2017年7月20日木曜日

日本は、ウエットな労使関係を止めて、開放的な社会をめざすべき

新国立競技場の工事の関係者で過労自殺があった。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170720-00010005-bfj-soci 亡くなったのは23歳の新卒男性であり、自殺直前の1カ月で徹夜が3回もあり、夜22時以前に仕事が終わったのは5日だけだったという。若干不思議に思うのは、「何故そんな会社からさっさと退職しなかったのか?(補足1)」ということである。

以前にも広告代理店電通の東大卒新入社員が過労自殺したことが報じられた。http://ironna.jp/article/4218その際も同じ感想をもった。極端な過重労働を強いられた場合、誰でも退職すべきだと考えるのだが、それでも退職できない事情があった筈である。仕事に特別の責任感を要求する日本の道徳観が背後にあるのかもしれないが、やはり、次の職場が見つけにくいのだろう。

このような事件は日本に独特の現象だろう。恐らく労働者と雇用者或いは上司との人間関係が、非常にウエットであることと関連しているのだろう。最近の記事だが、日本では労働者と雇用者の関係は封建領主と領民の関係であり、労働と賃金の関係ではないとブログに書いた。そのウエットな、労使関係や同僚間の人間関係が有るがゆえに、就業後の飲み会などの付き合いや、仕事を離れた場面でも仕事場の上下関係がついて回る現実がある。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43274988.html

仕事場を労働と賃金というドライな関係の場(空間)にすれば、新卒の一斉採用や、中途採用や転職を目指す人間への差別待遇などが無くなる筈である。更に、年齢差別や男女差別の他、正規雇用者と臨時採用の職員との給与差別もなくなるだろう。セクハラ騒動も減少する筈である。

会社側にも、年功で高給取りになった役にたたない人間の解雇が容易になる一方、気がつけば定年という幸福なのか不幸なのか分からない情況から、労働者を追い出す(或いは解放する)だろう。(補足2)この仕事に於ける一定の厳しさは、日本を人間関係よりも仕事の能力において上昇志向を持つ労働者の社会にするだろう。

その結果、年功序列ではなくスキルを向上させることで高い給与を目指す人が増加するので、被雇用者全体の労働の質の向上に繋がる。それは、日本国全体の生産性向上をもたらす。全体的に労働者の給与は上昇する一方、会社は高い給与を避ける意味での設備投資を余儀なくされる。人不足はすぐに解消するだろう。移民や外国人労働者を入れようという風潮は消え、将来の治安の悪化は防げるだろう。 

現在、毎年剰余金を積み立てて、配当にも出さず設備投資もしない会社が多い。また、デフレ経済の一因に実質賃金の減少がある。それは労働の質が低いからであり、人脈と年功序列で出世する日本社会の伝統が関係している。

同じ会社で人間関係を駆使して出世し年取った無能な経営者を抱えて、倒産の危機にある会社は多いだろう。東芝やすでに倒産したシャープ、身売りののちに外人社長で業績を回復した日産自動車など、一流の企業にもその日本独特の遺伝子病であるが多い。日本の労働市場の改善は緊急の課題であることは明白である。

この病気が重病且つ万年流行しているのが、霞ヶ関や永田町だろう。各省庁の上級公務員は、くだらない公務員試験を受けて採用される。その狭いなかから、次官レースが始まるのである。どう考えても優秀な事務次官が生まれるとは思えない。その官僚たちの中から、戦後の与党政治家が供給されてきた。日本のなさけない現在の姿は、東芝やシャープの姿と同じ遺伝子病患者の姿である。

この理屈が分からない人が、この国に多い。古い労使関係を日本の守るべき伝統と勘違いしている向きが多いのは非常に残念である。オープンな社会の実現は、この労使関係の改革が第一歩だろう。過労自殺の解説記事の殆どは、一方的に会社を攻めるものであり、解析のレベルが全ての報道機関で極めて低い。

以前にも似た事件を異る角度から議論をしたことがある。内容は書いた本人も忘れてしまっているので、引用だけしておきます。
https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43009756.html
https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43005301.html

補足:
1)最初、退社ということばを使ったのだが、退社は普通夕方仕事を終わって家に帰る事を言うので、退職に代えた。会社が労働者を”クビ”にする場合には解雇という言葉があるが、労働者が会社を”クビ”にする場合、退職以外に言葉がない。違う会社で同じ職に着くという言葉が、日本語の中にはないのだ。
2)筆者は、一般会社の厳しい労働環境を知らない。一方的な見方である可能性もある。従って、批判や議論等特に歓迎します。
=== 編集あり(7月21日午前6時)====

「誰が第二次世界大戦を起こしたのか:フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く」を読んだ

1)第31代アメリカ大統領ハーバート・フーバー(Herbert Hoover;任期1929~1933)の大著“裏切られた自由”を翻訳した渡辺惣樹氏が、主に同書から引用して日本人向けに紹介したのが表題の本である。この本の内容にそって、第二次大戦の原因について考えてみた。

現在の第二次大戦の歴史解釈は、ウインストン・チャーチルやフランクリン・ルーズベルトらの政治を絶対善として解釈したものであり、フーバーは真実とは程遠いと指摘する。この本の中ではその現在標準的に受け入れられている歴史観を釈明歴史観という名称で呼んでいる。一方、フーバーが調査研究し、“裏切られた自由”の中に書いた歴史を、修正主義歴史観と呼んだ。

この本の中で一貫しているのは、つまり、フーバーの“裏切られた自由”の中で一貫していると思われるのは、フランクリン・ルーズベルトは、周囲の意見を聞かずに独断専行的に動いたこと、更に、ソ連を挟む仮想敵国のドイツと日本(それにイタリア)に対して非常に厳しい見方をとっていたことである。

それを示したのが1937年10月5日にシカゴで行った、日独伊を国際社会から隔離すべきだという内容の演説である。(「隔離演説」と呼ばれる)シカゴ市政100年記念式典という全く関係のない場所で、今後国際社会で敵対すべき国々を上げて批判している。ここでソ連に全く言及がないのは、ルーズベルトは隠れ共産主義者だからである。或いは、共産党の世界革命を至上命題と考える一派の、雇われ者かもしれない。(補足1)

第一次大戦の教訓として、米国の第28代大統領のウィッドロー・ウィルソン大統領が出した14条の平和原則の提案とそれによる国際連盟の設立が挙げられる(補足2)。西欧諸国が多大の犠牲を払って得た、平和原則を紙屑同然に扱ったのは、第二次大戦時の米国大統領フランクリン・ルーズベルトと英国のチャーチル、そしてソ連のスターリンである。その事実はまた、一般市民特に兵士など実際に戦争に参加する人たちの命の重みなど、彼らの心の中には全く無かったということである。(補足3)

ウイルソンの14条の平和原則の最初の条文は、「秘密外交の廃止と、外交における公開原則」であるが、これら世界のリーダー達のエゴと秘密外交が、第二次大戦を防止でき無かっただけではなく、人類が経験したこともない程の巨大な戦争にまで大きくした原因だったと思われる。

2)第一次大戦とその後のベルサイユ条約で課された重い制裁により、疲弊したドイツ国家を、国家社会主義という独裁体制を採用して急速に立て直したのがヒトラーである。議会を無視する体制ではあるが、その成果から国民の高い評価を得た。世界大恐慌(1929年)の時でも、成長が止まることが無かった。

ヒットラーが最初にベルサイユ体制へ挑戦したのはオーストリアとチェコスロバキアのズデーテンランドの併合だった。オーストリアの併合では、ヒトラーの優れた経済政策もあり、住民にも歓迎された。(81頁の写真参照)また、ズデーテン地方の併合は恫喝外交的だったが、仲介者である英国チェンバレン首相との会談(ミュンヘン会談)などで同意を得、その後チェコスロバキア(第二共和国)のハーハ大統領との条約によって合法的に進められた。(86頁)

ヒトラーが次に目標にしたのは第一次世界大戦で奪われたダンツィヒ(グダニスク)とソ連侵攻へのルートであるポーランド回廊と呼ばれる部分であった。ダンツィヒまでの奪回は、チェンバレン内閣のハリファックス卿も認めていた。しかし、ポーランド回廊と呼ばれる部分の交渉で、思わぬ事態になった。それは、チェンバレン首相がポーランドの独立を保証したからである。気を強くしたポーランドはドイツとの二国間交渉を決裂させた。そしてヒトラーはポーランドに侵攻し、第二次大戦が始まったのである。

このチェンバレンの愚策の背景に、ルーズベルトの対ドイツ戦略への秘密の約束があったのではないかとフーバーは考えた。その後、当時の米国駐英大使のジョセフ・P・ケネディはフーバーに彼の考えの通りであると打ち明けた。フーバーはその事実を、当時の海軍次官であるジェイムズ・フォレスタルの日記で補強した。(補足4)

ヒトラーは東のソ連と対決する姿勢であったことは誰の目にも明らかであり、そこでその通路にあるポーランドとの交渉において、ポーランドに現実的判断が出来ず戦争となった場合、チェンバレンのポーランドの独立保障宣言は英国を戦争に巻き込むことになる。また、当時の英国やフランスの軍事力は明らかにドイツのそれに劣っていたというのなら、その背後に何かあると考えるのは当たり前である。それがジョセフ・P・ケネディの証言した事実の情況証拠でもある。

一方、ルーズベルトの工作の背景にあったのが米国経済の低迷である。経済政策の失敗の責任を問われたくないフランクリン・ルーズベルトは、第一次大戦で米国が軍需産業の潤いで経済が大きく成長した記憶があったので、チェンバレンの背中を押したのだろうとフーバーは解釈している。正史において、ニューディール政策が成功して米国経済が復活したという風に書かれているが、客観的データがニューディール政策は完全に失敗だったことを示している。(107頁)

以上が表題の本の内容の前半部分を元に、第二次大戦の原因をまとめてみた文章である。私は素人なので、非常に勉強になった。次回は後半部分、日米戦争に関するルーズベルトの策略に関する記述をまとめるつもりである。

3) 尚、全体的な印象を一言追加する。それは、戦争が政治(外交)の延長上にあるという認識(クラウゼビッツの戦争論など)は、現在正しい認識ではないということである。つまり、第一次大戦とその後のベルサイユ条約が、敗戦国ドイツに異常に厳しかったことや、第二次大戦での「無条件降伏」というフランクリン・ルーズベルトの野蛮な提案は、国家と国家の関係を完全に野生の原理に貶めたと思う。

それが、日本の自殺攻撃(真珠湾攻撃)を生み、そして現在の北朝鮮の瀬戸際外交の根拠をつくったのではないだろうか。つまり、戦争は外交の延長ではなく、民族と民族の殺し合いだということになる。「外交の延長としての戦争」という戦争の文化はもはや人類は持たない。ルトワックの「戦争にもチャンスを」の最初の命題「戦争が平和に繋がり、平和が戦争に繋がる」は第二次大戦後はあやまりではないのか。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43331789.html

補足:
1)ソビエト成立後4人の米国大統領はソ連を承認しなかった。しかし、ルーズベルトは就任後直ちにソ連を承認した。また、ルーズベルトの近くに何時も控えていた補佐官アルジャー・ヒスは共産主義者であった。政府内部への浸透は酷く、1949年には政府職員の内3,000人が共産党員であった。内2000名が解雇された。機密保持計画のもと、1953年から2年間に政府職員20000名余が解雇された。(赤狩り或いはマッカーシズム参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E7%8B%A9%E3%82%8A )
世界での共産主義革命を目指す動きは、現在のグローバリストとその根の部分で共通するという意見もある。
2)第二次大戦の原因の主なるものとして、第一次大戦でのドイツに対する非常に厳しい制裁を含む体制(ベルサイユ体制)がある。この本ではベルサイユ条約の不正義と書いている。(76頁)これに、フランクリン・ルーズベルトは全く関心を示さず、第一次大戦で得た筈の教訓を持っていなかった。
3)この人命軽視の考え方は、砂漠で生まれた一神教の文化の中で生きた人間に固有だと思う。その中でも特に、そして温かい社会環境から遠ざかった人たち、更にその宗教すら幻に過ぎないと気付いた知性ある者は、恐ろしいほどに冷酷なのだろう。
4)この重要な日記を確認したければ、“裏切られた自由”という本を買うしかない。「歴史は細部に宿る」とは正にこのようなことだろう。
(語句等内容以外の編集あり:7/21/12:00)

2017年7月16日日曜日

プロパガンダとしての慰安婦問題

1)昨日翻訳したブログ記事についての感想を書く。資料など一部は朴裕河氏のものを利用していると思われるが、内容は基本的な点を含めて朴裕河氏の意見とは違う。朴裕河氏の考えと「帝国の慰安婦」の内容は、大分前になるが本をざっと読んだ時の記憶と日本記者クラブでの朴裕河さんの話で新たに大凡の理解をした。 https://www.youtube.com/watch?v=llipwYlkbIY

朴裕河氏の本では、挺身隊と慰安婦の違いを正しく指摘し、日本軍による組織としての拉致などが無かったことなどを客観的に記述している。しかし、慰安所経営&運営する業者と軍とは緊密な関係であったと記述している。さらに、慰安婦が単なる売春婦ではなく、兵士の疑似家族的な役割すら果たしたと書かれている。つまり、兵士と伴に戦う存在であった様である。

朴氏は「帝国の慰安婦」の序文で、現在の認識として「支援者たちが要求してきた日本の法的責任や国家賠償とは異なりますが、植民地支配にかんしての謝罪の気持ちがあるとすれば、それを慰安婦問題に込めて、日本が主体的に示してほしいとする考えです」(11頁)と書いている。つまり、朴氏は慰安婦の支援者筆頭の挺対協の姿勢とは一線を画している。朴氏の考えを過激に言い換えれば、挺対協は慰安婦問題を乗っ取ったと言える。以下に挺対協と慰安婦問題について前・在韓国特命全権大使の武藤正敏氏が分析したサイトを紹介する。http://ironna.jp/article/2582

昨日のブログ記事には、挺対協の主要メンバーが何人も北朝鮮スパイとして逮捕されているという記述があり、従って、北朝鮮のオルグ機関とみなせると思う。現在の韓国の情況を見れば、挺対協は慰安婦問題だけでなく韓国そのものを乗っ取る尖兵となったと解釈できる。

そして、その運動の目的は韓国と日本の間に楔を打ち込むことであり、それに慰安婦問題を大きく育てて用いたと書かれている。この指摘の少なくとも出発点は、朴氏の理解と共通であると思う。

2)朴氏の慰安婦問題に対する考えは、日本による朝鮮の植民地支配の一環として朝鮮人慰安婦は理解されるべきというものだろう。韓国の反日活動家たちが、その考えに基いて問題を世界に主張し日本を貶すことは非常に困難である。何故なら、当時は帝国主義の時代であり、時代を遡って植民地支配を(現在の政治活動の中で)批判することは、歴史修正主義者のすることだからである。

そこで、インドネシアやフィリピンで日本軍下級兵士が、そこに住む女性を強制連行して慰安所に連れ込んだ犯罪を、朝鮮人慰安婦全体に一般化する虚偽の話に作り、慰安婦の日本軍による強制連行説として世界中に宣伝したのである。

つまり、韓国人の不満の原点に朴氏の指摘する植民地支配があり、それに挺対協などの反日過激派組織と(慰安婦問題において挺対協に殆ど乗っ取られた)韓国政府が、虚偽の慰安婦物語を作り反日感情を大きく育て上げたのが、韓国に存在する慰安婦問題だと思う。しかし、核芯に植民地支配への民族的怨念がある限り、その問題は日本が韓国に植民地支配されない限り解消しない。

従って、韓国がその怨念を晴らすべく日本を対象として取る行動は、本心と建前に大きなズレがある。つまり表向きには、20世紀終わり頃から国際的に高まったフェミニズムや人権の考えを利用して、慰安婦問題を国際的にして日本を侮辱する方法である。つまり、本心には植民地支配にたいする怨念が不滅の核として存在するので、大きな反日を女性の人権という薄い衣(幻の衣)を付けて揚げたのが、あの少女像である。

従って、日本側からの史実と法的根拠を論理に基づいて説明する類のアプローチでは、門題は解決する筈がない。一言で言えば、朴氏の指摘した慰安婦問題は、日本が持てる手段を使い切った以上、今後は韓国自身が克服すべき問題だろう。朴槿恵大統領の様に、今後の多分全ての大統領が、「日本と韓国の加害者と被害者という歴史的立場は、1000年の歴史が流れても変わることはない」と言うだろうが、これは外交というよりも日本への宣戦布告というべき言葉である。韓国の遺伝病のとばっちりを、日本が受ける類の戦争である。

3)その観点に立ち、慰安婦問題を理路整然と整理したのが、昨日のブログ記事だろう。非常に分かり易く論理明快である。慰安婦問題を創造したのは、北朝鮮系の反日活動家とその中心にある挺対協であり、それをオルグしたのは北朝鮮など日韓の間に楔を打ち込みたい国の政治組織だという話である。

説得力があるのは、ストーリーに対応する資料がしっかりと揃っているからである。一方、慰安婦問題を作った人たちが虚偽の慰安婦問題の立証に用いたのは、朝日新聞の全くの捏造記事や、必ずしも信頼性の高くない慰安婦の方々の証言だけであった。

つまり、日本軍による組織としての強制や、一般的に虐待と看做される性サービスを強要されたということは、挺対協の用意する元慰安婦の方々の証言以外の証拠は無い。(一般的ではなく)特別な例として、虐待に近いケースは在っただろうが、それは個別補償の対象となっても慰安婦(全体の)問題とはならない。

慰安婦制度の中で犯罪的なケースがあれば、その個別補償は日韓基本条約締結時に日本政府も考えただろう。それを韓国は拒否して一括としての経済協力金という名称の補償金を手にした。従って、韓国がこの件で日本攻撃が出来るのは、改めて確認した慰安婦制度の一般的違法性でなくてはならないのである。

ただ、日本人は汚い言葉で、慰安婦の方々や正当に主張する代理人の言葉を罵るのは止めるべきである。朝鮮は嘗て日本の一部であり、未だ存命中で日本と朝鮮の過去の関係を知る人々を窮地に陥れるからである。(補足1)また、朝鮮人慰安婦の方々も元兵士の方々も日本国の一員として伴に戦ったことを忘れてはならないと思う。その意味でアジア女性基金は、一定の役割を持ったと思う。

また、韓国の方々は近代史を勉強し直し、李氏朝鮮の末期の停滞した国家の姿を知り(補足2)、そこからの近代化の一環の中で、(腹立たしいことでもあるだろうが)日本への併合時代が果たした一定の役割を学べば、「千年の恨み」などという後ろ向きの姿勢は消えるだろうと思う。しかし、朴裕河氏の慰安婦への考え方には、植民地時代への強い拘りがある。失礼だが、例えば、両班と下層民という身分制度の下で、李氏朝鮮時代の社会の暗い雰囲気と荒んだ人々の心に対する十分な理解がなされていないのではと思う。(私もあまり知らないので、このような台詞を言う資格があるとは思えないのだが、敢えて言う。)

