太平州局長の言葉である。現在の状態は、米国の意向の代弁者と言うしかない。韓国による統一などできるわけがない。同席した佐藤正久氏のいう通りだ。

核兵器の開発に成功したのは、小泉政権が終わってからだろう。朝鮮戦争休戦後既に、50年以上たってからであると思う。それまでに米国は、朝鮮戦争を終結し、半島を安定にしておくべきだったのだ。しかし、米国は国益を考え、日本や韓国などの平和安定の願望を無視して、朝鮮半島に対立を残した。そして、それを足がかりにして東アジアの支配を継続してきた。中国も緩衝地帯として北朝鮮を考えてきた。

何れにしても、米中の縄張りの境界が38度線以外に移って固定化したとき、朝鮮半島の統一が実現されるだろう。日本がそのとき緩衝地帯になるのかもしれない。緩衝地帯というのは現在の北朝鮮のように、そしてウクライナのように、常に悲惨な状態に置かれる運命にある。

もう一人の無責任な人が出演していた。武貞秀士とかいう人で、最近もアントニオ猪木の訪朝団に同行したという(多分米国の意思だったのだろう)。武貞氏は「北朝鮮の言う体制維持は、韓国の統一である」という。この人は、米国の考えの通り言っている。北朝鮮は口先だけは威勢の良いことを言っていても、相応に知識のある金正恩が、韓国統一できるなんて考えている訳がない。体制維持はキム王朝の安定的継続であると思う。

武貞氏は、トランプ氏が米国大統領になれば北朝鮮が韓国を吸収して半島を統一する可能性があると言っていた。無責任に米国の現在の支配層の指示を受けて発言しているという感じだった。流石のトランプ氏もそんなことをするはずがない。トランプ氏は北朝鮮を承認はするが、韓国と平和共存を考える筈である。その方法は、トランプ氏の発言通り韓国への核兵器貸与かもしれない。田中均と武貞秀士の二人は、米国の意思の代弁者としてなのか、発想が固定化しており、最早この問題を語る資格はないと思う。その点、佐藤氏の方はこれまで深く関わっていない分、発想が自由である。

2)この件は上記のように米国と中国に責任がある。中でも世界を支配してきた米国の責任が重いと思う。米国は、朝鮮戦争を終結して安定な国家を作り中国型の経済発展を目指したい北朝鮮と、朝鮮戦争終結の話し合いを拒否してきた。そして、6カ国協議という訳のわからない会議に丸投げして解決しないようにしてきた。今となっては、北朝鮮の核開発が進んでしまい、失敗だったと思っている可能性が高い。

北朝鮮が核保有国になる前に、北朝鮮の軟着陸のチャンスはあったと思う。小泉元総理は、朝鮮戦争の終結を米国に勧めたが、一蹴されたという。米国の意図を無視した自主外交の開始と失敗は、小泉元総理が米国と日本の本質的関係に無知だったからだと思う。小泉氏は直感力に優れていても、自民党主流派ではなく日米関係に詳しくなかったから起こったことなのだろう。そして、その後の長期政権である安倍内閣では、北朝鮮外交は拉致問題に拉致された格好になり、残っていた戦後処理の終結ができなくなってしまった。それは、戦後regimeからの脱却と虚しく演説する、安倍総理の能力のなさだと思う。(永続敗戦論、第二章参照)

もし、武貞氏のいう北朝鮮による半島の統一となれば、戦後賠償としての経済協力金は日本経済に核保持国としての恫喝を考えれば、悪影響を及ぼすレベルになるだろう。そして、日韓基本条約とその時の経済協力金は無駄金となるだろう。更に、上記のように日本は米中の緩衝地帯となり、悲惨な結末を迎えるかもしれない。そのとき仮に日露関係が順調に行っていたとしても、あの敗戦間際の状況を考えれば、ロシアは再び信用の置けない“北の熊”に変わるだろう。

北朝鮮の核は、米中にとって大した脅威ではないが、日本にとっては大きな脅威である。現状では、「北朝鮮が核保持国になった以上、日本も核軍備をせざるを得ない」という意思を米中に感じさせることが、在るとすれば唯一北朝鮮の核開発をやめさせる方法だと思う。それを日本国民は真剣に考えるべきである。トランプ氏は正論を言っている。日本も韓国も核軍備するしか、北朝鮮の核に対峙する方法は現状ではない。(おそらくトランプ氏は、北朝鮮の核よりも中国の核を念頭においたのだろう。)米国の核の傘は幻であること位、わからない者は(勝手なことは言えても実際に)外交を司る資格はない。中川昭一氏が生きていたらと思う。

====以上は素人のメモです。読み飛ばしてください。====

2016年10月10日月曜日

サイエンスを専攻するのは経済的には愚かな選択だ

ノーベル賞を日本人が連続受賞してニュースになっている。今年のノーベル生理学医学賞受賞の大隈博士の研究成果は大変レベルの高い素晴らしいものだった。autoが自分の意味で、phagyは食べるという意味であることを、日本人全てが知ったのも素晴らしい。賞金の一億円弱は、低金利時代を反映して昔に比べれば低くなったが、それでも我々には夢のような話しだ。

ところで、サイエンスの世界で日本のトップの20人くらいのノーベル賞受賞者の経済的待遇の平均は、おそらく凡庸な霞ヶ関の次官経験者より低いだろう。(ただし、米国人になった中村氏が日本人のままなら話しは別かもしれない。)

況してや、産業界のトップ20人をとれば三桁ほと違うだろう。ソフトバンクを首になったニケシュアローラは二年間で200億円以上の給与をもらっていたのだから。その首を切った親分は配当だけでも毎年その程度の収入がある。また、昔河原乞食と言われていた芸能界を取っても、トップ20人の待遇は一桁以上上だろう。

昨日のそこまで言って委員会でレギュラー出演している落語家が、「最近税務署が自分のもとにも盛んに財産調査に来ていて、何やら増税の予感がする」と言っていた。その落語家もサイエンスのトップ20人よりも経済的に恵まれているだろう。

好きなことをやっているのだから、待遇が低くても満足している筈だという意見や発言が聴こえてくるようだが、それは本音ではない。ノーベル賞を貰えば、だれでもそう言うだろう。

受験生諸君。理系は卒業後に産業界への転身や文系に鞍替えするつもりで行くのなら良い。しかし、真面目にサイエンスの研究をやろうと思うのなら貧困を覚悟の上なら兎も角、そうでないのならやめた方がよい。霞ヶ関でも文官は、技官(理系国家公務員)を小使いさんの様な目で見るのだ。

2016年10月8日土曜日

電通社員の自殺は労災か?

1)今朝の読売新聞によると、昨年12月に株式会社「電通」の新入社員が自殺した件に対して、労働基準監督署は今年9月30日に労災の認定をした。労基署は、直前1カ月の時間外労働が約105時間に達しており、長時間労働で精神障害(うつ病)を発症し自殺したと認定した。うつ病発症の根拠であるが、昨年11月頃に友人へ送ったメイルの内容などから推定したと書かれている。

労働災害は、例えばタクシードライバーが交通事故を引き起こした場合とか、架線工事中に誤って鉄塔などから落下したとか、低いが一定の確率で生じる労働中の事故や災害の補償のための制度だと思う。上司に暴力があったとか、過重な労働を強いられたというような場合は、労基法など別の制度で対応すべきではないのか。

このニュースを読んだ時、新入社員が単に電通という会社の業務に不適応だっただけではないだろうかという疑問が生じた。上司の言葉にその方のパーフォーマンスが高くないことへの言及というか非難が含まれており、残業時間が延びた理由のようだからである。人には向き不向きがあるので、もし自分に向いていない仕事なら、退職して職場を代わるのが普通ではないのか。最高学府を出たその人には、広い選択の自由があった筈である。