補足:
1)韓国で、95歳の韓国人男性が日本統治時代を「肯定」する発言をしたところ、居合わせた男の怒りを買い、殴られて死亡するという事件が起こった。「愛国心ゆえ」の犯行だと男は供述、韓国ネットユーザーなどからも擁護の声が上がる。https://www.j-cast.com/2013/09/13183859.html?p=all この事件で犯人を擁護する意見がでるところが、韓国の病気を証明している。同様に、併合時代の韓国を評価する意見は、その時代を知る層に多い様である。http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/i-am-91-years-old-and-i-want-to-tell.html

2)中学校か高校の歴史教科書にでている漫画である。韓国の方は何故、一方的に日本を敵対視するのか、もう一度考えてもらいたい。

2017年7月15日土曜日

朴裕河教授の「帝国の慰安婦」を紹介するブログ記事の日本語訳(全)

(帝国の慰安婦)の著者である韓国Sejong大学の朴裕河氏のブログと思われる記事(2016年4月)が掲載されているサイトを見つけた。英語で書かれていること、そして著作権の留保の意思が特別に表明されていないので、ここに和訳をして掲載する。なお、Korea及びKoreanの訳は全て朝鮮及び朝鮮人、South Koreaの訳は韓国とします。感想及びコメントは、翻訳が終わった後に記載します。表題を朴裕河さんのブログとしましたが、それは元の記事が「"Comfort Women of the Empire" by Professor Park Yuha」だからです。朴裕河さんの本の内容よりは相当日本の保守系の意見に近いと思います。ブログの主のハンドルネームはKorean institute of historyです。)以後()内に理解を助けるための訳者の注釈文が入る場合があります。

http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/summary-of-professor-park-yuhas-book.html

ーーーーーーーーーーーーーーーーー "Comfort Women of the Empire" by Professor Park Yuha "Comfort Women of the Empire" (帝国の慰安婦)は韓国Sejong大学の朴裕河教授 によって書かれた。どうかこの本のニューヨークタイムズの書評を合わせてお読みください.: http://goo.gl/tKcbxg (前書き)日本留学の終わり近くの1991年に、私は初めて慰安婦問題を知った。当時ボランティアとして、私はNHKの依頼で韓国の元慰安婦の証言を翻訳していた。私が韓国に帰国したとき、韓国のナショナリズムは制御不能な状態でした。そして、韓国共産主義者により、反日活動家グループ「軍事性奴隷制として徴用された女性のための韓国委員会」(挺対協)が結成された。その指導者は、公然と、今後200年間日本を卑しめることに決めたと述べた。

そのプロパガンダは私のこの問題への関心を失わせ、何年もこの問題から離れることになった。2000年代初頭、挺対協が生き残った元慰安婦女性をナヌムの家という養護施設に閉じ込めていると聞き、私は再びこの問題に関心を持ち出した。これらの女性が外部と話すことが許された唯一の時期は、挺対協が国連特別審査官または米国の政治家への彼女らの証言を必要としたときだった。

しかしある理由で、私は2003年のある日、彼女らと話すことが許可された。私は、彼女らがこの場所に閉じ込められいることが、幸せではないと感じることが出来た。女性の一人(ペ・チョンヒ;Bae Chun-hee)は、彼女が日本の兵士とのロマンスの思い出を語ってくれた。そして、彼女は彼女を売った父親が憎いと言った。

彼女はまた、そこにいる女性たちが、挺対協が虚偽の証言をするように指導することを評価できるとは思えなかったが、挺対協の命令に従わなければならないと言った。1995年に日本がアジア女性基金を通じて補償金の支払いを申し入れた時、61人の元韓国の慰安婦が挺対協の命令に反して補償を受けた。

その結果、彼女ら61人は裏切り者として罵倒された。彼女らは売春婦として、彼女らの名前と住所とともに新聞に掲載され、残りの人生を不名誉の烙印を押されて暮らさなければならなかった。そのため、残りの女性たちは挺対協を恐れ、再び彼らの意思をあえて無視するつもりはない。

挺対協(何人かは北朝鮮のスパイとして逮捕された)は、慰安婦問題を日米韓の安全保障関係に楔を打ち込むために、政治利用してきたのである。 §慰安所

戦争時時として兵士たちは罪のない女性を強姦する。このようなことの無いように、日本軍は1930年代初期の満州において既存の売春宿を慰安所として用いた。その方針が中国本土や東南アジアに広がるに伴い、より多くの慰安所が必要になった。

そこで売春を事業とする男たちは、増加する需要に対応するために女性を募集し、慰安所を運営した。日本の業者は日本で女性を募集した。彼らは日本女性を雇い慰安所を所有し運営した。同様に、朝鮮の業者は朝鮮で女性を募集雇用して、慰安所を所有運営した。(注釈3,4参照)

§二つのタイプの慰安婦

慰安婦にも二通りあった。一つは日本及び朝鮮の婦人(両方共日本国市民)で全体の95%以上を占めており、慰安所経営者らにより募集された人たちであり、日本軍により強制されたわけではない。もう一つのタイプは、戦場で日本兵により強制的に慰安婦とされた婦人たち(例えばインドネシアでのオランダ人女性、フィリピンでのフィリピン女性など)であり、5%に満たない。これらに関与した日本兵士は、裁判(軍事裁判及び東京裁判:訳者注)により裁かれ何人かの兵士はその罪により処刑された。

これら二つのタイプ慰安婦は峻別されるべきだった。しかし、慰安婦が問題化した1990年代初頭には、両者は混同され、そのことが大きな混乱を引き起こした。

§朝鮮人女性らが日本軍により強制的に慰安婦にされたという作話

1990年代の始めに慰安婦であったと主張した婦人たちは戦争中に挺身隊に属していた。挺身隊は日本軍により徴用された婦人たちであり、軍需工場で軍用装置や軍用服などの製造に従事した。彼女は徴用されたので、慰安婦も同様に徴用されただろうと考えた。彼女がその話を作ったというよりも、無知による勘違いであった。

朝鮮人慰安婦たちの殆どは、彼女らの父親により朝鮮人慰安所運営者に売られた。いくらかの朝鮮人婦人たちは、慰安所運営者のエージェントらに騙された。そしてその他の朝鮮人元慰安婦は世界最古の職業を生業とする人たちであり、良い稼ぎを求めて自ら応募した。

§20万人に上る慰安婦がいたという作り話

20万人という数字は、徴用工として工場で働かされた人の数である。この内、15 万人は日本人、5万人は朝鮮人であった。西欧諸国一般に広まった「20万人の慰安婦がいた」という誤解は、朝日新聞が慰安婦と工場での徴用工である挺身隊とを取り違え、1991年8月11日の記事にそのように書いたのが始まりである。慰安婦の人数として見積もられた数は、5000人から20000人であり、見積もった歴史家により異る。

§日本兵と朝鮮人慰安婦との関係

朝鮮人慰安婦の典型的な稼ぎはひと月あたり750円にチップを加えた額であった。因みに朝鮮で当時家1軒の建築費は1000円であった。寛大に呉れるチップを目的にパーティーで歌ったりする人もいた。女性たちは兵や司令官らと一緒に、スポーツの催し、ピクニック、社交ディナーなどに参加した。町へのショッピングも許されていた。朝鮮人慰安婦と日本兵とのロマンスは普通のことであり、結婚の申し込みも多くあり、実際に結婚に至ったケースもあった。

§1965年の日本—韓国間条約(日韓基本条約と日韓請求権並びに経済協力協定)

日韓基本条約の交渉中、日本政府は被害者補償の確認をしたいので、韓国政府に個人補償の特定と基本条約からの分離を要求したが、韓国政府はそれを断り、完全な補償として8億ドル(現在の100億ドル以上)を市民に代わって受け取り、全てをインフラ整備に使った。従って、韓国政府が追加の補償を日本に要求し続ける根拠はない。(注:韓国被害者らは最近韓国政府を800万ドルは彼らのためであると訴訟をおこなった。)

§1993年発表の河野談話     

河野談話はいくらかの朝鮮慰安婦は強制されたことを認めた。しかし、それは日本軍による強制だとは認めていない。ある人たちはもし朝鮮人慰安婦が朝鮮人業者により強制されたのなら、何故日本政府が河野談話という形で謝らなければならないのかと疑問を呈するだろう。そうだ、日本軍の中国と東南アジアに対する侵略が慰安婦を必要としたのだ。だから、日本軍が朝鮮人婦人に慰安婦を強制しなくても、慰安所を運営しなくても、婦人たちの苦しみに対して部分的な責任を負うのだ。

§アジア女性基金       

アジア女性基金は1995年に日本政府により設立された。補償金は日本首相の個人的お詫びの手紙とともに手渡された。朝鮮(この場合は韓国)婦人の立場からは、日韓基本条約により個人の請求権が(国内のものとして)解決された後にも、日本政府が韓国の元慰安婦の方々に好意的な姿勢としてアジア基金を用意したのである。

皮肉なことに韓国以外の国々は、アジア女性基金からの補償金を受取り、和解した。(注:韓国政府と韓国慰安婦はアジア女性基金の補償金を受け取ることに賛成であったが、反日過激派の挺対協はこの件を反日プロパガンダに使い続けるために、韓国慰安婦を受けないように脅した。そのような事情で殆どの韓国人慰安婦は日本の謝罪と補償を受けることができなかった。)

§何故韓国との間だけ、慰安婦問題の解決がそれほど難しいのか?

挺対協は謝罪と補償が法的なものではないという根拠で、アジア女性基金に反対した。しかし、1965年の日韓基本条約等で個人補償は全て法的に解決済であることを考えると、アジア女性基金は日本政府が出来るベストなことであった。挺対協は北朝鮮と大変近い関係を持っている。リーダーの夫を含め何人かのメンバーが北朝鮮のスパイとして逮捕された。

挺対協がアジア女性基金に反対するのは、慰安婦の件を日本と韓国の和解をブロックに使うためであった。挺対協は1992年以来、毎週ソールの日本大使館前で「水曜抗議」を開催している。

反日活動家“挺対協”(軍の性奴隷として徴用された婦人のための韓国委員会)と北朝鮮の関係:

Yun Mi-Hyang(Chairwoman)は2013年に北朝鮮のために働いているとして調査された。
Kim Sam-Suk (YunMi-Hyangの夫) 1993年に北朝鮮のスパイとして逮捕
Kim Eun-Ju (KimSam-Sukの姉妹)1993年に北朝鮮のスパイとして逮捕
Choi Gi-Yong (Kim Eun-Juの夫) 2006年に北朝鮮スパイとして逮捕
Lee Seok-Gi (挺対協メンバー) 2013年に北朝鮮スパイとして逮捕

§世界はどう見ているのか     

日本の謝罪と補償を受け入れて和解する代わりに、挺対協と米国の関係者は元朝鮮人慰安婦(現在90代)を世界各国を連れ回って見せつけることで訴えた。そして、クマラスワミ報告などの国連の報告や米国下院121号議決などは、北朝鮮と緊密に連携した反日活動家の提供した資料に基いて出された。(挺対協の指導による嘘の証言など)

西側諸国のメディアや学者は反日活動家のプロパガンダに陥落して、”20万人の朝鮮人婦人が日本軍により強制的に拉致された”と信じている。明らかにこの世界の見方は事実に基づいていない。確かに日本兵はオランダ人とフィリピン人をインドネシアとフィリピンの戦場で脅して連れ去った。しかし、朝鮮の婦人は日本軍に強制的に慰安婦にされたわけではない。何故なら、朝鮮半島は戦場ではなく、日本兵はわずかであり大多数の警察官は朝鮮人であったからである。

日本は謝罪し償いをおこなった。そしてオランダとインドネシア、そしてフィリピンは日本の謝罪を受け入れ日本と和解した。したがって、これらの国々と日本の間に慰安婦問題は存在しない。

慰安婦問題は韓国との間だけ残っている。それは挺対協が日本との和解を拒否し、嘘の主張——20万人婦人が日本軍によって慰安婦に強制されたーを世界中で続けているからである。

挺対協は韓国における非常に強力な活動グループであり、それに逆らえば韓国の政治家は殺すと脅されている。韓国政府はこの問題が解決されるためには、とにかく挺対協と距離をとらなければならない。結局、挺対協は元朝鮮人慰安婦の福祉などには関心がないのである。その目的は日本の信用を落とすことであり、日本と韓国の和解を邪魔することである。

§帝国と慰安婦        

ヨーロッパの強国や日本により過去に帝国が作られたように、米国は世界中に軍事基地を置いている。そして、米軍基地がおかれているところはどこであれ、米国軍関係者に性を提供する女性たちがいる。ベトナムやイラクなどへの米国軍の介入は、現地の人々特に女性を苦しめることに疑いはない。米国が日本批判決議を出し続け、慰安婦像が米国で建ち続けるのは、むしろ皮肉的である。

日本は帝国主義(中国や東南アジアへの侵略)が慰安婦の需要を作ったため部分的に有罪である。しかし、韓国の物語(日本軍が戸口に来て若い朝鮮人女性を誘拐した)のようなことは起こらなかった。朝鮮人ビジネスマン(慰安所所有者)がその需要を目標に投資し、朝鮮人婦人を募集し、慰安所を運営して、たくさんのお金をもうけた。日本は自分の部分については謝罪した。韓国はその共謀をみとめ、日本から更に多くの謝罪を求めるべきではない。

脚注:

朴裕河教授の著書「帝国の慰安婦」は韓国での出版を禁止された。また朴教授は反日活動家により名誉毀損で訴えられると同時に頻繁に殺害するという脅しを受けている。韓国では、政府が都合の悪い真実を語るものを捕獲するために市民グループを時々使う。現在朴教授が韓国で迫害をうけることなく何かを出版することは非常に困難な情況である。彼女の本は他のアジア諸国では購入可能である。

注釈:        

1)以下のサイトは元慰安婦のムンオクチュ(Mun Oku-chu)さんの回想録です。慰安婦であることとはどのようなことかが分かります。 http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/former-korean-comfort-woman-mun-oku.html

(翻訳者の注釈:上記は表題回想録として書かれた本からの抜粋のようである。以下から入手可能なようである。ただし朝鮮語。http://www.kyobobook.co.kr/product/detailViewKor.laf?ejkGb=KOR&mallGb=KOR&barcode=9788991066106&orderClick=LAA)

2)米軍は、日本軍に所属した何百人もの韓国捕虜を尋問した。 彼らは慰安所を頻繁に訪れた経験があり、韓国の慰安婦について以下のように述べた。



(上記秘密の記録は、以下のように読める。) 「捕虜が太平洋地域で見た韓国のすべての売春婦は、ボランティアであったか、両親から売られて売春婦となった。朝鮮風の考え方からは正当なものだろう。もしそうでなく、日本人が女性を慰安婦としての直接徴用すれば、年齢に関係なく男性は怒りで後の影響を考えずに日本人を殺してしまうだろう」

アメリカのジャーナリスト、マイケル・ヨンは、「第二次世界大戦中の韓国人の臆病者だったのか?」という記事を書いている。 https://www.facebook.com/MichaelYonFanPage/posts/10152528332430665:0 (訳者注:つまり、強制連行を示すものは何もでなかったということ。後ほど紹介する予定。)

下のサイトにあるのは、1944年10月1日の米国軍リポートである。http://ww2db.com/doc.php?q=130
このリポートは「日本人エージェントが女性を募集し、日本人家主が慰安所を運営した」を除いて正しい。これは「朝鮮族エージェントが女性を募集し、朝鮮族家主が慰安所を運営した」と書くべきであった。米国軍の尋問官が彼らが日本姓をもつので、日本人と考えたのである。実際、当時は朝鮮民族の人たちは日本国民だったので、Japanese agent (日本人エージェント)Japanese housemasters(日本人家主)と言及したのだろう。

3)2013年ソール国立大学のアン・ビョン-ジク教授は朝鮮の慰安所管理者の日記を発見した。その日記にはその慰安所運営による巨額の利益金の電信送金記録の詳細が記載されている。日記には「その慰安所が、更に大勢の慰安婦を必要とするなら、何時でもその朝鮮の経営者は彼らのエージェント女性を募集させた」と書かれている。アン・ビョン-ジク教授は、朝鮮人慰安婦の募集は日本軍ではなく朝鮮人慰安所経営者により為されたことを確認している。

http://archive.today/1jcC4 http://mainichi.jp/english/english/newsselect/news/20130807p2a00m0na020000c.html この朝鮮人慰安所管理者の日記は下記サイトで購入できる。http://book.daum.net/detail/book.do?bookid=KOR9788994228761

下に示されたのは、日記に記載された慰安所のリストである。ここでの慰安所の所有者は日本の姓を名乗っているが全て朝鮮人である。



また、下に示したのは朝鮮人慰安婦が働く上海の慰安所のリストである。ここの所有者も全て朝鮮人である。



4)(慰安婦募集の広告) 下の写真は、1944年10月27日の朝鮮で発行されていた新聞に掲載された、朝鮮人慰安所経営者が出した募集広告のものである。この種の広告は他にも複数見つかっている。



5)朝鮮人慰安婦がどの程度のお金を稼いだかを示す例



左側の注釈:Moon Ok-juさんは、ビルマで2年3ヶ月(1943/6~1945/9)働いた。そして、合計26145円の貯蓄を軍の郵便局に残した。(日本の郵便局は銀行の役割を果たす)利息を入れると、彼女は慰安婦という仕事で50000円稼いだことになる。1940年代の東京では、一軒の家を買うには5000円で十分だった。

6)(朝鮮人悪徳業者跋扈の報道)

下の写真は1939年8月31日の東亜日報(朝鮮の新聞)の記事コピーである。そこには“100人の朝鮮人女性が朝鮮人慰安所経営者のエージェントによりらちされたが、日本警察により救助された”と記載している。この種の報告は何十とある。類似記事のコピーは以下のサイト参照:http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/korean-newspaper-articles-from-1930s.html



7)(日本軍による慰安所に対する命令書)


上の写真は日本軍から慰安所運営者に送付された命令書のコピーである。そこには、“意思に反して婦女子を集めてはならない。自分の意思を確認して募集せよ。”と書かれている。吉見義明教授(かれはよく知られた共産主義者で、北朝鮮と緊密な関係がある)は日本軍が強制的に慰安婦を集めた証拠として、間違って説明した。

吉見氏は他の学者の指摘により、日本のメディアに自分が間違っていると認めたが、西洋のメディアには決してそれをしなかった。 2007年の記事のニューヨークタイムズは、日本軍が韓国の女性を強制したという証拠として、彼の最初の説明を用いた。 多くの学者がNYTに記事の取り下げを要求しているが、NYTはこれを拒否している。

8)(朝鮮人業者による朝鮮人慰安婦の輸送)   

下の写真は朝鮮の新聞、京郷新聞1977年6/6号の記事である。そこには、第二次大戦中に朝鮮人慰安所オーナーが何十人という朝鮮人慰安婦をパプアニューギニアのラバウルに日本兵へ性サービス提供のために輸送した。韓国の慰安所オーナーが韓国の女性を募集し、慰安所を運営していたのは1970年代まで韓国ではよく知られていたが、韓国人はその考えに異議を唱えていない。