自殺の多くは、今後の人生における大きな不安や不満を抱えて、鬱状態から発作的に実行されると想像する。残業(過労)の問題、職場での人間関係の問題などが引き金になるかもしれないが、それが主原因になり得ないと思う。おそらく、この方の描いた自分の将来計画と自分の適正との不一致が大きかったのではないかと想像する。それなら、厚労省の基準にある個体側要因が本質的な原因であり、労災にはならないと思う。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html

2)このようなケースで労働災害を認めることは、自由社会における適材適所の機能を否定することになる。(補足1)自分で夢を持つのは自由である。しかし、自分の能力や適性を考えて、自分の進むべき道を選ぶのが社会で生きて行く上での基本である。それは、場合によってはその職場の上司に対する反論や“戦い”を通して気づく場合もあるかもしれない。

つまり、上司による叱責なら反論か甘受のどちらかだろう。甘受できない不条理と思う叱責なら、受けた側も反論や反撃をすべきだし、それが出来ず最早耐えられないと判断すれば退職するしかない。一年の浪人だと思えば、そんなにハンディーを背負うことにならない筈だ。(遺族は、パワーハラースメントを受けていたと主張したそうである。補足2)

もちろん言うのは簡単だが、実際には労働の流動性が低く、自己抑制的な振る舞いを善とするこの国では、かなり困難なのかもしれない。しかし、戦わずして自分から命を断つ人にあまりに同情的になるのは好ましくないと思う。兎に角、社会に出れば自律した個人としての行動をとるべきであるし、そのように振る舞えるような人間を育てるべく教育すべきである。原因と結果の関係を曖昧にして、あたかも天災のごとくに処理するのは日本文化的であるが改めるべきであると考える。

補足:
1)退職と就職において自由な選択をとることが、適材適所を実現する。通常、嫌な仕事は適さない仕事である場合がほとんどで、就職の段階で適材適所の人材配分が機能する。しかし、社会での評判やマスコミなどで流れる情報は、好きな仕事と”自分が就くべき(と思い込む)仕事”にズレを生じさせる場合も多い。このような状況は、学業成績に優れた人に多く出現する。例えば、医師が優れた仕事という社会での通説により、多くの優れた才能が向かない医師の仕事に就くことで浪費されていないか心配である。
2)新聞が論理的な文章を書くメディアなら、パワハラという曖昧な言葉は定義なしで使うべきではない。違法行為(暴力)なのか合法行為(助言)なのか、どちらかに割り振るべきである。結論として出された労災認定というのは公的な行為であり、それには灰色領域はない。

2016年10月7日金曜日

日本語の話し言葉は情報伝達に向いていない

1)小説「永遠のゼロ」にも記述されている様に、旧日本軍は兵士を消耗品の様に使ってしまい、戦争終盤では極めて悲惨な負け方となった。例えば海軍航空隊では、大事な熟練パイロットをほとんど失っており、ソロモン海での戦い(1942年)以降、訓練が十分できていない兵(補足1)を現場に送ったという。この様なことが何故日本軍で起こったのか?

その原因は、戦争をマクロに見る最高幹部からミクロにみる現場将校までの命令系統の間での相互の情報交換が上手く出来なかったことだと思う。言葉が一方的に上から下に流れるだけでは、兵士の状態や環境に変化があっても、うまく対応できない。最高幹部は現場を知らないという批判があるが、それは現場から事実がリアルタイムで伝達されなかったのが重要な原因の一つだろう。

下から上には、上が期待する通りの情報ならスムースに進むが、期待を裏切る情報は上手く伝達出来ず、時として粉飾して伝達される。それでは、上層部が把握している筈の広い視野から現場の状況を改善することは出来ない。つまり失敗から学ぶことが出来ないので、同じ失敗を繰り返すことになる。

日本には「沈黙は金」という諺がある。また、人の仕事などに対する姿勢として、黙って努力することに最高の価値が置かれる。それが、職人的な仕事には高いレベルを維持できたが、相互の情報伝達が必須の組織的な仕事では、強い団結力の割には成果がでない理由だろう。

2)その原因は、日本の話し言葉は①情報を伝えるためだけではなく、②人間関係の再確認の証を常に付け足して使われることにあると思う。そして、その人間関係は、その人の業績以上にその後の人生を決定することになるのである。

英語での二人称代名詞youは情報(話)の受け取り手の意味であるが、日本語になると、②の意味をつけ加えるために、あなた、あなた様、貴殿、おまえ、きみ、など多様である。もちろん、英語圏でもそのような用法はあるだろうが、日本語で特に顕著である。

言葉だけなら問題は小さいが、その人間関係の再確認の重要性に対する過剰な意識は、話の内容に影響する。それが大きな問題となる。つまり、上下で或いは上を挟んだ三者で、精密な情報交換により問題の共有がなされないのである。

日本軍の例を出すと、あの対米戦争の開始に対して海軍は反対意見が多数だった。山本五十六が言ったように、半年くらいなら戦いになるが、それ以上は負ける方向に進むことがわかっていたからである。それにも拘らず、そして米国での野村大使らの努力で戦争を避ける方法もあったにも拘らず開戦となったのは、陸軍と海軍の間で対米戦争という問題が共有されていなかったからである。(補足2)それは恐らく、天皇という一段上の人にたいする関係を陸軍が過剰に意識して、天皇の判断を誤らせる情報を伝えたからだろう。

そのような言語環境にあるため、人事はもっぱら人間関係や出自によって行われ、能力は大きな要素ではない。

最近話題になった一つの例を挙げる。週刊誌で、「学者としては全く実績のないM女史が何故、ある大学の学部長になり、有識者代表として日本国の重要問題である天皇の退位に関する会議に参加するのか?」と報道された。その関連記事のサイトを下に示す。 http://www.excite.co.jp/News/society_g/20160929/Litera_2592.html

学歴詐称についての疑いは晴れた様だが、学者としての実績については全く評価に変化はないようだ。天皇陛下の退位を議論するレベルの学者でないが、人脈の凄さだけは確かなようである。日本とはそのような国なのである。

==以上は素人の見解です。===

補足:
1)「空母から離艦はできるが、着艦は出来ないレベルの兵を戦争に送った」という記述が上記小説にあった。
2)米国のルーズベルト大統領が戦争をしたかったというのは事実だろう。それを抑えることが出来なかったという意味で会うr。

2016年10月5日水曜日

トランプ氏の節税は合法であり、それ自体は非難の対象にならない:今朝の読売編集手帳のインチキについて

今朝の読売新聞の編集手帳は、米国大統領候補ドナルド・トランプ氏が税金を長期に亘って逃れていた事実を批判するために、西武の創業者堤康次郎が死後相続税のかからないように工作していた事実を書いている。しかし、それは誤解を招く内容である。

トランプ氏の場合は巨額の損失を出したので、次年度以降にその持ち越しにより所得税免除を受けていただけである。これは合法的であるが後ろ指さされることであると、この編集手帳の主は言いたいらしい。その話の筋を通すために上記堤康次郎氏のケースを引き合いに出したのである。しかし後者の場合、私は違法行為が含まれると思う。つまりこのコラムは、堤康次郎の違法で卑怯な行為の黒いイメージをトランプ氏の行為にかぶせようとした悪質な内容だと思うのである。

具体的には、堤康次郎氏は持ち株を他人名義にするなどして、相続税の納税額がゼロになるよう生前に対策を済ませていたという。その話を息子の堤清二氏が康次郎氏と親交のあった池田勇人首相に話した時、池田首相は「清二君、それは無理だよ」と言下に叱責されたというのである。

この編集手帳の主は、叱責の意味を理解しながら、読者を騙してトランプ氏の評判を日本においても下げようとしている。池田首相は、「違法だ」という意味で「無理だよ」と言った筈である。なぜなら、株を他人名義にするのは贈与であるから、贈与税の申告と納税がなければならない。それは通常相続税より高くつくので、堤康次郎氏は明らかに政界での高い地位に隠れて、違法行為を働いた筈である。