その後1980年代になって、日本の朝日新聞が日本軍が朝鮮人女性を拉致して慰安婦にしたと非難する偽記事を掲載した。北朝鮮と緊密な関係を築いている韓国の共産主義者は、これが日本の名誉を汚し、日韓の和解を阻止する絶好の機会だと思った。 そこで、彼らは1990年に反日ロビーの挺対協を結成し、世界中に慰安婦の嘘を広めるようになった。

彼らの戦略は、低いランクの日本兵の犯罪である、少数のオランダ人女性とフィリピン人女性に慰安婦を強制した例を使用して、同じことが数万人の韓国人女性に起こったように見せることだった。 彼らは証拠がなかったので、韓国の元慰安婦に偽証させた。



9)(北朝鮮と反日活動家組織挺対協の関係)  

(反日活動家グループの挺対協(軍性奴隷として徴用された女性のための韓国委員会)と北朝鮮の関係は既に本文に記載があるので省略)

10)(韓国政府が設立した慰安所システム)

韓国政府は1960 年代のベトナム戦争に参加した兵士のため、及び1960年代及び1970年代に韓国駐留の米軍のために、慰安婦システムを設立した。 http://ameblo.jp/workingkent/entry-12032249233.html
http://archive.is/MWO4N

韓国の活動家による頑強なロビー活動の結果、米国で多くの慰安婦像が建てられた。 活動家らは、戦争中に権利が侵害された全ての女性のためのものであり、反日志向を意味しないと主張している。しかし、この彫像は日本軍を非難するだけで、韓国軍の女性に対する残虐行為には言及していない。

2017年7月13日木曜日

朴裕河教授の「帝国の慰安婦」と題するブログ記事に書かれた慰安婦問題の本質

(7月15日の記事の、このシリーズの全体をアップしましたので、2、3日中にこの記事は削除します)



「帝国の慰安婦」の著者である韓国Sejong大学の朴裕河氏のブログと思われる記事(2016年4月)が掲載されているサイトを見つけた。英語で書かれていること、そして著作権の留保の意思が特別に表明されていないので、ここに和訳をして掲載する。長文なので、何回かに分けるが、以下は最も大切な導入部である。http://scholarsinenglish.blogspot.jp/2014/10/summary-of-professor-park-yuhas-book.html

日本留学の終わり近くの1991年に、私は初めて慰安婦問題を知った。当時ボランティアとして、私はNHKの依頼で韓国の元慰安婦の証言を翻訳していた。私が韓国に帰国したとき、韓国のナショナリズムは制御不能な状態でした。そして、韓国共産主義者により、反日活動家グループ「軍事性奴隷制として徴用された女性のための韓国委員会」(挺対協)が結成された。その指導者は、公然と、今後200年間日本を卑しめることに決めたと述べた。

そのプロパガンダは私のこの問題への関心を失わせ、何年もこの問題から離れることになった。2000年代初頭、挺対協が生き残った元慰安婦女性をナヌムの家という養護施設に閉じ込めていると聞き、私は再びこの問題に関心を持ち出した。これらの女性が外部と話すことが許された唯一の時期は、挺対協が国連特別審査官または米国の政治家への彼女らの証言を必要としたときだった。

しかしある理由で、私は2003年のある日、彼女らと話すことが許可された。私は、彼女らがこの場所に閉じ込められいることが、幸せではないと感じることが出来た。女性の一人(ペ・チョンヒ;Bae Chun-hee)は、彼女が日本の兵士とのロマンスの思い出を語ってくれた。そして、彼女は彼女を売った父親が憎いと言った。

彼女はまた、そこにいる女性たちが、挺対協が虚偽の証言をするように指導することを評価できるとは思えなかったが、挺対協の命令に従わなければならないと言った。1995年に日本がアジア女性基金を通じて補償金の支払いを申し入れた時、61人の元韓国の慰安婦が挺対協の命令に反して補償を受けた。

その結果、彼女ら61人は裏切り者として罵倒された。彼女らは売春婦として、彼女らの名前と住所とともに新聞に掲載され、残りの人生を不名誉の烙印を押されて暮らさなければならなかった。そのため、残りの女性たちは挺対協を恐れ、再び彼らの意思をあえて無視するつもりはない。

挺対協(何人かは北朝鮮のスパイとして逮捕された)は、慰安婦問題を日米韓の安全保障関係に楔を打ち込むために、政治利用してきたのである。 (第一回目はここまで)

追加: 

なお、引用したブログの著者は、必ずニューヨークタイムズの「帝国の慰安婦」に関する記事を読むように進言している。 https://www.nytimes.com/2015/12/19/world/asia/south-korea-comfort-women-park-yu-ha.html?smid=tw-nytimes&smtyp=cur&_r=1

その中に:In the early 20th century, the official history holds, Japan forcibly took innocent girls from Korea and elsewhere to its military-run brothels. There, they were held as sex slaves and defiled by dozens of soldiers a day in the most hateful legacy of Japan’s 35-year colonial rule, which ended with its defeat in World War II.

(20世紀の始め頃、公式の歴史には、日本が罪のない少女を朝鮮やその他から拉致して日本軍が経営する売春宿に置いたとある。そこで彼女らは性奴隷として監禁され、日に数十人の兵士に汚された。この35年間の日本の植民地支配の最も忌むべき遺産であり、第二次世界大戦での敗戦とともに終わった。) という文章がある。

しかし、このような公式の歴史はどこにあるのか。この新聞は韓国の日本に対する慰安婦問題攻撃を援護していることが分かる。つまり、慰安婦問題とは米国( の一部勢力、多分支配層)と韓国及び北朝鮮の合作である可能性が高い。

2017年7月11日火曜日

米韓及び日米空軍の北朝鮮基地を仮想目的とした爆撃訓練について

1)韓国空軍は8日、北朝鮮ICBM発射台に見立てた目標物(韓国内に設置)の戦略爆撃機B1による爆撃訓練を、米韓両軍が合同でおこなったと発表した。朝鮮半島上空での爆撃訓練が公表されたのは初めてだという。米軍戦略爆撃機は、韓国軍との訓練の後に九州周辺空域で、日本の自衛隊戦闘機と共同訓練を行った。http://www.47news.jp/news/2017/07/post_20170708163704.html

この爆撃訓練に関して、参議院議員の青山繁晴氏は出演した虎ノ門ニュース(10日)において、アメリカの独自ルートからの情報として以下のような解釈を披露した。「今回の訓練は韓国に向けた圧力であり、融和政策を採っている文在寅大統領の覚悟を促する意味がある。また、米軍機の一連の訓練の中に日本の戦闘機も加わったことは、覚悟を促されている対象国は韓国だけではなく日本も対象である」と青山氏は語った。https://www.youtube.com/watch?v=uaUT68Mib3s (オリジナルは:https://www.youtube.com/watch?v=ycOrzZO22zI)(補足1)

その番組の中で、マティス国防長官の「ICBMの実験は戦争に近づけるものだとは思わない。今後も外交努力を続けることを表明した」という発言を紹介し、「それは単に戦争をしないという意味ではなく、戦闘になった時には真っ先に犠牲になるのは兵士なのだから、民間人にも犠牲者のでる可能性があることを、空軍を使用する(補足2)際の覚悟として持ってもらうための発言である」との解釈も紹介した。

この番組の中で青山氏は更に、「自衛隊が米軍の敵地攻撃訓練に加わったことは重大であり、野党が閉会中審査などを要求しないのは不思議だ」とまで発言している。つまり、自衛隊が敵地を先制攻撃する演習に加わったのだから、自衛隊という行政機関のパラダイム・シフトを意味しているとの解釈である。

この最後の指摘は誠に正鵠を得ている。この問題の議論を日本や韓国で引き起こすためにマティス国防長官はこの演習を行った可能性がある。平和ボケした日本と韓国への目覚まし時計である。

2)しかし、ことの本質は継続している朝鮮戦争にあり、その当事者は米国と北朝鮮であることを重ねて指摘したい。(補足3)つまり、朝鮮戦争の当事国でない日本が、それに巻き込まれるのは理不尽である(補足4)。休戦協定後に、米国はその終結に努力せず、毎年米韓軍事演習などで北朝鮮を刺激し続けた。

北朝鮮はその危機を回避するべく、米国との直接交渉を提案してきた。しかし米国はその提案を足蹴にして訳のわからない6カ国協議という枠組みを作り、積極的に戦争終結の努力をしなかった。北朝鮮の軍備拡大を牽制するフリをして、実際には軍備拡大を教唆することになったのである。

勿論問題の解決は、国防長官の仕事の中にはなく、大統領の決断すべきことである。トランプ大統領は選挙運動中から、金正恩との直接の話し合いを示唆してきた。そして、もし核戦力の不均衡が日本や韓国の脅威になるのなら、両国が核軍備をすれば良いとまで発言していた。

それをそのまま実行すれば、東アジアは犠牲者を全く出さずに安定を取り戻すことになる。その上に、北朝鮮と米国との講和は必然的に韓国と日本との講和に繋がり、それは北朝鮮への経済協力を伴う。未だに田園部では基本的な生活も儘ならないと言われる北朝鮮国民が、安全な日常生活を取り戻すことになるだろう。我々にとってより重要なことは、日本から拉致された人が無事日本に戻るだろうということである。

そのような道筋で、東アジア全体の安全と安定を確保すべく方針決定することは、米国や中国という大国には容易な筈である。軍需産業の繁盛や育成には役立たないが、現在十分豊かな経済力を持つ両大国はそのような決断をすべきである。中国が懸念する「日本の軍事大国化」は、日本在住の中国人に聞けば最も非現実的な懸念であるとわかる筈である。

アジアの国なら何処の国であっても、その国民一人ひとりは素朴に平和を望んでいる。基本的な生活ができれば、戦争で自分や肉親の命と引き換えるような経済的繁栄など意味がないと思っている筈である。どのような宗教や道徳的教訓でも、もし自分や他人の無垢の命との引き換えが要求される類なら、それは偽物の教訓と疑うべきだと、ほとんど全てのアジア人は思っていると確信する。

それはアジア人だけでなく、殆ど全世界の知的な人々の常識だとも思う。何故、その簡単な解決が出来ないのか。

=== これは素人の考えです。適当に読み飛ばしてください。===

補足:
1)青山氏は何かと不自然な発言が多い。今回もそうだが、米国の中枢からの情報を匂わせて、時々発言をしている。米国が日本側へリークする出口として利用している可能性がある。一年ほど前に、青山氏は「日本なら原爆など一日で作れる」と発言したことがある。その時にも、どこかの国の国益を考えて発言していると疑った。 (https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42752874.html 記事中、青山氏の発言としてリファーしたサイトは削除されている)
2)空軍を使ってある国を爆撃する決定は、大統領が行う。しかし、大統領を選び間接的に動かすのは一般国民である。
3)この事実を無視するか知らない人が多い様に思う。これは、何故かわからない不思議な現象である。
例えば、新しい歴史教科書を作る会の元会長である杉原誠四郎氏は「北朝鮮非核化に向けての新戦略」という文章を発表しているが、上記朝鮮戦争の延長上にあるという現在の北朝鮮危機の原点に言及していない。単に、国連決議に反して、気違い染みた軍拡路線をとっている危険な国家というイメージで北朝鮮とその核兵器開発を理解しているようだ。https://blogs.yahoo.co.jp/hetanonanpin/64694374.html
4)休戦協定とその後の経緯について、以下のサイトに書いた。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43283145.html1)韓国空軍は8日、北朝鮮ICBM発射台に見立てた目標物(韓国内に設置)の戦略爆撃機B1による爆撃訓練を、米韓両軍が合同でおこなったと発表した。朝鮮半島上空での爆撃訓練が公表されたのは初めてだという。米軍戦略爆撃機は、韓国軍との訓練の後に九州周辺空域で、日本の自衛隊戦闘機と共同訓練を行った。http://www.47news.jp/news/2017/07/post_20170708163704.html


2017年7月9日日曜日

G20での首脳会談についての感想

1)日中首脳会談:
今日の読売新聞一面には、中国と習近平主席と安倍総理の会談についての記事が掲載されている。会談内容は、①首脳同士の対話の機会を増やす;②日本は一帯一路構想へ協力すると伝達;③周主席は歴史問題の適切な処理を要求;④北朝鮮問題と東シナ海での問題協議、である。合意事項として明確なのは、最初の対話の機会を増やすことくらいである。

注目されるのは、②と③である。②は一方的に日本が譲歩した感じであり、③はこれまで通り中国の日本攻撃の武器を再確認したものである。日本と中国は既に平和条約を締結しており、未来志向の関係を築いた筈である。それにも関わらず、③を持ち出すのは通常の感覚では難癖である。つまり、日本と中国は③を中国が持ち出す姿勢が残っている限り、本格的な友好関係はありえない。

2)米中首脳会談:
一方、トランプ大統領は習近平主席との会談において、北朝鮮問題における周主席の努力を評価し、長くかかるかもしれないが問題は解決するだろうと発言した。http://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000301/20170709-OYT1T50002.html この会談で、周主席は「中国と米国との間の良い大国関係を築きたい」という趣旨の発言をおこなった。これは世界の覇権国として棲み分けをしたいという意味に取れる。この後の方の大事な発言を、読売新聞のネット版等掲載していない新聞記事が多い。

3)日米首脳会談:
日米首脳会談はその開催が危ぶまれた。米側に時間的余裕がないというのがその理由である。会談では、北朝鮮の核の脅威についての確認のほか、トランプ大統領は米国の対日貿易赤字の縮小が必要だとの認識を示した。ただ、日米FTAには触れなかったという。http://www.sankei.com/politics/news/170708/plt1707080041-n1.html また、トランプ大統領は、安倍総理と中国習近平主席との話し合いにふれて、「中国との関係改善は望ましいことだ」とコメントしたという。

4)日米&米中会談の感想:
米国の対日姿勢は、今までの緻密な協力関係(つまり、米国が日本を保護国的に扱うという関係)から、日本は独自に自国の方向を考えるべきだというものへ徐々に変化しているのだろう。また、北朝鮮問題を武力で解決することは、日韓の熱心な要請が無い限り行われないと考えられる。つまり、日韓どちらから見てもあり得ないということになる。

また、従来の発言にあった、トランプ大統領と金正恩とが話し合うという解決の方向、つまり朝鮮戦争を終決して北朝鮮を承認するという方向も、トランプ政権が始まった時はあり得ると思えたが、現在その話は消滅したのだろう。トランプ大統領も従来の米国大統領のように、伝統的なシナリオライターが書いた方向で進むのだろう。私はそのように考える。

その従来の米国の支配層は異なった方向、つまり、中国或いは米国の力で、朝鮮半島の地図を現状のまま固定し、北朝鮮をもっとマイルドな政権にすることを考えている可能性がある。何れにしても、トランプ政権のリーダーシップの範囲ではそれは起こらない様な感じがする。

米国の対日貿易赤字の問題は、FTAの前哨戦なのか、もっと深いところからの発言かはわからない。一般に貿易赤字はその国全体について考えるべきで、二国間の問題にするのはおかしい。もし、後者なら、トランプ氏は大方の評論家のいうように、日本にとってもあまり良い大統領ではないかもしれない。

トランプ大統領については、評論家の馬渕睦夫氏の尻馬にのって、今後の新しい世界の枠組みをつくる大統領として高く買っていたのだが、結局大したこともできない可能性が大きくなってきたと思う。

5)日露首脳会談:
一方、プーチン大統領と安倍首相の会談は、米ロ会談が時間をとったことが原因で遅刻したプーチン氏が、それを安倍総理にわびる場面から始まったという。プーチン氏の遅刻はいつものことだが、詫たのは始めでだという。外務官僚らは驚いていたというが、プーチン氏は日本風の考え方を学んだのかもしれない。兎に角、この事実は前進の可能性があることを示唆している。

千島地域での経済共同活動については、首相とプーチン氏の会談で積極的とはいえない露政府担当者を動かす構図は変わらないと言う。安倍総理も日本の法的立場を害さないことが前提だという話でとどまっている様だ。これでは大きな成果を産む形での進展は無いように思う。

習近平の歴史問題への言及や、トランプ政権の東アジアからの後退姿勢を考えて、日本も対露姿勢をもう少し積極的な方向に変えた方が良いように思う。http://www.sankei.com/politics/news/170708/plt1707080038-n1.html

== 以上は全くの素人のメモです。適当に読み飛ばしてください。==

核兵器禁止条約を採択=国連を利用して核兵器の独占を目論む国連常任理事国

【ニューヨーク時事】国連本部で開かれていた核兵器を法的に禁止する条約制定交渉会議は最終日の7日、核兵器の使用や保有、製造などを幅広く法的に禁止する条約を賛成122票、反対1票、棄権1票で採択した。

条約は前文に被爆者の「受け入れ難い苦痛や損害」に留意すると明記。核抑止力の否定につながる「使用するとの威嚇」も禁止した。ただ、核保有国の参加は絶望的で、実際の軍縮に結び付く可能性は乏しい。

投票では北大西洋条約機構(NATO)加盟国のオランダが反対、シンガポールが棄権した。 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170709-00000005-asahik-soci https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170708-00000077-jij-soci

これは米国のオバマのやり方である。ノーベル賞をもらったところで、満足すればよいのに、下らない画策を米国支配層に強力してやっているのだろう。田舎に帰らずにワシントンの近くに未だ残っているという。実に腹立たしい、下らない人物だ。

北朝鮮が核兵器保持が確実になり、ミサイルで多くの国を攻撃する能力をもつようになった。このままでは、核兵器は日本など多くの国に拡散し、国連常任理事国など核兵器保持国の特権的立場が危うくなる。その動きを封じるために、恐らく米国ら国連常任理事国である核兵器を保持している国々がどこか小さい国の政府に議案を出させて、可決すべく活動させたのだろう。

当然、この動議提出を画策した当事者は、反対の意見を述べるだろう。勿論、その動きで自分たちが核兵器を放棄せざるを得ないような圧力など生じようもないことを十分知っている。何度も同じことを書くが、世界政府が出来、その権威を全ての国が認め、核兵器を独占した後にこの種の議案は提出され審議されるべきである。つまり、将来の数十年、そんな時代は来ない。

2)日本では、法令により個人はピストルを持てない。その法令を国民が制定したのは、国家の行政機関である警察の権威と能力をみとめ、警察がピストル保持者の存在を知れば、逮捕してピストルを取り上げると信じているからである。(補足1、2)

警察もなく、或いは、在っても仕事をしない情況下で、一部の人間がピストルを持っているのなら、そして、その法案が通ったとしてもそれらの人からピストルを取り上げられないことが判っていたなら、一体誰がピストル保持禁止の法案を提案し賛成するのか? 