それを知ったなら、池田勇人総理は追徴課税を税務当局に指示しなければならない。それを怠ったのは、堤康次郎氏が同じ自民党の大物議員(衆議院議長もつとめた)だったからであり、清二氏はその息子で池田首相と懇意にしていたからだろう。その事実が広く知れた場合、そのままに放置すれば首相という自分の地位も危うくなるから、池田首相は叱責したのだろう。その話は清二氏が読売新聞に連載した回顧録に記載されているという。そして、「いくら理屈の辻褄があっていても、非常識はいかん」と池田首相が言ったというが、そんな回顧録を書くだろうか。(補足1) 世の中に非常識だが合法だと言い切れることは、税金に関しては非常に少ないと思う。

一方、トランプ氏の場合は損金の次年度以降への持ち越しであり、報道された範囲では完全に合法であり、道義的責任も全くない。(補足2)大統領候補としてマイナスになるのは事実だろうが、だれでもどこの会社でも利用している筈である。以上、編集手帳の主が堤康次郎氏の件で事実を書いていると仮定して批判した。

新聞はインチキが多い上に、肝心なことをほとんど書かない。読売新聞などは、政治ニュースにおいては完全に米国とその下の日本政府の御用新聞状態である。一般に、日本のマスコミの発表するものは、独自取材などの努力がたりないのか、非常に内容が貧弱である。

補足:
1)堤康次郎氏の遺産は現在の貨幣価値では、おそらく数百億というレベルだろう。それを少しづつ非課税の範囲で贈与して、その額に積み上げるのは不可能である。もし、贈与税を支払って贈与をし、その結果相続財産がなかったのなら、「無理だよ」とか「辻褄があっていても、非常識はいかん」などの発言は出ない筈である。
2)年ごとの収入がプラスになったりマイナスになったりする事業の場合、プラスの時だけ普通の税率で課税したのでは、収入が安定してプラスである事業との間で不公平が生じる。そのため、例えば株取引のような場合には、損金は一定期間内で翌年の利益にたいする控除に使える。このような控除にいちゃもんをつけるのは、おかしい。単に、揚げ足取りにクリントンがやっているだけであり、それに同調して従来のレジームで利益を得てきた層の一員であるマスコミが、反トランプのプロパガンダに利用しているだけだと思う。ただし、新たに不法行為が出れば別である。

2016年10月4日火曜日

民進党の前原が安倍総理への質問で、ロシアとの平和条約交渉に絡んで、「米国との関係が第一でありそれを考慮しなければならない」と言った。つまり、いつまでも米国追従を続けるべきという意見である。私は、偽メイル以来この人を無能政治家の典型と考えてきた。大学時代、高坂正堯氏にお前は学者は無理だと言われたそうだから、元々頭脳のレベルは高くない。

現在世界情勢は流動的で、日本は米国だけに頼っていては未来はない。ブレジンスキーやキッシンジャーは、日本を切り捨てるためのチェスのコマと考えてきたはずだ。ロシアは油断ならないが、日露は対中国政策では日米以上に利害が一致すると思う。日本は、米国を同盟国とするものの、いつでも日本から米軍が撤退する可能性を考えて、独り立ちをする道を考えなければならない。

米国は戦後一貫して(そして特に最近)、日本の米国追従は五月蝿いが、独り立ちをさせるのも鬱陶しいと考えていると思う。米国は昨日だったか、米露の対ISIS協調を潰した(補足1)。その一つの目的は、対ロシア関係を悪化させて日本に日露関係改善の邪魔をすることだと思う。米国ほど、戦略的に広く動く国はない。

米国はどちらが大統領になっても、日本防衛費という名目で大金を召し上げる計画を練っているはず。安倍総理の、戦後レジームからの脱却というのは、まさに米国離れを実現する計画である。前原はおそらく米国からの指示で、それを邪魔する役を仰せつかっているのだろう。米国にとっても、前原のような無能な政治家は使いやすい。政治に目覚めた人間は、ブレジンスキーが言うように、コントロールするより殺す方がよいだろう。https://www.youtube.com/watch?v=Gc9rsvBIh9U

補足: 1)田中宇氏のブログを参考に、ISISは米国が作ったという記事を書いた。また、米国はまともにISISと戦う気がないという説がある。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42538885.html

今年のノーベル医学・生理学賞について

今年も日本人がノーベル医学・生理学賞を受賞したことに最初びっくりし、その重要な研究内容を知って再びびっくりした。大隅良典氏が細胞による自食作用に関する研究で受賞することになったのである。

それまで自食作用は漠と知られていたようだが、その存在証明を大隅氏が行ったという。具体的には、細胞内で消化される部分に膜が張られ、そこに消化酵素が注入される仕組みを解明したという。

この自食作用の重要さは、「人間は一日に200gほどのタンパク質を必要とするが、食事から摂取するのはせいぜい50〜70g程度で、全く足りない。その不足分を、細胞内の不要なタンパク質を自食し再利用し補っている。」という説明は確かにわかりやすい。しかし、これは一面だけの説明に過ぎない。

この不要なタンパク質が、アルツハイマーなどの病気の原因になるとしたら、もう一面の重要性がわかる。つまり、細胞の機能維持をはかるために不要物を消化し、その結果生まれたアミノ酸などを再利用するのである。

つまり、オートファジーの重要性は、廃棄と再利用の両面から説明されるべきである。生物学の研究領域は物理学や化学と比較にならないくらい広いことが、このような重要な研究がノーベル賞受賞対象として残っていたことでもわかる。

上記は細胞内の不要部分の自食作用だが、細胞レベルでもプログラムされた死(アポトーシス)が、生体の成長や機能維持に重要である。これを延長して、個人の死は人類のアポトーシスなのかもしれないと想像する。

生体は本当によくできている。体全体の活動度を自律神経とホルモンで制御し、器官では細胞の増殖や上記アポトーシスで機能を保つ。更に、細胞内でも自食(オートファジー)で機能維持と栄養のリサイクルを行っているのだ。

蛇足だが、人間社会の機能維持もこのようなマクロとミクロのメカニズムで緻密な制御機能を持たなければ難しいだろう。

2016年10月1日土曜日

カダフィ大佐は悪だったのか?

アラブの春という怪しげな騒動は、西欧諸国の仕組んだことだという。カダフィ、ムバラクを殺害して、何が得られたのか? 私には十分説明する知識がない。 最近、あのスタンフォード・フーバー研究所の元教授を名乗る人物の組織から、メイルでこれらの謎を解くという講座への勧誘があった。3万円弱するので、参加はしないがネットでそのような情報がないか、検索してみた。

そして、以下のサイトを見つけた。
http://bossanovaday.hamazo.tv/e4223198.html カダフィ大佐は石油の利権を傀儡政権とその背後の欧米から取り返し、それを国民に還元することで高度な福祉国家を建設していたというのである。それは、欧米資本の利益に反するので、欧米の支配する国際組織を動員し、「カダフィは独裁体制を敷いて、国民を弾圧している」というデマを世界に流したというのだ。

その上でリビア国内では、反カダフィデモを組織させ、その様子は世界に報道した。一方、大々的に発生したカダフィを応援するデモは報じないで、世界を騙したという。そこに引用されている独立系の英国女性記者(https://www.youtube.com/watch?v=w4lx1fwftIQ)やロシアのプーチン大統領の話(https://www.youtube.com/watch?v=QHLrbz-t8CY)には説得力がある。恐ろしい話だ。

NATOがリビアを攻撃したとき、リビア国民の約1/3に当たる170万人が、カダフィーを支持する「緑の旗」を振りかざして反NATOデモを行ったという。そのようなことは西側の端に位置する日本には一切報道されなかった。日本では米国の犬的な評論家が、カダフィはアラブの狂犬という宣伝をするのみであった。