警察が働かない、或いは全ての範囲で十分に働く陣容にない情況下で、法案が提出されたとすれば、それはピストル保持者であるヤクザなどが、自分たちがピストルを使って悪事を働きやすいように、手先となる一般人を使って提案させたと考えるべきだろう。

そのような法案に賛成する人は、ヤクザから利益供与を受けている狡いひとか、ピストルを使って人を殺す事件について、「殺人者を憎むべきかピストルを憎むべきか」と考え込む、知的に問題のある人達だろう。

後者の中には、ピストルは人を殺傷するための道具であるから、その存在が無条件に憎いと原理的に凝り固まっている人もいるかもしれない。原理的思考が得意で、現実的思考が全くできない左翼の変人連中である。

補足:
1)ヤクザがピストルを持っていることは誰もが知っている。しかし、ヤクザは心のなかで一般人との間に一定の垣根を持っている。一般人もそれを知っている。つまり、“ヤクザは日本人の文化”なのだと、元公安調査庁の菅沼光弘氏は言う。菅沼光弘氏の講演を御覧いただきたい。https://www.youtube.com/watch?v=kr1rvu5vR40
2)このたとえ話は普通よりも深く考えて解釈してほしい。 == やはりわかり憎いだろうから、追加しておきます。核保有する常任理事国は、日本のヤクザのようになれるか?と問うているのです。==

2017年7月7日金曜日

日本国が東北アジアで孤立しない為には、彼の大国と本質的な互恵関係を築くべき

1)北朝鮮のミサイル開発はいよいよICBMの段階に入った。射程は7000km程度であり、アラスカまでがやっとなので、ワシントンの住人への脅威にはならない。トランプ大統領にはこの問題を解決する知恵がなく、中国にまかせている。トランプが5年前に大統領だったなら直ちに解決したかもしれないが、自分の意思で動けなかった米国の指導者たちにはそれは不可能だったのだろう。

一方、ロシアと中国の両首脳は会談を行い、北朝鮮の軍事開発を形だけ非難するものの、まともな制裁をやる気配はない上に、米国による軍事力行使、THAADの配備、そして米韓の軍事演習にまで協調して反対している。つまり、北朝鮮の核保持国としての立場を両国とも完全に認めている情況である。中露の完全な協調関係は久しぶりである。

朝鮮戦争の休戦協定は現況では無効化されていると見るべきなので、米国の軍事力に備えて北朝鮮が軍事力強化に努めるのは、それなりに正当性がある。そこで、米国の大統領顧問であるキッシンジャーは、米国は軍事力で北朝鮮の政権転覆をしないと約束し、今回の危機を避けるという方向を進言しているようである。

昨朝のラジオ放送「おはよう寺ちゃん」において、元外交官の孫崎享氏は、「このキッシンジャーの発言をトランプは受け入れて、彼らの軍事開発の意欲を削ぐことが一番の方策だと考える」と発言していた。 https://www.youtube.com/watch?v=wX35-eRWcdg

私はこの発言の後に、「日本はどうすべきか」についての発言があるものと思っていたが何もなかったので、孫崎氏は真剣にこの問題を考えてはいないと思った。或いは考えても、答えが見つからないので、次の問題に移ったのかもしれない。

2)このままでは、北朝鮮はICBMやSLBM搭載型の核兵器を完成して、米国とその同盟国の重大な脅威となることは必至である。両兵器はイザとなれば米国本土の攻撃も可能であるから、米国の核の傘は日本にとって破れ傘になった。北朝鮮を承認していない日本は、核ミサイルの脅威に裸で曝されることになる。勿論、北朝鮮の友邦である中国の核ミサイル(東風21号)の脅威の下にある日本にとって、米国の核の傘は最初からあまり大きな意味がない。

モスクワ在住の北野幸伯氏(補足1)の今朝配信されたメルマガでも、米国が北朝鮮を攻撃するのは今だが、攻撃すれば(これは朝鮮戦争なので)韓国への反撃により100万人の韓国人が殺されることになるため、トランプは北朝鮮を攻撃出来ないと書いている。

韓国の文在寅政権は、北朝鮮と連邦制を組むという”解決策”を考えて既に実行中である。やがて米軍は韓国に駐留する理由がなくなり、米韓同盟は崩壊するだろう。それはトランプ大統領の当初の考えとも合致する。韓国文政権の進む道は、勿論、危険な尾根を渡るような道ではある。北朝鮮ではなく米国の各種工作が恐ろしいのである。しかし、世界史はその方向に進むとして、神はトランプを大統領にしたのかもしれない。

一方、日本はこの北朝鮮問題の当事国ではない筈(補足2)なのだが、最も大きな影響を受ける結果となるだろう。米国の最終的な支援は考えられない上に(補足3)、日本に備えがないこと、北朝鮮との国交がないこと、そして、朝鮮半島や中国は問題が生じるごとに、反日感情を煽ることで、国民の不満を逸らせる方法を取ってきたからである。

ここで、日本が憲法を改正して核武装をすれば、互いに核の脅威を相殺する形で東北アジアに新しい軍事的均衡が出来上がる。しかし、中国もロシアも韓国もアメリカも、それには大反対するだろう(追加1)し、その最初の一声で日本の弱腰政府は核装備を諦めるだろう。大国の反対を押しきる北朝鮮のリーダーのような迫力のある政治家は、日本には居ない。金日成、金正日、そして金正恩の様な姿勢は、独裁国家のリーダーしか取り得ない。中国でも毛沢東の時代(補足4)までだろう。

この道の先には、日本国民は破滅の日の始まり(補足5)をただ静かに待つ情景しかないだろう。事実は知らされないだろうし、前日まで平和だろう。しかし、既に資産家の海外移住が始まっている可能性が高いと思う。日本は、勝谷誠彦氏が書いた小説「ディアスポラ」のような状態になるだろう。つまり、日本人はチベットに住むチベット族のような立場になる可能性が高い(補足6)。

3)この様な情況で日本が取るべきなのは、独立国として体制を整えることが第一だが、それは北朝鮮の刺激を持ってしても出来ないだろう。中国や半島(朝日新聞など&NHK)、それに米国のスパイ(読売新聞系&霞が関アメリカンスクール)が多数日本の議会やマスコミに巣食っているからである。

突然、大きな決断が出来る優れた指導者が出たとして、その指導者が考えることは日本と協力関係を築くことが大きな利益になるような国を創ることだろう。鍵は中国と長い国境線を持つロシアにありそうだ。そして、その指導者は既に日本の舵をとっているのかもしれない。

ロシアのGDPは韓国よりも小さい。長い中国との国境線周辺では、経済的にも人口的にも中国が有利な立場にある。北極海航路の開設も中国は考えているという。もし、ロシアがシベリアをなくせば、ポーランド2個分程度の小国になるという。つまり、ロシアにとって中国の潜在的脅威は決してなくならない。現在の中国とロシアの蜜月関係は、米国向けの見せかけのものである。(日露関係改善が日本を救う可能性が高い:日ソ交渉に対する佐藤優氏の訳のわからない危惧 http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2016/10/blog-post_25.html

つまり、ロシアは日本という国を最も高く評価する可能性のある国だろう。高く評価するという意味は、自国にとって最も利用価値があるという意味である。ロシアにとってシベリア開発は最重要課題だろうし、それには日本のインフラ整備能力を投入出来れば理想的である。シベリア鉄道には新幹線技術が最もふさわしい。それに対して、石油と天然ガスのパイプラインによる長期安定供給の契約は、中東からのシーレーンに不安のある日本にとって非常に有利である。

障害になっている千島列島の領有権問題は、そもそも本来存在しない問題であるが、両国の第2次大戦の時の悲劇をかんがえれば、ロシアが日本にとって信頼出来る国であるとの証に歯舞群島と色丹島は返還すべきである。それが両国にとって、新しい関係を築く鍵と鍵穴である。日本国がロシアの今後の国防と経済発展の鍵を握るほどの重要な相手国になれは、それは日本国の国防そのものである。

一方、米国にとって日本は利用価値がある国というよりも、経済的に競合する国である。また、キッシンジャーやクリントンなどは中国に大きな利権(負い目?)を有している。南北朝鮮が連邦制に移行して、朝鮮戦争が終決したのなら、日本国が米国に基地を供与する意味は大きくない。つまり、中国と米国を二大国と考えれば、勢力圏の境目は第二列島線に後退するだろう。そのような情況下では、米国は日本に今後の大きな利用価値を感じないだろう。

もし、日露間の上記シナリオが進めば、米国の妨害工作は熾烈だろう。しかし、米国にとっての悪夢は、世界の覇権を中国に奪い取られることである。そして、中ソ分断を中国に肩入れすることで図ったニクソン・キッシンジャー型戦略が時代遅れであることに気づく時(補足7)、米国は日本やロシアと再び協力する体制を考えるだろう。

追加:1)米国は上記(3)のロシアと日本の接近を見て、日本に安保条約の一環として核兵器の持ち込みを提案する可能性がある。その場合、日本の首相は大変難しい判断を迫られることになる。(7/7/8:55追加)

=== 以上は素人の夢想を書いたものです。===

補足:
1)北野幸伯氏の本「クレムリンメソッド」世界を動かす11の原理は大変示唆に富む本であった。 http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2015/05/blog-post_23.html http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2015/05/blog-post_43.html
2)日本は朝鮮戦争の当事国ではない。休戦協定に署名した国を見ればわかる。当事国は、中国(義勇軍)、米国(国連軍を代表)、北朝鮮である。韓国もその意味では当事国ではなく、舞台提供者に過ぎない。
3)米国はこの問題を利用して、東アジアでの覇権の足がかりとしてきた。北朝鮮の承認はこれまで何時でも出来たのである。核兵器を開発しないことを講和の条件にすれば、核兵器開発は行わなかっただろう。
4)毛沢東の大躍進運動や文化大革命の時の様子は、中国での発禁本「ワイルドスワンズ」に詳しく書かれている。失われた命はそれぞれ数千万人と言われている。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2013/10/wild-swans.html
5)破滅の日は、北朝鮮ではなく中国の尖閣への漁民漂着で始まると思う。尖閣での漁民漂着後に救助の目的と称して、中国軍が上陸して居座るだろう。そこへの中国の基地建設が始まる時には、韓国は北朝鮮と連邦制をとっているだろうし、沖縄の米軍は居るかどうかは分からないレベルだろう。
6)勝谷誠彦著の小説「ディアスポラ」は原発事故か何かで、多数の日本人が亡くなり、生き残りの人たちも日本に住めなくなって、国連の斡旋により各国に難民として受け入れてもらうという話の筋であった。そのうちのチベットに住み着いた日本人が、チベット人と同様に威圧的な漢人の下で生きていく覚悟を決める話である。
7)これにはもう気付いている可能性大である。中国に二つのトラップで抱き込まれた米国の嘗ての要人たちの工作が、その事実が表立つのを防止している可能性があると思う。

2017年7月5日水曜日

自民党の日本国を棄てる政治の歴史:野中広務氏の憲法に自衛隊を書き込むべきではないという考え

IZAニュースによると、自民党幹事長や官房長官を歴任した野中広務氏は4日夜、同党の安倍晋三総裁(首相)が目指す憲法改正について、東京都内で記者団に「私個人は反対だ」と述べた。

野中氏は、自民党額賀派(平成研究会、旧経世会)の結成30周年の会合にOBとして出席。終了後、記者団の取材に応じ「私みたいに戦争に行き、死なずに帰ってきた人間としては、再び戦争になるような歴史を歩むべきではない。これが信念だ」と強調し、憲法9条に自衛隊の存在を明記するなどの改憲案に反対を唱えた。

http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/170705/plt17070510000002-n1.html?utm_source=browser&utm_medium=push_notification&utm_campaign=PushCrew_notification_1499193629&pushcrew_powered=1

自民党の元幹部のこの発言を聞いて、ただただ悲しくなった。軍隊を持てば戦争になるという考えは、全く幼稚な人の考えか、イザという時に革命を容易に行いたい共産党や社会党の考えかの、どちらかである。こんな人が自民党の幹事長や官房長官をやっていたというのだから、戦後の政治はめちゃくちゃなのは当然だ。 

野中氏の考えは、多分、軍隊を持てば日本国は直ちに戦争を始める可能性が高いということだろう。政府に対する完全な不信を与党の幹部が持っていたということになる。 
それは、日本の政治家には軍隊を適切に運用する政府を造れない、或いは同じことだが、日本人には民主的国民国家を形成する能力がないと考えているのだろう。極論をすれば、日本人は猿か子供だから、国家を持つ資格などないと白状したということになる。

野中広務氏は、政府与党の政治家だったのだから、その期間に受けた給与を国家に返却すべきである。与党幹部でありながら、国家の正常な枠組みを作るために働いていた訳ではないのだから。

吉田茂と吉田学校生徒たちの経済優先と安全保障の米国への丸投げ、そして外交における米国完全追従という安易な政治の付けが、このような形で自民党及び日本国に残っているのだろう。戦後20年ほどは、疲弊しきった日本国の再建が急務であったという言い訳は可能である。勿論、大衆への言い訳が可能なだけで、正当性はない。何故ならそれは、「今夜命を奪いに来るかもしれない外敵に備えるよりも、明日の飯をたくさん得ることが肝心だ」というような理屈だからだ。

しかし、戦後50年を経過したころの官房長官には、そのような言い訳すらあり得ない。 政府与党の「非武装こそ平和への道」という類の考えは、吉田学校の生徒が政治を担当するようになって以来、便宜的な戦術論から本質的な政策になったということになる。つまり、独立国としての日本国建設放棄である。棄民政策&棄国政策を党是とする政党が、戦後70年間日本の政治の中心だったということになる。

そのように考えていると、思い出したことがある。自民党の丸山和也参議院議員(70)が2016年2月17日の参院憲法審査会で、「日本が米国の51番目の州になった場合」を仮定して持論を展開する一幕があったのだ。 丸山議員も日本国だけでは独立した国家とはなり得ないと考えたのだろう。https://www.j-cast.com/2016/02/18258878.html

従って、「軍事力を備えて抑止力とするのが平和への道」と提言すれば、直ちに「隣国を信用しないで軍備をもつことこそ、戦争への道」と、野党だけではなく、与党も心の底から反論するようになったのだろう。海部俊樹、宮沢喜一、河野洋平、細川護煕、などの顔を思い出すと、そのような合唱が聞こえてきそうな気がする。

社民党の福島瑞穂やテレビによく出演する元社民党の田嶋陽子らがそのようなことを言えば、「何をバカなことを言っているのだ、お前らはあほか売国奴か?」と声を張り上げることが出来る。しかし、与党の元幹部が「隣国を信用しないで軍備をもつことこそ、戦争への道」と言えば、ただ黙って涙を流すしかないではないか。

我々日本人は黄色い猿か、10歳の子供レベルの知性までしか得られないことになるのだから。この記事を書いている時に、テレビで放映された北朝鮮の姿が勇ましく見えた。(補足1)

追加:
1)天皇制と軍隊の共存を恐れている方が多い可能性がある。実際、自民党の憲法草案では、第1条で天皇を日本国の元首と位置づけ、第9条の2に国防軍保持を唱っている。私は、天皇を国家元首とすることには反対である。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43194485.html
2)自民党の党則か何かに憲法改正が書かれている。しかし、それは自民党神社のお守りに過ぎない。何かの時に、ここに書いてありますと見せるためのお守りである。

補足:
1)北朝鮮問題の解決の責任は米国と中国にある。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43008331.html

2017年7月4日火曜日

韓国の未来と日本の対応:ロシアとの関係改善と日米同盟の両立しかない

§1:
韓国の新大統領が文在寅になって早や二ヶ月になろうとしている。この二ヶ月間日本は一体何をしてきたのか? 森友問題、加計問題、それに都知事選挙である。これらの内前二つの問題は、たまたまではなく、どこかから日本の目をそらすべく持ち込まれ、それに日本のマスコミが協力したのではないのか。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43332737.html

それは安倍政権を破壊する為の工作であり、それが韓国、北朝鮮、中国の利益になるのである。残念ながら、日本にはまともなメディアがない。(補足1)

YouTubeの邦人ニュースというサイトで、藤井厳喜という人が「いずれ韓国は世界の敵になる!ムン・ジェイン政権の動向に注意!(個人感想)」という解説動画を出している。そこで、ケント・ギルバードなどを相手に、韓国は米軍を追い出すことになるだろうと言う分析を披露している。そして、「韓国には国家として或いは民族としての核がない。核のない国はどうしようもないのだ」と言っている。動画の表題中の「世界の敵」というのは、要するに「米国の敵」という意味である。https://www.youtube.com/watch?v=V1_4Y7s1uSI

この動画について、以下の趣旨のコメントを残した。
①藤井厳喜さんは朝鮮戦争を終結しなかった米国の責任をどう考えるのか?そこが問題の核心だと思う。朝鮮が一国両制度をとってでも、真の意味で独立して米国軍を追い出したいというのは、韓国の立場に立てば理解できる方針である。一方、日本は現在の情況で米国の占領状態から脱すれば、滅びるだろう。その辺りを十分考えて、議論すべきである。

②(朝鮮半島からの撤退は)朝鮮戦争で死んだ米軍兵士の死を無駄にすることになり問題だというが、では何故本気で勝とうとしたマッカーサーをトルーマンは首にしたのか? 「韓国にナショナリズムの核がないから、どうしようもない。そのような国からは米国も去らざるを得ない」と仰るが、日本にはそのような核があるのか? 

日本国に核なんかない。昔は薩長維新政府が育てた(復活させた)天皇家があったし、その下に日本民族が置かれた。しかし戦争に負け、GHQは完全にその構造を破壊した。「天皇陛下のために死ねますか?」という質問は、現代日本ではナンセンスだ。

国民にとって本当に大事なのは”民族”ではなく、国家だ。”日本民族”を日本国の核として再び利用する試みが、自民党憲法草案の第一条:「天皇は日本国の元首」という条文だろう。しかし、そんなアナクロ政策など成功するはずがない。

現在の日本国が核とすべきは、国の領土を保全し国民の命と安全を守る、国民がその三権の代表を直接或いは間接に選出する国家の枠組み”日本国”であるべきである。そのような国家を建設する自信がないから、民族の統合に天皇を持って来たいのだろう。

ケントギルバート氏については、以前も書いたが、日本に極右を育てる為に派遣された米国のスパイである可能性大だと思う。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42680321.html 米国は日本を切り捨てる口実を秘密裏に育てていると考えるべきである。

§2:
藤井厳喜さんの考えに両手を上げて賛成しているもうひとりの人も最近喋っている。それが、次の動画である。https://www.youtube.com/watch?v=_6ij7VNyPAs (補足2)

彼らには日本を救えない。却って日本を破壊してしまうだろう。後者、櫻井よしこさんの動画へコメントした。それを以下に再録する。

第二次大戦後日本と韓国は米国による準占領状態が続きました。朝鮮は国を二分されて、中国と日米のバッファーゾーンとされて来たのですから、そろそろ独立をしたいと思うのは当然だと思います。文在寅氏は、祖父母かだれかが北朝鮮に在住だといいますから、人一倍そのような不幸な状態を実感しているのでしょう。

半島分割は米国の政策であり、それは、マッカーサーが本気で勝とうとしたのを止めさせたことや、朝鮮戦争の終結に着手せずに6カ国協議という訳の分からない組織を作って誤魔化したことで明白です。 韓国が中国と対立する原因は米軍の存在ですから、米軍に出ていって貰いたいと思うのも自然です。

韓国の対中接近、そして、対北朝鮮接近の切り札は、日本敵視策です。日本は至急にこの対策を考えなければなりません。 極右が台頭することは確かですが、日本全体を牛耳ることになれば日本が破滅の道を歩むことになります。何故なら、米国も敵に回しますから。

否、それが米国の本当の政策かもしれません。ハシゴを外された日本は完全孤立して、墜落する飛行機の様になります。日本が考えるべき有効な手段は、プーチンロシアとの関係改善でしょう。インドとの関係改善はそれほどまでには成長しないと思います。つまり、極右路線は絶対に避けるべきですし、日米友好の枠からも絶対にはみだすべきではありません。

日本が戦略の中心とすべきは、日米同盟としたたかなプーチンロシアとの関係改善の両方を成立させることです。(補足3)それには安倍総理の腕に期待するしか、方法はなさそうです。日本国民は、北方領土問題に拘るのは愚かなことだと思います。しかし、歯舞色丹くらいは返してもらうべきです。プーチンは分かっていると思いますが、それは米国との関係を維持する上でも大事です。

  加計問題や東京都豊洲問題などで混ぜ返し、本来重要なこの問題を考えないように工作している団体が日本国内にあると思います。マスコミを支配する反日組織、半島の人脈です。繰り返しますが、現在日本国民は、安倍政権を守るべきです。


補足:
1)日本にはインターネットも含めて、まともな報道メディアがほとんどないのが実情である。BSプライムニュースや若干右よりではあるが、比較的まともなのはSakuraSoTV 位だろう。
2)二番目は、BSフジのプライムニュースだと思うが、櫻井よしこさん発言の部分を取り出して、“やはり、いずれ韓国は世界の敵になる、ムン・ジェイン政権の動向に注意”との題をつけて邦人ニュースが流しているものである。
3)正直に言うと、私も日露関係への姿勢について、重要性と危険性という二つの方向で大きく揺れてきた。その迷いについては、既に述べた。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42804964.html

2017年7月2日日曜日

安倍降ろしは工作である可能性が高い

1)国家の諜報機関の工作は巧妙であり、一般民の目はごまかされる。それは長期の準備期間と幾つもの準備工作の成果をストックし、本工作が必要な時に、蟻のようなマスコミの前に角砂糖として落とすだけである。

以前、孫崎亨氏の「アメリカに潰された政治家たち」という本を読んだ時、何故アメリカが潰さなければと思う高いレベルの政治家が、仕掛けられた罠に簡単に嵌るのかと思った。しかしその後、国家の諜報機関と所詮個人である政治家一人とでは、勝負にならないのだと思うようになった。

政治家は「トラップの仕掛けられたジャングルを歩むのだ」という覚悟が必要だろう。一代で国家トップになったような場合、そのトラップに嵌った時にその箴言を得ることになるのであり、それでは後の祭り、後悔先に立たずである。

孫崎氏の本にあるように、田中角栄のロッキード事件は米国の工作である可能性が高い。米国軍需産業の中核ロッキード・マーチン社が絡んでいることが、象徴的である。マネートラップやピンクトラップは、その時点での工作の目的達成に有効だろうし、その政治家を葬る時にも有効である。両トラップは、諜報機関の処方箋の中の王座を占めるのだろう、一度目は鼻薬として二度目は毒薬として。

そのように考えて、韓国の朴槿恵氏の件を見ると、事件の本質が見えてくる。前者は西岡力氏がチャネル桜で解説したように、長年の北朝鮮からの工作の結果、韓国の保守勢力がほぼ滅ぼされ、浮島のように残った朴槿恵も、予定通りに葬りさられたというのである。表層をみれば友人への利益供与であり、今回の安倍総理の件と酷似しているのも偶然ではないだろう。どちらも親が政権の中枢にいたサラブレッド政治家である点も共通している。

安倍総理の件でも、工作側がトラップに成功しなかったのだろう。決定的な情報を用意できななくても、法など無視してやるのが韓国である。日本は一応法律を重視する姿勢のある国であり、同時に韓国ほど大衆のエネルギーが蓄積していなかった。それだけの違いだろう。

つまり、安倍総理が橋本元総理と違って、その類のトラップに引っかからなかったのは、家系も強く関係しているのだろう。つまり、同じ基礎的能力の保持者なら総理総裁の二世三世が有利なのである。(補足1) それは、政治家としての戒めの教育を幼少時から受けているからだろうし、それは歌舞伎などの伝統芸でも映画俳優などの芸能でも同じだろう。

2)そのように考えてみると、今回の森友問題や加計問題がよくわかるような気がする。安倍総理は日本の脅威となる国、それは中国なのか、米国なのか、韓国なのかわからないが、その国にとって排除すべき日本のリーダーなのだろう。

ブログに行政を歪めた責任を追及する記事を書いたこともあったが、現在日本国は正念場にあることを考え、別の角度から眺めることになった。安倍総理が憲法改正などを行い、日本をまともな国に引き戻すことができる唯一の政治家であることを考えると、上記二つの小さな問題は他国の工作の可能性が高いと考えるようになった。

昨日録画してあったNHKの「戦後70年の特集」の中から、岸信介に関する部分を観た。吉田茂と吉田学校の出身者と対決する姿勢にプラスαの好感を持ったのは、番組がそのように作られているからである。最後の切り札的存在だった中曽根康弘が、憲法改正の必要性を信じながら、そして、岸信介に尻を押されながら、それでも就任直後に「憲法は改正しません」と国会で演説する姿に、日本の病根の深さを改めて知ることになった。

日本国は遺伝子をマッカーサーにより入れ替えられた。そして吉田茂と吉田学校が、その遺伝子より生まれたのだろう。国連軍の占領から米国の占領に置き換えたサンフランシスコ条約と安保条約の同時締結に、笑顔で調印する吉田茂は、日本に栄養を与えて太らせるという米国の政策を日本の総理として遂行した。それは、米国の牧畜業に見えなくもないし、戦後疲弊した日本を復興する正しい政策と見えないこともない。ただこのままでは、日本国は霜降り肉の霜となった米国債100兆円以上とともに、何れ米国人の胃袋に収まるか、どこかに売却される筈である。

勿論現在、米国は日本のもっとも大事な同盟国であることに疑いはない。そして、日本が米国の同盟国になるか、“和牛”に終わるかは、日本自身の能力と決断次第である。現状では安倍総理しかいないだろう。くだらない学者や評論家の軽薄な議論に耳を傾けるのはやめたほうがよい。

以下のサイトに出てくる学者などをよく見ればよい。そして、過去の発言の様子を思い出すべきである。彼らが、単眼しか持たず、しかも、虫眼鏡で見ているのか望遠鏡で見ているのかの意識もないことが、文章をみれば明白だろう。 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/206328/4

== 以上は素人のメモです == 補足: 1)以前政治を世襲貴族から奪い返すべきと書いたが、それは実力の劣ったものが政界に増加するからである。安倍晋三氏は祖父の志を継げる立場になった分、優秀な部類の世襲議員だと思う。

2017年7月1日土曜日

韓国に慰安婦像の建設をやめさせる方法:日韓の友好関係構築のために

ジョージア州のブルックヘブン市に韓国系団体から寄贈を受けた慰安婦像の除幕式が30日あった。日本軍が韓国人少女を拉致して性奴隷にしたという間違った理解を世界にばら撒くという韓国系団体の悪巧みに、米国の人権屋がビジネスを兼ねて協力しているのが慰安婦増設置である。

著書「戦争にもチャンスを与えよ」のなかでエドワード・ルトワックが言及した、人権を売り物にする団体の、ビジネスとしての介入の一つだろう。それは日本と韓国の間に憎しみのエネルギーを蓄積するだけで何のプラスにもならず、そのエネルギーは最終的には戦争で消費するしかないだろう。

この両国間に憎しみの醸成に積極的な役割を果たしたのが、上記韓国系団体の他に、日本の朝日新聞や米国のマイク・ホンダ議員などがいる。誤解を招く表現で談話を発表した日本政府要人もその中に含まれるかもしれない。彼らは全て、歴史の事実よりも自分たちのビジネスを優先する輩である。

日本も対抗措置を考えるべきであるが、それには一つのアイデアがある。それは、ベトナムにおいて韓国軍の慰安婦問題に怒る人や苦しむ人達に協力することである。

韓国はベトナム戦争時、サイゴン(現ホーチミン)市内に韓国兵のための慰安所を設置し、そこでベトナム人女性に売春させていたことは広く知られている。このことが2015年3月29日、米公文書でも明らかになった。http://megalodon.jp/2015-0402-1520-41/www.sankei.com/smp/politics/news/150329/plt1503290011-s.html

また、韓国軍兵士はベトナム人女性を多数強姦し、レイプ後虐殺するケースが多くあったとされる。(「私の村は地獄になった」ニューズウィーク日本版 2000年4月12日号P.24)そして、韓国軍兵士のレイプによって妊娠したベトナム人女性が生んだ、父のいない混血児たちをライダイハン(ベトナム語で「混血雑種」を意味する蔑称)といい、その数は3万人にのぼるともいわれる(https://en.wikipedia.org/wiki/Lai_%C4%90%E1%BA%A1i_H%C3%A0n

ライダンハンの存在はカナダの審査付きの学術誌であるPacific Affairsに掲載された論文にも報告されている。(補足1)更に、韓国軍が制圧した地区で殺害されなかった女性は、ほとんど慰安婦にされたといわれる(名越二荒之助 『日韓共鳴二千年史』明成社、2002年)

それならば、日本のNGOとか民間団体が寄付を募って資金を用意し、ベトナムの人たちによる旧慰安婦たちの救済や、慰安婦像の設置に協力するのである。この民間での協力は、ベトナムと日本の友好関係にプラスになるだろう。更に、韓国に無益な慰安婦像設置に反対する空気を醸成することにもなるだろう。それは日韓友好に真にプラスになるはずである。

補足:
1)Shipper, Apichai W. (2010). Politics ofCitizenship and Transnational Gendered Migration in East and Southeast Asia. In Pacific Affairs. 83(1). Page12. (Retrieved May 23, 2017)「Wikipedia より抜粋」

エドワード・ルトワック著「戦争にチャンスを与えよ」の感想

1)買い物の際に立ち寄った本屋で偶然表題の本を見つけて買った。米国のエドワード・ルトワック氏は、安倍総理が日本に招いて話を聞いたという著名な戦略家である。この本にはルトワック氏の、戦争に対する考え方がわかりやすく書かれている。久しぶりに脳みそが大いに刺激された。

表題の「戦争にチャンスを与えよ」というのは、「戦争が起こっているのなら、無責任な干渉はせずに当事者に任せることも、選択肢として考えるべきである」という意味である。それは、「戦争には平和を実現するという目的がある」からである。勿論、根本原因から除去するような干渉なら望ましいが、それは干渉する側に多大の経費(あるいは犠牲)を強いるので、一般にはありえない。

戦争と平和に関してよく聞く言葉は、「戦争は平和を害する行為であり、避けなければならない」というものである。戦争と平和が単なる選択の問題ならその通りだろうが、そのような戦争はほとんど存在しない。つまり、戦争を絶対悪とするのは、「戦争が起こるのには理由がある」ことを無視した無責任な解釈なのである。その無責任な解釈を根拠に行われがちなのが、(カバーに書かれた)“国連やNGOや他国による中途半端な人道介入”などである。

以上は表題の意味である。あえて繰り返すと:戦争と平和を単純に対立した概念と捉えるのは間違いであり、戦争は平和に至るプロセスであるという考え方をすべきである。戦争に至る原因は、平和の時代に二つの勢力(国家)の間に積み上げられた、不満と憎しみのエネルギーであり、それを燃焼し尽くすのが戦争である。途中で介入して戦争だけを止めても、その憎しみのエネルギーが残ったままでは、何の解決にもならないということである。

2)何故そのような介入をするのか? ルトワック氏は、それをビジネスとする人たちがいるからだと答える。その代表的なのが、国連や戦争難民を支援する非政府組織(NGO)などである。ビジネスだから、当然コスト(人的被害を含む)を最小にし、組織の持続と自分たちの利益を優先する。

そこには、平和を害する原因の根本的解決という視点はない。以下私流にいうと:そのビジネスが平和を享受しているその他多くの国家の国民たちに提供する(売る)のは、残忍な行為の除去と悲惨な状況にある子供達の救助という達成感であり、そのコストは介入する側の人員に対する被害と軍事介入の経費である。国連のように、加入者から労務提供を受ける場合もある。

売上金は加入者からの拠出金であり、利益は組織の継続維持と組織管理者の地位と給与である。しかし、カメラが回っている間だけ、目の前の悲惨な光景を取り除いても、それはカメラが捉えない新たない悲惨な光景の原因を作り出すだけの可能性が高い。この本では、その辺りを例を豊富にあげて解説している。そのように考えると国連という組織、特にそこが行う“人権ビジネス”がよくわかるような気がする。(補足1)

ここで、本書全体を通しての著者の考え方のエッセンスを一つ書くと、「人間でも動物でも、自然淘汰が種の保全をもたらした。そのプロセスに過剰に干渉することは(例えば、人権の無原則重視の文化)、人類にとってマイナスである。」ということである。戦争もそのプロセスの一つである。そして、戦争を完全に無くすることは国家や民族にとって不可能であるから、戦争にはならないように、そして、戦争になれば当然勝つべく、戦争に備えるべきである。

そのためには、国家のリーダーは戦略的に思考し行動しなければならない。(補足2)その為には戦略的思考法を身につける必要があり、それは一般的(つまり個人的)レベルの思考法とは根本的に異なる。私流に追加すれば、戦術的思考法、戦略的思考法など、思考法の多層性を理解しなければならないということになる。個人的な思考法では人命は地球より重い存在であるとしても、戦略的思考では人命を消耗品的に考える必要もある。

時間スケールも空間スケールも個人的思考と戦略的思考では全くことなる。戦略的思考の主体は国家(や民族)であり、一般的(個人的)思考の場合の主体が個人である場合とは異なるのは当然である。例を一般的思考法で表現したのが、「戦略のパラドキシャル・ロジック」(第6章)であり、それは例えば、「勝つことは次の負けに繋がる」などである。個人では一回の負けに巻き込まれれば全てが終わるが、戦略的思考の主体である国家は長期間存在し続けるのである。

3)この本には、日本の読者を意識した章もある。その部分には注意が必要である。何故なら、著者はアメリカ人だからである。

北朝鮮問題:

北朝鮮に対する日本の姿勢が、この本の120頁に以下のように書かれている。北朝鮮へ対応する日本の選択肢として、「降伏、先制攻撃、抑止、防衛」の4つがある。ところが日本はそのどれも選択していない。代わりに選択されているのが、「まあ、大丈夫だろう」という無責任な態度だ。

この記述自体は正しいのだが、重要な前提が書かれていない。つまり、北朝鮮問題の本質は、朝鮮戦争の再開である。そこで責任を持つのは、国連軍、北朝鮮軍、中国義勇軍であり、日本はそこには含まれない。北朝鮮問題を解決する責任を有する主な二つは、北朝鮮と米国である。勿論、米国の責任だといって、米国を攻撃(口撃)するだけでは、戦略的行動とは言えない。米国に先ずは正しい(日本の利益になるような)行動を要求すべきである。そこから、本に書かれた戦略を考えるべきである。

それに、日本政府が(吉田茂などは別にして)一貫して目指すのは、抑止という選択である。しかし、それを妨害する二大勢力として、米国と中国がある。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42722151.html

尖閣問題:

著者は国家公務員(海上保安庁など)の常駐を勧めているが、それは無責任な進言である。それを実行すれば中国軍が直ちに尖閣占領に乗り出す可能性が高いと思う。日本はこの戦いに既に負けている。それは現状日本に何の抑止力もないからである。この問題は既に考察したので、以下のサイトをご覧いただきたい。 https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43296137.html

以上の他に、200頁あまりの新書版であるが、有益な考え方が満載されている。これほど内容の濃い本は読んだことがないと言っても過言ではない。ぜひ読んでもらいたい本である。

補足:
1)国連女子差別撤廃委員会が、日本への勧告案に女系の女子にも「皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきだ」と勧告する文言が含まれていたという。一旦は削除されても、今後この種の干渉が続くだろう。 http://ironna.jp/article/3341

2)著者は戦略の専門家であり、日本の戦国武将の戦略も研究している。第7章で、武田信玄、織田信長、徳川家康の戦略について解説している。

2017年6月30日金曜日

国会及び内閣は緊急の問題を対象にするべき:稲田発言はそんなに大きな問題なのか?

1)現在の政界の陣容は貧弱である。そこで言葉狩りを始めたら機能不全に陥る。豊田議員の暴言は病的なので処理は簡単に済んだが、安倍総理の加計問題や稲田防衛庁長官の発言は、原則論としては重要だが、それほど大きな問題ではないのだから、未解決問題として暫く放置すべきであると思う。

稲田防衛庁長官の東京都議会選挙応援演説での失言は、野党及び自民党幹部の方々から批判を受けたのち、総理大臣が罷免しないと決断した。総理の決断が出た段階で、稲田氏の履歴に失言の一つとして書き込まれたことだけを残して、問題としては終わった。

この発言は、本質論では国家行政特に軍政の地方議会に対する干渉であり、不適切であると非難されるのは当然である。その問題点の論理は以下のサイトに解説されている。http://www.news24.jp/articles/2017/06/28/04365510.html

しかし、既に与党(総理がどのような指摘をしたか分からないが)が行った厳重注意で十分であり、今後国政をストップするほど大きな問題ではない。軍隊が政治に干渉することが危険であるというのはその通りであるが、地方議会であり国会など国政に対する干渉ではない。この国ではむしろ、地方自治体が軍政に干渉する方が著しく、現実問題として、軍隊のトップが政治に対して干渉する意図は、あの稲田氏の発言からは感じられない。

原則論は、数学者がやる場合には徹底してやっても絵になるが、政治家が原則論に拘るのは滑稽である。原則論をやれば、自衛隊が憲法9条第二項に違反していないのだから、軍隊ではない。従って、上記サイトの論理、つまり稲田氏を攻撃している論理は全くナンセンスである。自衛隊員は肩身が狭くなるのは問題だが、それを大きな問題として国会は取り上げたいのか?

全ての言葉狩りは原則論である。そして、ポリティックスという言葉が意味するように、政治の本来の姿は総合的に判断し決断することである。原則論の旗を振って、政治をするつもりになるのは、極左翼の姿勢である。

2)稲田氏が応援演説であのように言いたくなるのは分からないでもない。あの都民ファーストとやらが都議会を抑えてしまうと、国家の防衛体制に大きな影響がでる可能性があるからである。

現在、北朝鮮問題で何時何が起こるか分からない緊張した時間を自衛隊は過ごしている。また在日米軍の横田基地など重要な軍事施設が東京にある。稲田防衛大臣が危惧しているのが、極端な話ではあるが東京の沖縄化だとすれば、一言出てしまうのは無理なからぬことである。

都民ファーストのトップは元防衛大臣の小池百合子氏であるが、彼女は自分ファーストであることを既に豊洲問題で証明している。その政党というか小池自分党が東京都議会を抑えると、豊洲での失点を何か大きなことで挽回しようと考える可能性がある。

勿論、国防や国民の命に直接関わることでは、小池氏も国家に協力する筈である。しかし、地方自治体に所属する知事には国家の機密情報が与えられないので、間接的だが重要なところで国家行政にポピュリズム的反旗を掲げる可能性がある。

小池知事といえば豊洲問題であるが、その出発点は既存の腐敗した勢力との対決を演じる場として、豊洲新市場を選んだことである。大衆迎合的なパーフォーマンスを演じるために、極微量の地下水中ベンゼンを利用したのである。その異常さは、比較の対象としてふさわしいかどうか分からないが、豊田議員の暴言と大差ない。未だに安全を確保できなかったことにお詫びすると発言した位である。

稲田氏の言葉は、現在の非常に緊迫した国際環境の中で、日本の首都であり重要な軍事施設を有する東京都の政治を、小池自分党が抑えてしまう危険性を感じて思わず出たのではないだろうか。加計問題などと同様に、この問題も本質論から言えば大事だが、問題としては小さい。それらと、現在の異常な国際環境下で日本国民の命と安全を守るという、最大且つ本質論でも最重要な問題を見えなくすることは止めてもらいたい。

小さくても、目の前の木っ端一枚は熊をも隠すのである。もう両方共しばらく放置して、本来の問題に向かう姿勢を政治は見せてもらいたい。重ねて言うが、上記の総理に関する二つの問題は緊急の問題ではないので、後で評価すれば良いと思う。

== 原則論が好きな素人ですが、敢えて四面楚歌の稲田大臣を弁護しました。議論反論期待します。 ===

2017年6月29日木曜日

政治を世襲貴族から奪い返す方法

1)朝日新聞の記事から引用: 
東京都議選(7月2日投開票)に立候補した259人のうち、約3分の1は議員経験のない人たちだ。立候補を決める際、「仕事を辞めるかどうか」は大きな問題で、悩む人は少なくない。識者は、サラリーマンらが選挙に出やすくなる仕組み作りを提案する。

「仕事を続けたまま立候補できるなら、そうしたかった。」「仕事を続けながら立候補できるようにならないと、議会は世襲や家が裕福な人だけの世界になってしまう。」金融機関を退職することを決め、初めて選挙に出た30代の女性はそう話す。
http://www.asahi.com/articles/ASK6M5W49K6MUTIL038.html

この問題は非常に重要であるので、ここで考えて見たい。私も、上記立候補者と同じ意見である。都議選はあくまで地方選挙であるが、地方議員が国会議員への一里塚であると考えると、国政を含め政治を世襲貴族から一般国民の手に奪い返す方法として、仕事をしながら立候補できる道をつくる必要があると思う。

立候補者を一定の能力がある人に限ることは、議員の質の低下を防ぐ上で大事である。そのために、供託金制度が存在する。立候補のバリアとしてはこの制度のみにすべきである。それ以上に、仕事を辞めた場合の生涯賃金の大きな減少に対する覚悟を立候補に際して要求するのは、政治を世襲貴族か芸能人など金と知名度を既に得た人間の独占にしてしまう。

2)この問題を考える時、日本の労働市場の特殊性を同時に考える必要がある。「日本では何故、大学や高校を卒業した直後の4月にほとんどの人が就職するのか?」日本人のほとんどが当然と考えていることだが、そのことの異常性に注目してほしい。

これは、日本においては会社に入ることが仕事に就くことだけではなく、“会社の家来になる”という封建的な意味をもっていることと関係している。一斉に4月に入社するのは、その後退社せずに“出世”して、年功序列的に上昇する給与を考え、人生の全てが其処を起点に設計されることを意味している。

これは公務員で最も顕著な傾向であるが、大企業でも同じだろう。給与は仕事に対する賃金ではなく、奉公にたいする扶持或いは俸禄なのである。従って、非正規雇用者は会社の家来でないため、賃金も労働の対価としてのみ計算され、一般に低くなる。米国などでは、労働の流動性が高く、勤続年数や正規雇用と非正規雇用の別で賃金に差があまりないだろう。年齢を理由に採用などを決めるのは差別行為として禁じられている。 https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43274988.html

欧米のように仕事に対する賃金であれば、たとえ選挙に立候補して落選しても、次の日から同じ仕事を探して仕事につけば、同じ賃金を得ることができる。年齢と賃金の関係は、自分の技量と知識など仕事の能力を介した関係であり、その会社に長年“勤める”ことと、賃金や生活設計は無関係であるべきである。(補足1)

日本は近代国家だと思っている人が大半だろうが、日本には中世がいたるところに存在する。近代的な制度である政治を国民全てで行うという民主政は、未だに日本に根付いていないのである。立候補と離職の問題という視野で考えていたのでは、大きな問題にはできず、改革の方法が仮に見えたとしても(補足2)、既得権益を持つ勢力に潰されてしまうだろう。全ての問題は日本国の政治や文化など全体を視野に入れないと、解決はおろか問題の把握すらできないのである。

例えば、現状の教育制度のままでは、日本の労働市場の閉鎖性にも一定の根拠がある。(補足3)最低でも、会社からの立候補支援制度を法令化すべきである。このままでは政治家の質の低下は歯止めが効かず、「日本崩壊の危機」とか「日本が中国になる日」(補足4)がくる時まで続くだろう。

加計問題や森友問題、防衛大臣失言問題、全て政治家の質が諸外国に比べて極めて低いことが原因である。

補足:

1)仕事には各人の連携が必要であり、そこに人間関係のあり方が関係する。日本人は個人としては閉鎖的であり、人間関係も内向きである。これが終身雇用性と関係が深い。この独り立ちしない個人が、日本の民主主義政治を機能障害に陥らせていることは、既に小沢一郎氏(著というより編集というべき)の「日本改造計画」で指摘されている通りである。これは幼児教育や初等教育の重要な課題である。
2)法令で立候補者支援制度を各会社に義務付ける。例えば、「立候補して落選した場合には再雇用を義務付ける。その後の差別を設けない。」という制度を罰則付きの法令として定める。逆差別的な対応としては、社員1000人あたり5名程度の立候補を義務付けることも考えられるが、その種の法令が国会を通過するとは思えない。
3)一般に卒業後極短期間の準備で仕事を始められる状況にはないだろう。従って、給与を支払いながら教育を行うなどの人材への投資が必要となる。その場合、投資分を回収するだけの期間は会社に留まって仕事をしてもらわないと採算がとれない。日本の封建的な雇用制度の撤廃を一斉にする場合、その教育期間内の低い給与と一定の束縛年数を置くことを許可する規定は必要だろう。
4)いずれも、本の題名。両方とも説得力のある内容。

2017年6月26日月曜日

憲法改正を困難にしてきた自民党世襲議員たち

日本国民の政治的知識は極めて貧弱である。それは明治維新以来、薩長の下級武士出身者が政治を独占したことと関係が深いと思う。知識のない国民に憲法改正を叫んでも、その声は届かない。その件について、以下考える。

1)明治維新の初代は、改革の時代を生き抜いた者たちであったが、それ以降政治を担当した世襲の政治貴族の質は、低下するのが必然である。そして、欠点を多く持つ明治憲法を聖書のように受け取ってしまったのが、昭和の敗戦に繋がったのだと思う。(補足1)

ダイナミックな世界の姿に接した明治政府の初代の構成員が次第に消え、緊張感に欠け能力にも劣る2代目以降が政治貴族と化し、政治情報を独占するのが伝統化したのが日本政治の姿である。独占が必要なのは、公開してしまえば、自分たちの無能がバレて、政治貴族の地位を失うからである。

昭和憲法のケースも同様である。マッカーサー憲法が制定され、長州の吉田茂とその手下(吉田学校卒業生)という官僚的人間が政治を独占したために、昭和憲法が聖書化された。パージされた党人政治家たちが早期に復帰して、日本の政治を立て直しておれば、あるいは防げたかもしれない。それを邪魔した吉田茂らの罪は深い。(補足2)それを戦後の名宰相と考える政治評論家も、超保守的な日本の悲劇を演出する一派である。(補足3)

2)安倍総理は、流石に憲法改正の必要性を感じて、「臨時国会が終わる前に、衆参両院の憲法審査会に自民党案を提出したい」と述べ、秋から年内までを想定する臨時国会の会期中に、党改憲案を提出する方針を示した。https://mainichi.jp/articles/20170625/k00/00m/010/040000c

しかし、その必要性について国民に知らせる努力を政府はこれまで、実質的な意味でほとんどしてこなかった。つまり、国民は憲法改正の必要性を実感していないのである。北朝鮮問題は確かに大きな問題である。しかし本当の巨大な脅威は中国であり、現在の38度線の緊張が、いわゆる第一列島線に移動し中国の勢力下に入った統一朝鮮と対峙する時代がそこまで来ているのである。

北朝鮮のノドンミサイルは日本のほぼ全域を射程にいれているが、そこに核兵器を搭載するまでには至っていないだろう。しかし、中国の東風21という核ミサイルは既に24基、北朝鮮の近くに配備されて日本列島の主なポイントに照準を合わせている。(補足4)

中国は、核兵器を保持していない日本に照準を合わせ、核ミサイルを24基も配備している

のである。あのロシアでさえ、エリティン大統領の時代に、日本を核ミサイルの照準から外したと表明しているのである。

その事実をどれだけの日本人が知っているのか、また、日本国政府は知らせているのか? それらの事実を早い時期に知らされて、危機感を国民が持っていれば、憲法改正の必要性を自覚していただろう。喉元に包丁を突きつけられていることを知れば、日本人も生き物なら自衛手段が必要だと感じる筈だ。

自民党政権幹部や自民党議員たちは、国家のことよりも自分たちの子供や孫の仕事を考えて、簡単で楽な国会議員という職業をまるで貴族の地位のように世襲してきた。KGBのスパイとして働いて来た野党議員(何名かは判明している)たちも売国奴だが、彼らも同様に売国奴ではないのか。

補足:
1)天皇に陸海軍の統帥権を置いたのは、「明治政府は、薩長の田舎侍と下級貴族たちではなく、天皇が直接治める」という形を作りたかったからだろう。30年ほど経って、薩長の下級武士たちも立派な明治の元勲に見えて来た時に、憲法を改正して議会と内閣が政治の実権を持つ形に改憲すべきだったと思う。それは、明治天皇と明治の元勲たちの力関係が反転する前にやらなくては永久にできない。
2)朝鮮戦争の時には日本からも義勇兵が出ているし、国際的な緊張感があったと思う。それがなくなる前に憲法改正すべきだったと思う。李承晩の反日政策の時には、憲法改正の話はでなかったのだろうか?
3)6/25放送の「そこまで言って委員会NP」で橋本五郎とかいう読売系の政治評論家が、吉田茂や中曽根康弘らの歴代総理の業績を評価していた。第一位が中曽根康弘で第二位が吉田茂だった。吉田茂は、マッカーサーの言いなりになって、鳩山一郎や石橋湛山のパージに協力し、更にその復帰を遅らせ、その間に官僚たちを政治家にして自分の力を拡大しようとした(吉田学校)、とんでもない政治家だ。彼が一位にあげた中曽根康弘の自伝”自省録”の中に正にその様な吉田茂の評価が書かれている。読んでないのか?
4)DRC中国研究会、「日本が中国になる日」、光人社(2008)参照。

2017年6月25日日曜日

韓国と北朝鮮の今後について:米中の干渉と半島統合のプロセス

1)文在寅氏が韓国大統領になり、一部の政治評論家は南北朝鮮の統一を予想している。大統領に当選直後の文在寅には、日米との関係を正常に保つような姿勢があったが、徐々に本来の方向に進みつつある。統一の具体的な動きがあったとしても、そのプロセスについては、予想困難である。

そのような中で、先月末に米軍によるTHAADミサイルの追加搬入が行われたが、それが国防省から大統領府に報告がなかったとして、文在寅大統領は調査を指示した。http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM30H6Z_Q7A530C1FF1000/

また、昨日(6/24)ソウル都心において、THAAD反対集会が開かれた。全国から3000人があつまり、米国大使館前をデモ行進した。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170625-00027732-hankyoreh-kr これらの動きは、文在寅大統領の思惑通りだろう。

同じく昨日のニュースだが、テコンドーの世界選手権の開幕式に出席した文在寅大統領が、来年2月に開催される平昌五輪で南北統一チームをいくつかの種目で結成することを呼びかけた。

また、国際オリンピック委員会(IOC)の北朝鮮代表委員を務める張雄氏が23日、2018年平昌冬季五輪の南北共同開催案について、IOC会長と話し合うと明かした。この点については、韓国側はその動きを否定している。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170624-00000015-jij_afp-spo

このオリンピックを巡る動きは、韓国と北朝鮮との接近をどのように世界が捉えるかについての観測気球的なものだろう。

2)先月末のチャネル桜で、朝鮮半島情勢と日本を考える討論が放映された。その席で西岡力氏が、南北朝鮮の両方でレジームチェンジが起こりつつあると言う話をした。以下にその話を取り入れて、私の考えを紹介する。https://www.youtube.com/watch?v=i2HCA2ay4mE

北朝鮮の金日成はチリのアジェンデ政権(1970)の成立を見て、選挙でも革命が可能だと考えて韓国で工作を開始した。朴槿恵政権は、それらの勢力が浸透した韓国の中で孤島の様に浮いた存在であった。朴槿恵は、いくつかの具体的対応を行なったが、最終的に破れた。これが、朴槿恵大統領弾劾の真相だという。(補足1)

つまり、朴槿恵元大統領が一民間人である崔順実氏に国家機密を漏洩したと言う疑惑で逮捕収監された事件は、実は北朝鮮の勢力が浸透した韓国で、革命が始まろうとする(深層での大きなうねり)際の序曲的な現象だというのである。つまり、文在寅政権誕生はその大きなうねりの第一波ということになる。

また西岡氏は、脱北者で現在韓国情報関係の幹部職員をしている人の話として、現在の北朝鮮一般民における金正恩の支持率は30%程度であるという推測を紹介した。因みに、金日成時代は100%であり、次の 金正日時代は70%位の支持率だったという。

金正恩はトップではあるが、若くて専門的知識にも欠けるという劣等感を持っているという。幹部たちもそれを知っていて、専門的知識を披露して金正恩に何か進言することが、命の危険に繋がると考えているという。金正恩は未だに国家のトップの席に余裕をもって座っている状態ではないのである。

つまり、金日成の計画がまさに成就すると言う段階になったにも拘らず、金正恩は北朝鮮を崩壊の危機に落としいれようとしているというのである。現在、北朝鮮の幹部たちは、やがて改革開放の時代がくるので、それに備えて外貨を持っておこうと考えているという。従って、金正恩が文在寅の信号を上手く利用して、韓国を飲み込む形での統一達成は困難だろう。

一方、文在寅が目指すのは、韓国を米国の軛から解放すると同時に半島統一を韓国主導で行うことだろう。しかし、全ての準備を米国にも漏れないように行い、半島統一のシンボル的現象:ベルリンの壁崩壊のような象徴的な出来事を一晩でやり遂げる位のスピードがなければ、米国の干渉で実現しないだろう。ただ、大国の干渉を除けば、統一の壁は両方の歩み寄りが起こるレベルまで下がっていると思う。それを暗示しているのが、オリンピックを巡って揃ってきた両国の歩調だろう。

通常の遅いプロセスでことが進むのなら、朝鮮半島のことでありながら、実質的に決定権をもっているのは米国と中国だと思う。トランプは一定期間のモラトリアムを習近平に与えたが、一向に半島情勢に改善(米国の視点からの)がないので、再度米中の首脳会談が行われると思う。

川添恵子氏が言っているように、中国では未だに(水面下での)習近平と江沢民派の抗争があるとすれば、この秋のチャイナセブンの入れ替えなどで今後どの様に習近平の勢力基盤が変化するかが、朝鮮半島情勢を考える上で非常に重要だと思う。もし、北朝鮮と接する北部戦区も完全に習近平の支配下になれば、文在寅の思惑と違って北朝鮮がしっかりとした反韓国の国家として再出発することになると考えられる。(補足2)その場合、文在寅政権は短命に終わるのではないだろうか。

この遅いプロセスで事が運べば、日本もそれほど大きな被害はない。しかし、上で述べた電光石火の三十八度線消滅が起これば、核保持国としての統一朝鮮ができる。これは日本にとって悪夢の始まりだろう。

(以上は素人のメモです;20:30編集あり)

補足:
1)統合進歩党を解散させたり、全教組の非合法化、国定教科書を再開したりしたということが、その戦いの具体例として紹介された。全教祖については以下の記事を参照:http://japanese.donga.com/List/3/all/27/294395/1
2)川添恵子氏によれば、北部戦区は江沢民派の牙城だということである。

2017年6月23日金曜日

日本民族と日本国民、そして憲法の中の天皇

1)先日、勝谷誠彦著「ディアスポラ」を読み、民族とは何かについて考えた。上記小説の中で、ある組織の研究員の言葉として、次のような内容のセリフが書かれている。 “海にかこまれているという地理的理由から、「日本人」という考え方は自然に成立していた。しかし「民族」という概念は19世紀になって初めて出来たのである。近代になって、国家として島から外に押し出していくにあたり、まとまりを作ろうと慌てて作ったのが「民族」なる言葉なのだ。”

ここで、「日本人」と「日本民族」との違いは何なのだろうか。「日本人」と言う言葉は、言語学的には日本列島に住む人たちの意味で理解されているだろう。近代になって、「国家」「国民」という概念が出来、日本国籍を持つ者の意味が加わった。一方、「日本民族」という言葉は明確ではなく、それを言い出した人には単一民族であるという確認をその構成員に要求し、そこに意識を向けさせるという政治的意図があったと思う。

明治以前には、倭人とかアイヌ人という言葉はあったが、日本民族という言葉は無かった。「民族」という言葉自体、英語nationの翻訳語として1880年代に作られた言葉である。(補足1)学者が作った日本民族の構成図は以下のような6つの人種からなるものである。

つまり、天皇を頂点とする日本民族という思想は、明らかに明治維新以降の日本の国家としての統一(及び海外進出)のためと考えられる。これが、我々が天皇を考える時に最も重要なポイントである。江戸時代までは天皇はまさに天上の存在であった。しかし、明治以降は日本民族の頂点という人間の世界の存在となったとも言える(現人神)。つまり、新政府は天皇と一般国民とを接触可能な同じ空間に置き、しかも強固な上下の関係にあるとすることで、一般国民を天皇の為に働く存在にしたと思う。そのための具体的な装置が靖国神社である。

2)日本国が独立国としての軍隊をもち得るように憲法を改訂するには、日本国民に国家の意思決定の権利と責任が無ければならない。国家の意思がどこにあるのか、誰が日本軍の軍事行動の責任を取るのかが明確でないような国のまま軍隊を持てば、周辺諸国に迷惑な存在であると言わしめる根拠を与えてしまうことになる。

日本国の意思は日本国民の意思であるべきであり、それは上図の曖昧な定義しかない日本民族の意思で有ってはならないと思う。何故なら、外国から日本に帰化した人や自分がマイノリティーだと意識する人は、日本民族とは言えない可能性が高いからである。一方、過去の歴史において天皇に取り入った一部の人たちが、天皇の意思が日本民族(=日本国民)の意思だとして国家を動かしたことに十分注意すべきである。(補足2)

自民党の憲法草案の第一条に「日本国の元首は天皇である」と明確に書かれている。(補足3)国家の意思は元首の意思であるので、日本国民が選挙で選ぶことの出来ない天皇の意思が、国家の意思となる。内閣は天皇の権威の下で政治を行うことになり、内閣総理大臣が一旦政権をとると天皇の権威を着て国民の前に現れることになる。それは戦前と同様の無責任体制を生む可能性が高い。そのような企みが成立する以上、自民党草案の第一条は危険である。憲法改正にはその点を慎重に議論してもらいたい。

つまり、国民の意思で選ばれた、国会議員が総理大臣を選ぶ段階では、総理大臣は国民の意思を代表すると考えられなくもない。しかし、その後天皇の認証を経てその権威を着ることになれば、それは天皇の意思のincarnationである。この「日本民族」と「日本国民」の違いと、天皇の存在との関係を議論し明確にしていないところが、国論のねじれの原因になっているのではないだろうか。

我々日本人は独自軍を持ち、出来れば諸外国から一定の承認を得て核武装すべきである。そのためには、この国家の権力と責任の在り処を明確に国民におく憲法の制定が必要である。そして、その必要性を明確に意識するためには、明治維新以降の近代史の総括がなければならないと思う。

補足:
1)日本人内部の民族意識と概念の混乱、岡本雅亨、福岡県立大学人間社会学部紀要2011, vol19, 77-98. http://www.fukuoka-pu.ac.jp/kiyou/kiyo19_2/1902_okamoto.pdf
尚、ウイキペディアの民族の項目に以下の注意が書かれている。
日本語の民族の語には、近代国民国家の成立と密接な関係を有する政治的共同体の色の濃いnation の概念と、政治的共同体の形成や、集合的な主体をなしているという意識の有無とはかかわりなく、同一の文化習俗を有する集団として認識されるethnic group(ジュリアン・ハクスリーが考案)の概念の双方が十分区別されずに共存しているため、その使用においては一定の注意を要する。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%97%8F
2)明治維新は中央集権的な日本国家の創造であった。外様の薩長がその中心に位置するには、天皇の錦の御旗が必要だった。そして日本国での求心力を天皇に頼ったのである。中央集権国家の内閣や議会の権威が高まったところで、陸海軍の統帥権を内閣に戻さなかったことが、その後の大きな困難の原因となった。一定の時期が経過すれば、薩長が天皇の権威の遥か下になってしまうことは判っていた筈である。時期を逸すれば、何もできなくなるのである。
3)第一条 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。 因みに、今上天皇が昨年のテレビ放送で「象徴としての天皇のあり方」という言葉を何度も使われたのは、この自民党草案では駄目であると意識された結果だと想像する。

2017年6月22日木曜日

民族のアイデンティティーとは何か:勝谷誠彦著「ディアスポラ」の感想

1)ディアスポラは、撒き散らされたものの意味で、普通世界中に散らばったユダヤ人のことを指す。西暦70年のローマとの戦争でユダヤ人の大半が殺され、残ったユダヤ人は世界中に散らばった。本のカバーにはこのユダヤ戦争の絵が使われている。

先づ一言だけ、全体の印象について書いておく。これは非常に野心的な作品だが、設定と話の進行がかなり強引であり、ついていけない読者が大半だろうと思う。小説ではあるが、「民族」、「ナショナリスト(民族主義)」、そして「右翼」などを考える上でも、非常に参考になると思った。

この小説の設定は、以下の様である。原発の爆発事故か何かの大災害が起こり、日本人は最早日本列島には住めなくなる。そこで、生き残った人たちが難民として世界中に散らばることになる。国連の斡旋で一部が中国に受入てもらうことになり、一部は西チベットの高地で暮らすことになった。中国政府がチベット人の村メンシイの一角を強引に日本人キャンプとして提供したのである(補足1)。

管理人兵士を含めた漢人たちやチベットの現地の人たちと一緒に住み始めた日本人は、10数世帯であった。事故で亡くなった人の初盆が近づき、避難民たちもその準備を考えるところから話が始まる。

国連とも非常に太いパイプを持つ秘密組織から、国連職員として調査に送り込まれた諏訪という日本人が語り手である。諏訪の表向きの上司である国連職員のダヤンはユダヤ人であり、ユダヤ人としての話を時に応じてする。話の中心は、諏訪と親しい関係になった内田家の両親と18歳の娘の撫子である。

貧しいが比較的平穏な日々が続いてきたのだが、事の成り行き次第では日本人キャンプの住人全てにかかわる可能性が高い事件が起こる。重い高山病(補足2)に苦しみながら、帰国に備えて飲食店で不許可のアルバイトをしていた母親が、漢人の札付きに殴り殺され財布を盗られたのである。

真相が日本人キャンプを管理する二人の漢人兵士に知れ、犯人の漢人が重く裁かれることになった場合、漢人の援助で生きる日本人キャンプの住人全てに大きな困難が降りかかることになるだろう。最初に知った娘の撫子はそう考え、高山病の急激な悪化で死んだと考える事も出来るので、事件を伏せて死亡したことだけを漢人の係官に報告するつもりだと、諏訪や現地で得た男友達のナムゲルに告げる。そして、父親にも正確な話をしないと決める。諏訪は、撫子が日本にいたなら決してこのような逞しい若者にはならなかったであろうと思いながら、決心した後の彼女の涙に自分の袖を濡らす。

撫子は、年上のチベット人ナムゲルと付き合い始め、この地で漢人の下で生きる上での知恵を学んでいたのである。そして、母の受けた暴力を自分一人と、やがてナムゲルと結婚すれば生まれるだろう自分の子供が引き受けると覚悟を決めたのである。撫子はナムゲルの協力を得て、母親をチベットの風習に従ってあの世におくる決心をする。鳥葬である。(補足3)

2)国連職員として調査に送り込まれた諏訪が、日本人たちの様子を秘密裏にリポートするのだが、その秘密組織は日本民族が再び集まった時に、求心力を持つことができるかどうかに関心があるという。(補足4)当然のこととして、世界にばら撒かれながら2000年という長期間、民族のアイデンティティーを保持したユダヤ人達と比較される。

この本の主題は「民族」とは、そして「民族のアイデンティティー」とは何か、という問題である。語り手の諏訪とユダヤ人の国連職員ダヤンとの対話が参考になる。その部分を以下にピックアップする。

そもそも「民族」とは何なのか。その答えは、諏訪をチベットに送り込んだ組織の主任研究員の言葉として語られている。民族という概念は19世紀になって初めて出来たのである。海にかこまれているという地理的理由から、「日本人」という考え方は自然に成立していたが、近代になって、国家として島から外に押し出していくにあたり、まとまりを作ろうと慌てて作ったのが民族なる言葉なのだと。

では、ユダヤ人の場合はどうなのか? 強いユダヤ信仰についての型どおりの話のあと、ダヤンは本音を言う:「我々の神様だって、そんなに力があるわけじゃない。そのことだけで、民族としての結束が保たれてきたと思うほど私は単純じゃない」と。そして、ユダヤの民も北宋の時代に大勢中国にやってきたことがあるが、水に落とした塩のように消えてしまったと語る。

中国は元々は鷹揚な国であり、清の時代まではチベットには漢人は住んではいけなかったという位であった。そのような環境では、ユダヤの信仰もそれほど必要ではなかったのである。つまり、大事な信仰だからそれを護り通したと言うよりも、周囲(同じ一神教の貧しい人たち)の抑圧から自分たちを守るための団結の印として、その教えを彼らは堅持したということなのだろう。 現在国際政治の場面で話題になっている強固な信仰も、豊かで障害のない日常が彼らに約束されたなら、徐々に消え去るのだろう。

3)宗教や民族のアイデンティティー、更に民族ごとの伝統も、人が協力して困難を乗り越えて生きるための「他の人との間に懸ける橋」のようなものだと思う。あらゆる困難がなくなれば、それらは全て必要がなくなるだろう。しかし、人間としてのアイデンティティーとは、実はその「人と人の間に懸ける橋」にある。

豊かで平和な時代になり、そして全てをデジタル技術とロボットが担当する時代になった時、他人との協力が無くても生きられる。その結果、人は人間ではなくなるのではないだろうか。既にその時代は始まっている。この小説を読み、そのように私は思った。

補足:
1)場所は西チベット国道219号上の小さな町メンシイである。その近くにチベット仏教の信仰の山カイラス山がある。標高6638mの美しい独立峰である。(グーグルマップでの写真<=Click 時間がかかります。)
2)標高約4500mのこの村での酸素濃度は平地の約半分であり、慢性化した高山病は低地に移らなければ治らないとのこと。肺水腫になっていたと書かれている。
3)早朝、山の上の決まった場所に遺体を運ぶ。僧侶がお経を上げた後、死体の処理人が少し離れた場所に遺体を運び、そこでバラバラに解体するのである。処理人が去ったあとは、集団となって舞い降りてくる禿鷹の仕事である。
4)p34に、「世界中に散った日本人たちの集団の中に、新たなる「核」が生まれつつあるのか。“組織”の彼らは少なくともそれが知りたいのだ」「核を見つけ出して日本人を一つにまとめようとする意図と、それに対してどこかから莫大な資金が出ているらしいことに、きな臭い匂いを感じる」という記述がある。私にはこの部分の意味が今一つわからない。
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2017年6月20日火曜日

政治の舞台を演出する極少数の人たち

1)岡田英弘の「歴史とはなにか」に、歴史は科学ではなく文学であると書かれている。その言葉は、“人類に生じた事実の時系列的整理とそれらの相互関係の解明”が、①どのような事実を取り上げるのか;②相互関係の解釈をどう記載するか、という二つのバリエーションに対応して、無数の歴史が存在しうることを示している。

学校教育では、時の権力(政府)が認めた事実とその物語を教えている。時の権力の意向に沿った歴史を「正史」といい、私的な解釈で作り上げた歴史を「外史」というが、ほとんどの人は一生、“正史の歴史観”から抜け出すことはないだろう。つまり、歴史教育は歴史に関する洗脳とも言える。

太古の人類に起こった出来事が対象の場合(つまり、考古学)、それらを見る視線の方向に、その時代(近現代)の民族や国家に起因する違いはない。しかし、現存の民族や国家がプレイヤーとなっている過去の出来事に関する物語(つまり歴史)は、それを語る国家や民族毎に、それらの名誉と利益を毀損しないように作り上げられる。

例えば、アジア最古の歴史書の史記は、武帝の正統性を語るという明確な目的の下に書かれた物語、つまり正史(の世界最古のもの)である。それに他民族の視点での“事実”が書かれている保証はない。それは日本書紀も同じであり、古代日本の真実がわかると考える方々の姿勢は滑稽である。

この正史の性質と役割は、近現代史でも同じだろう。つまり、現在我々日本人が知る世界の出来事は、日本及び同盟国(米国)の権力により選別と解釈を経たものであり、将来「正史」に組み込まれる“出来事”のみだろう。それらをそのまま信じていては、世界の動きの真相は見えない。(補足1)

以下に近代の歴史的出来事について、正史からのバリエーションの例をあげる。日本の正史において、高く評価されている吉田茂元総理の話、そして、もっと広く近現代史全体の流れについてである。

2)吉田茂は、占領軍に対しても卑屈でない国士であったという「正史」ができ上がっているように思える。しかし最近読んだ、鬼塚英昭著の「白洲次郎の嘘」には全く違うことが書いてある。吉田茂が部下として重用していた白洲次郎は、外国人(ジャーディン・マセソン商会;補足2)の操り人形であったと書かれている。また、吉田茂の父(吉田健三)は、そのユダヤ系の会社の番頭であったという。彼らは、GHQの政策に協力する一方、GHQを利用して自分たちと上記外資の利権確保のために働いたと書かれている。

GHQは占領政策として、日本の無力化を徹底して行うために、優秀な政治家や官僚を公職から追放(パージ)した。吉田と白洲は、それに乗じて自分たちの権力保持のために、鳩山一郎等有力政治家のパージに協力的に振る舞ったと書かれている。GHQのパージの理由は、将来の日本のことを考える政治家が日本政府の中にいると、占領政策が円滑に進まないことである。吉田茂は新憲法制定時の総理大臣(第一次吉田内閣)であったが、憲法条文などにほとんど注文など付けなかった。つまり、GHQの思惑通り、ことが運んだのである。

吉田茂は、戦後日本の再生に最も大事なサンフランシスコ講和条約(1951/9/8署名)の前後6年間(1948/10〜1954/12二次〜五次吉田内閣)にも総理大臣であったが、日本の骨格作りに尽力しなかった。これらの指摘は、著者の偏見でも筆者の思い込みでもない。例えば、当時官僚として働いていた中曽根康弘元総理の自伝「自省録」に、上記内容と整合性のある吉田評:「吉田茂は狡猾で、鳩山一郎などの公職への復帰を嫌がっていた」が書かれている。(補足3)

3)日露戦争において日本が勝ち、ロシアではその戦争への疲弊もあって共産革命が起こった。更に、第二次大戦後、中国では毛沢東が蒋介石を追い出し、共産中国ができた。そして、共産圏と自由主義圏との冷戦の時代が数十年続いた。これらの世界史の流れは、正史では“個別の主体性を持った国家とその勢力が衝突して、未知の領域に進んだ結果”という歴史観で書かれている。しかし、実は複数の歴史のプレイヤー(国家など)を操る別の存在があった、つまり一定の部分については計画があったという解釈が存在する。

日露戦争の資金調達に米国に向かった高橋是清の努力の結果、日本は米国ユダヤ系資本家のヤコブ・シフから多額の軍資金を借りることに成功し、米国大統領の仲介もあって、やっとのことでロシアに勝利することができた。その融資の理由も、帝政ロシアを潰す意思を持った勢力が金を貸した側にあり、その思惑通り日本が動いたというのである。その後のロシア革命も、同じく裏の権力者の計画どおりだったというのである。

鬼塚英昭著「20世紀のファウスト」は第1章で、米国ユダヤ資本のソ連革命への資金的援助が書かれている。また、マルクス他、レーニンやスターリンなど主なロシアの革命家も全てユダヤ人だったと書かれている(83頁)。中国の共産革命も、それまであった蒋介石への強力な援助がなくなったのが理由であり、それも歴史の表面でのプレイヤー(毛沢東と蒋介石が代表する両勢力)とは別の勢力の計画があったというのである。もちろん、何もかも予定通りに進むわけはないが。

4)正史の裏で歴史を動かすのは、お金と人のネットワークである。資金は何よりも大きな力の源泉であることを疑う人はいないだろう。(補足4)しかし、日本のメディアに出る代表的評論家たちは、秘密組織やユダヤの人脈などを持ち出して歴史を解釈するのは陰謀論であり、陰謀論に嵌るのは知的頽廃であると語る人が主流である。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42023202.html

しかし、例えばイエール大学という米国の名門大学の秀才のみ(毎年15名と言われる)に限られた、スカル&ボーンズ(秘密結社)の意味が分からなければ、近現代史の詳細な解釈は出来ないだろう。世界に多く存在する秘密結社や秘密の人脈に対して目を閉じる態度こそ、知的頽廃ではないのか。

スカル&ボーンズの入会儀式は、その“墓(The tomb)”とよばれる部屋の中で行われる不可解なもの、死と蘇生の儀式である。そのメンバーの顔ぶれの大きさは、背後の力としてその役割が想像される。例えばジョージ・ブッシュ(父子とも)元大統領、CIAの母と呼ばれるジェームズ・アングルトン、前国務長官のJohn Kerry、TimeやFortuneといった雑誌の創刊者、巨大資本Morgan Stanleyや最大の物流会社FEDex などの設立者、などなどである。その存在はよく知られているが、その会員たち(Bones)からは何も聞けない組織なのである。

2004年の大統領選では民主党からの候補JohnKerryもSkull & Bonesの同窓会メンバーだった。GeorgeW. Bushは自伝のなかで、大学4年の時に会員になったが、それ以上は言えないと書いている。有力大統領候補の二人ともBonesmenだったことの意味を問われて、ケリー氏は「Not much,because it’s a secret」(多くは喋れない。それは秘密だから)と答えた。

以上、スカル&ボーンズに限って少し紹介したが、世界には数多くの政治的私的組織がある。英米をまたぐエリザベス女王をパトロンとするピルグリムソサエティーもその一つである。それらと、正式な国家組織であるNSA、CIA、FBIなどと密接な関係がある可能性もある。それらを無視した正史とは、民主社会で主権者のワッペンを貼った凡庸なる大多数の市民を誤魔化すための装置であり、その装置を動かすのはテレビなどによく出る例えば元官僚の評論家たちである。

補足:
(1)イスラム教圏とキリスト教圏の争い、例えばアラブの春とかイスラム国の報道は、キリスト教圏特に英米の視点での報道に我々は接している。そして以下の紹介記事にあるような何か変だなということがあっても、大手の報道には現れない。 https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42995339.html
https://blogs.yahoo.co.jp/mohkorigori/56807658.html
(2)中国広州に設立された英国の会社。アヘン戦争に深く関わっている。アヘン貿易で財を築き、現在も国際コングリマットとして存在している。
(3)中曽根氏の自省録49〜50頁にはこのように書かれている。「(吉田茂は)狡猾な人で、様々な局面でマッカーサーの虎の威を借りていることがあからさまでした。」「我々青年将校だけではとても国は支えられないから、急いで追放解除を実現してもっと老練な政治家を復帰させて日本を再建しようと、追放解除運動をやったことがあります。しかし、吉田さんは追放解除をかなり嫌がっていました。」「重光さんや鳩山さんが自主防衛とそのための憲法改正を主張すると、それに対抗するために当時の左翼的雰囲気に迎合して安易な方向に行った。吉田さんの本質はオポチュニストでした。」
(4)明治維新も類似の資金が流れてこなければ、失敗しただろう。長州に最新式のスナイドル銃やスペンサー銃を買う金など元々なかったのだから。同様に、最近の北朝鮮のミサイルのお金がどこから流れているかが、その背後に隠れている勢力を明らかにする鍵である。
(5)https://en.wikipedia.org/wiki/Skull_and_Bones

2017年6月17日土曜日

理系人間と文系人間の考え方と日本の弱点

1)日本での話だが、理系人間と文系人間は考え方にかなりの差がある。それを強く感じるのが、最近の豊洲問題や放射線被曝事件における報道等を見たときである。

この国の行政や各種団体の管理運営などの担当者等には圧倒的に文系の人が多い。彼らの考え方には一定の特徴があり、そして、その考え方が出身大学の学部等(文系)とかなり相関があるのなら、それは文系人間の思考パターンといえるのではないだろうか。以下は、それらと筆者の思考が理系パターンであると考えて導きだしたものである。

もちろん、世の中の人間を理系と文系に分類するのはあまりにも大雑把である。以下は、人間の思考パターンをいくつかあげて、それらが人の群の中に偏在し、その偏在は職業や受ける教育課程などとも強い相関があるという話である。以上を承知のうえ、あえて文系と理系という言葉を用いる(補足1)。

先ず、私が考える理系人間と文系人間の思考パターンを要約してみる。
①理系人間は、自然現象への理解を通して、因果関係、相関関係、集合論的関係などを意識して前面に出した思考パターンをとる。
②文系人間は、人の心理や社会文化に対する思考を通して、人と人の繋がり、社会と個人の関係などを前面に出した思考をする。
③文系人間の視点は自己から他に向かって広がり、思考は各論的且つ現実的である。反対に理系人間の視点は原点に向かい、思考は原理的且つ理想的である。

また③は、理系人間は前提を置かない思考、つまりゼロ(原点)からの思考が得意であるが、それは既に存在している前提を看過する傾向がある。そこから、大きな間違いにつながる可能性がある。それを避けるには、上記以外の知性の部分としての想像力や直感力、そして美的感覚が大切である。

以前のブログで知的能力を、1。記憶力、2。論理・分析力、3。想像力、4。直感力、5。空間的時間的感覚、6。美的感覚、に分けて、それらは生命体としての能力の一面であると書いた。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42404287.html 上記の①〜③は、知的能力の1。と2。に焦点を当てた分類である。因みに、大学などの入試も現状ではほとんど、記憶力と論理分析力に関してなされている。

一方、文系人間は、原点からの思考がなく、これまでの前提を不可避の条件と考える知的怠慢の傾向がある。それでは欧米の感覚での普通の改革すらできない可能性がある。改革には常に飛躍が伴うからである。それは、憲法改正や社会の構造改革の問題などに手間取る日本の姿の原因なのではないかと思う。

2)幼少期にはだれもが自然に対する関心を持つが、成長に伴い人と人が作り出した文化に関心を持つようになる。理系人間は、自然に対する関心が自然に対する理解に進み、その深まった興味と理解の正のFeed Back Loopにより、自然科学的な分野を自分の進路に選ぶことになる。自然の成り立ちと運動は、人間とその集合のそれらよりも理解しやすく、比較的容易にそれらを支配する法則に到達できる。論理的能力は、基本的仮説(法則)から自然現象を頭のなかで再構成する際に必須である。以上が、上記①の思考傾向の由来である。

原点から多くの思考の階段を登る際、途中に考慮すべき束縛条件(捕捉2)などへの注意が欠けると、結果として極端で間違った判断に到達する可能性がある。その際、原点から最後の結論まで見通すには、直感力を必要とする。それに欠ける場合、自己の優れた思考力への過信から過激な原理主義に走る可能性がある。

連合赤軍を牛耳っていた、坂東國男と永田洋子やその他の中心メンバーに理系が多い。また、東大闘争の全共闘代表の山本義隆は東大物理学科でも秀才だった。彼らは、遠くを見通す直感力や想像力にかけていたと思う。

文系人間の犯した間違いというか社会の停滞は、既に上に書いた。最近の例では、豊洲市場問題などもその典型である。問題の出発点にあったのは、ベンゼンによる地下水の汚染に対して「人体に対する危険性の定量的把握」という視点が全く都知事に欠けていたことである。

地下水中の環境基準(飲用としての適性)の77倍のベンゼンの危険性を正しく理解するためには、他の多くの危険性と定量的に比較検討することが必須である。この経緯を見ていると、そのような原理的及び論理的考察の形跡がほとんどない。その結果、地下水中の少量のベンゼンという小さな危険(補足3)と、長期間の努力と多額の出費をして建設した豊洲市場への移転を延期するという大きな危険とを交換してしまったのである。

3)幼少〜青少年期に特別な教育が行われなければ、知能に優れた子供は最初理系人間に向かうのではないだろうか。人間は、元々自然の中で生きる動物だからである。一方、高度な社会の中で生きる知恵を、特別なレベル、つまり社会のリーダーに必要なレベルにまで育てるには、早期にその目的を意識した教育が必要であると思う。(捕捉4)

つまり、幼少期に出会う自然の理解と興味の正のfeed back loop から、子供を一旦取り戻す教育の文化がなければ、優秀な国家のリーダーとなるような人材を育てるられないと思う。日本の弱点は、この優秀なる社会のリーダーを育てるメカニズムがほとんどないことだと思う。

補足:
(1)大学の学部への所属数から、理系文系の人数を文部科学省のサイトから拾ってみる。学生を文系(人文、社会科学系)、理系(医歯薬含む)、そのほか(家政、体育、芸術など)に分けた場合の人数比は、平成15年のデータで、理系が28%、文系が55%、その他17 %である。http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04011501/002/001.htm#1
(2)束縛条件とは最適化問題や運動の問題を考える際に、変数に与える条件のことである。
(3)飲料に供するレベルまで豊洲の地下水を浄化する必要などない。この件、昨年の9月30日詳細に論じた。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42994605.html
(4)米国は階層社会であり、上層部にはグロートン校などの全寮制名門校からアイビーリーグの名門大学に入るコースがある。グロートン校の卒業生には、アチソン国務長官(トルーマン政権下)、ジョセフ・グルー(元駐日大使)、アベレル・ハリマン(元ソ連大使、“桂ハリマン協定”のハリマンの息子)など歴史上の人物も多い。

2017年6月14日水曜日

憲法9条改正に反対する憲法学の権威

1)日本の知性のトップ層を育成するのは、主に東京大学を筆頭とする有名大学である。その東大の憲法学の教授は、日本が憲法9条を改正して独自軍を持つことに反対している。その根拠であるが、実に異常な論理展開を経て導きだしている。この最高学府の憲法学教授や低い質の政治家などから、日本全国の文系学部のレベルが非常に低いのではないかという危惧を抱く。(補足1)

上記東大の石川教授は、国家の防衛と国民の生命を守ることが政治の責任であり、憲法を守ることに優先することが解っていないのか、日本国民に悪意を持つのかの、どちらかである。正式な軍隊と十分な防衛能力がないのだから、準緊急時である現在、憲法を拡大解釈して集団的自衛権行使を可能にするのは至極当然である。

石川教授は、下に引用する討論の中で安倍政権の安保法制はクーデターだと言っている。そうだとしても、その責任は行政にはない。憲法を変更しなかった立法と、自衛隊が違憲だという判断をしなかった司法の責任である。(補足2)別の切り方をすれば、憲法を現状のまま固定化しようとする勢力の責任である。マクロにみれば、それは無知な国民の責任なのだが、更に視野に時間の座標も入れて4次元に拡大すれば、その原因として日本の不幸な歴史が存在する(補足3)。

2)東大の憲法学の石川教授の憲法感を以下に考察する。

石川氏の憲法に関する考えは、毎日新聞2017年5月3日(東京)の記事に討論の形で掲載されている。https://mainichi.jp/articles/20170503/ddm/004/070/044000c

上記記事の中から要点をピックアップすれば、以下の用になると思う。
①自衛隊創設については違憲論が有力だが、法解釈をやっている人間から言えば、政府の合憲論も導き出せないことはない。
②状況は変遷したが、同盟政策を排除する9条の規範があったおかげでアメリカに「あまり要求しないで」と言えたし、危険な状況に日本が陥らずに済んだ面がある。

(E・H・カーは著書「危機の二十年」において、国際政治におけるユートピアニズムとリアリズムの両方を意識することの必要性を論じている。その指摘のあと以下の様に述べている。)
③生存権の憲法25条も戦争放棄の9条も、そうしたユートピアを制度化したものである。現実とは距離のある観念を(現行)憲法はあえて置く。ユートピアニズムが制度化された中での、より強靱なリアリズム。戦後の国際政治、安全保障がめざすべきはそれであって、安易な同盟政策のリアリズムではないように思う。

この3つの意見とも、私は間違っていると思う。
①最初の法解釈学的に自衛隊は憲法9条に違反していないという意見は、言語もそれを用いた論理も否定している(補足4)。自衛隊はどう見ても戦力であり、自衛の為に戦うことは「国の交戦権」の発動である。中学生でもできる日本語の自然な解釈である。

②9条があったお陰でアメリカの要求を排除できたというが、それは本来の独立国になることを自ら放棄する論理である。「子供ですから強盗と戦っている人にも協力できません」と言っているに過ぎない。

③理想主義を憲法に書くべきとは、恐らくE.H.カーは言っていないだろう(私はまだ読んではいないが、想像はつく。(補足5))。理想を憲法に書いてしまえば、それは理想でなく不自由な現実になる。それが現在の日本の姿である。(馬鹿だこの教授は)

周辺諸国が現実主義で動いてきた歴史を考えれば、ユートピア思想で国家を縛ることは、民族の滅亡につながる。石川教授は、マオリ族にほとんど全滅させられたモリオリ族(平和主義的)の悲劇を知らないのか、日本がモリオリ族の様になることを希望しているかのどちらかだろう。

補足:
1)日本では、大学のポストはレベルの低い教授の恣意的基準で補充されている。しかし、自然科学分野では学問そのものが国際化されているため、例えば米国の学会誌などに論文が投稿できなければ、研究者として評価されない。その淘汰メカニズムがかろうじて大学人のレベルを維持していると思う。一方、文化系学部では、厳格な国際的物差しがないため、理系部門以上に大学のレベルが低下するのだろう。
2)最高裁は、行政に阿り自衛隊が憲法9条2項に違反しないという判断を示した。それを立法は利用して、改憲の議論という自分の国会での椅子をかけた仕事をしなかった。つまり、日本では三権分立など有名無実化しているのである。
3)米国の占領から独立を回復して、もう65年になる。しかし、未だに米軍が駐留し、日本には独自軍が憲法上存在しない。そのテイタラクの原因は、独立後の最も大事な10年程の間に、売国奴的政治家が日本の舵取りをしたのが原因の一つだろう。人の誕生後も、最初の10年ほどは人格の大枠ができるので非常に大事である。戦後の売国奴的政治については、例えば、鬼塚英昭著「白洲次郎の嘘」を参照。その歴史の直視など、国家も国民も全くできていない。
4)キリスト教では、言語は論理であり、神である。(ヨハネによる福音書冒頭)
5)この本は読んでいない。私は、国際政治が一つの標準的規範を作るには、構成国が現実主義の他に理想主義を強く意識する必要があると思う。その意識を最も強く持っているのが日本国であり、日本国を取り巻く大国の内、日本の安全に最も重要な影響を与える中国には、その意識が希薄だと思う。米国は理想主義を意識しているが、力の政治にうったえる傾向の方が強い。 

加計学園問題:国家戦略特区での獣医学部増設という不思議

新しい大学や学部の増設を国家戦略特区で行う場合、それがその特区の目的に直結したものであり、卒業生の一定数がその特区内で就職することを前提としなければならない。しかし、今治での獣医学部増設がそれにあたるかどうかという、基本的な議論がマスコミなどでなされたことを聞いたことがない。

国家戦略特別区域及び区域方針は総理官邸のHPにある。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/160129_kuiki_houshin.pdf そこに書かれた特区の考え方は、「経済社会の構造改革を重点的に推進することにより、産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点の形成を促進する観点から、国が定めた国家戦略特別区域において、規制改革等の施策を総合的かつ集中的に推進する」である。(補足1)

全国10箇所の特区の区域方針には、イノベーション、グローバル、チャレンジング、ベンチャー、ビッグデータ、ホスピタリティー・サービス、国際競争力、近未来技術、国際的ビジネスなどの言葉が、官僚の決まり文句的な文章の中に散在し、それを読んでいるとまるで霞ヶ関教のお経のよう感じる。

「広島県・愛媛県今治市」の特区の目標は以下の様に書かれている:
「しまなみ海道(西瀬戸自動車道)」で繋がる広島県と今治市において、多様な外国人材を積極的に受け入れるとともに、産・学・官の保有するビッグデータを最大限に活用し、観光・教育・創業などの多くの分野におけるイノベーションを創出する。

この特区を利用した今治市での事業展開について具体的な議論は、今治市分科会でなされている。この会議の要旨等は、首相官邸>会議等一覧。地方創生推進事務局>国家戦略特区>国家戦略特別区域会議>広島県・今治市>今治市分科会というディレクトリーに掲載されている。 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/hiroshimaken_imabarishi/imabari.html

平成28年9月21日及び平成29年1月12日に会議を開いて、道の駅の設置を民間事業者にさせるという提案と加計学園の獣医学部設置の提案の二つについて報告を行なっている。議論らしきものは見当たらない。この提案では、獣医師免許保持者は不足しているという主張がされているが、数字を上げた議論は全くない。実際には以前のブログで紹介した様に決して不足していない(https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43295162.html)。

特区の計画にあった、多様な外国人受け入れ、ビッグデータ活用、イノベーションとかとの関連はどうなっているのかも、さっぱり分からない。獣医学部で感染症の研究を行うなんて、この計画とは何の関係もない。とにかく「初めに結論ありき」の話の様に思える。

以上、加計学園の獣医学部を今治に経済特区を設けて設置する計画に関する政府と今治市の計画書を紹介した。私の意見だが、説得力は皆無である。この計画に合理性がない以上、現在の総理周辺のスキャンダル的な疑惑は、真実であると思わざるを得ない。

追加:岸博幸氏がこの件議論している。四国に獣医学科がないから今治に獣医学部を作るのは妥当だとうだけでは、動機を議論するにしては非常に貧弱である。獣医師としての教育には農学部の他学科が近くにある方が良い。愛媛県なら愛媛大に農学部があるのだから、獣医学科を作るのならそこにすべきである。6年後にようやく一期生が卒業するが、一人前になるには人脈もひつようだろう。そう考えるのなら、近くの山口大の獣医学科卒業生をリクルートする方が早い。どうせ半分は獣医と関係のない仕事をしているのだから。 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/170612/plt17061223560027-n1.html 岸氏は政権寄りで、この件に関係している師匠の竹中平蔵氏を応援したいのだろう。

補足:
1)内閣総理官邸のHPに国家戦略特区のページがあり、上記概略説明の見出しが“「岩盤規制」改革の突破口”である。こんな表題をつけることに驚く。規制があるとしても、それを岩盤と形容する神経がわからない。長年自民党政権が続いて来ても打ち破れない岩盤とは、一体だれが築いたのか?行政と立法を担当してきたのは自民党ではないのか? 規制撤廃など、やる気になれば一晩でできる権力を握っているのは自民党ではないのか。その権力を持っているからこそ、意味の分からない計画をつくって、総理の仲良しに獣医学部増設させることもできるのだ。

2017年6月11日日曜日

「トランプ外交の行方と新世界の秩序」(channel Sakura)のまとめと感想

SAKURASO TVの表題の番組を視聴した。何時も同じ感想を持つのだが、この放送のみが日本の防衛と安全について、まともな材料を提供してくれる。NHKや他の民放はまさにマスゴミである。今回の議論は、トランプ政権の世界戦略に始まり、最後はいつものことだが、日本の極めて不完全な防衛体制についての話になった。まとめと感想をいかに書く。 https://www.youtube.com/watch?v=wr7sf4T5Gr4&t=5971s

1)最初に、トランプ大統領の始めての外遊についての分析があった。トランプ大統領が今回訪問した国家は、サウジアラビア、イスラエル、そしてバチカンであり、その後にイタリアでのG7に参加した。

サウジアラビアに訪問した際、殆どのスンニ派の国のトップも参加して、まるで新しいタイプのアラブ連合と米国の交流会のように映った。それはサウジなどのスンニ派の国家とその他イランなどの国々(シーア派)との間に明確な一線を引くというのが、トランプの姿勢であることを示している。それを見た人の頭には、大統領が屡々言及している「イランとの核合意」を見直すという言葉が浮かんだだろう。

次の訪問国イスラエルでは、米国の現職大統領としては始めて”嘆きの壁”を訪れその前で黙祷した。イスラエルに対する最高の敬意を示した。この二つの国の訪問とそこでの外交は、トランプがイスラエルとサウジアラビアを中心とした国々との新しい協調関係を仲介出来るかもしれないというのが、馬渕睦夫氏と関岡英之氏の意見であった。

そして馬淵氏は、トランプがユダヤ人を二分し、イスラエルのユダヤ人をサポートするために中東和平の実現を目指し、世界に散らばったユダヤ人(Diaspora;ディアスポラ)のグローバリズムに対決するという戦略のモデルを披露した。これはこれまでのトランプのアメリカンファーストと以上二つの訪問国での外交を理解する上で、良くわかるモデルであると思う。(補足1)

ここで気になるのが、最近のカタール(スンニ派)とサウジアラビア等との外交断絶である。カタールはイランとの関係を重視する立場にあるのだが、この激しい対立の意味については出席者たちにも明確な解釈はなかった。カタールには米軍基地があるだけに、気になるところである。

2)日本は自国の防衛を完全に米国との同盟に頼っている。その防衛システムが信頼性を今後維持できるのは、日本の憲法改正などの努力と米国が最後まで極東の安全にコミットする意志(つまりメリット)がある場合のみである。その点についての議論では、「米国にそれだけの核心的な理由はない」が結論であった。(勿論、経済的にはアジアは大きな取引先であるが、それは核心的とは言えないのだろう。)

この米国側が極東の安全にそれほど大きな関心がないという事は、カールビンソンとドナルドレーガンが撤収を始めたことと関係があるかもしれない。そして、何よりも決定的なのはトランプ大統領の政治的な関心は主に中東にあるという事実である。また、就任前に日本も韓国も核武装すれば良いと言ったのは、トランプ外交の中心はアジアではないということである。

前大統領のオバマは、米国は太平洋国家であると言ったが、トランプは「米国はキリスト教国家であり、従って、大西洋国家である」ことを態度で示した。また、トランプは予算配分でも国防省+10%、国務省−30%と言っており、外交を選択的重点的に行うことを明確にしている。確かに、国務長官や国防長官は東アジアを早期訪問したが、それは差し当たりの北朝鮮問題への対処が目的である。問題が困難になれば、撤退する可能性がある。

つまり、トランプのアジア戦略は日本にとっては不安である。最近、安倍総理が一帯一路構想も評価するという発言をしているが、それはトランプのアジア外交の限界を意識してのことだろう。

3)中国の世界戦略と日本との関係: AIIBや一帯一路政策はあまりうまく進展していないが、軍事的には急速に力をつけている。サイバー攻撃や衛星を利用した攻撃能力などの開発に力を入れている。中国の多量の中距離ミサイルでは、日本及び日本近海の米国艦船の脅威となっており、その結果米国の第一列島線防衛を難しくしている。また、2014年から人民日報などで、中国は本来沖縄の宗主国であり、本来中国の覇権の範囲にあると主張している。

それらに日本が独自に対抗するには、毎年15兆円程度の予算が必要であり、それは実質的に困難である。そこで、インドやロシアの力を利用するなどの方向で戦略を立てるべきである。オバマ時代には出来なかったが、これらの地政学的利益が共通する主要国との関係を深めることに、トランプは反対しない筈である。

何れにしても憲法改正は日本防衛の第一歩であり、何とか実現しなければならない。このままでは自衛隊は実際には力を発揮できない。この5月8日のWall Street Journalの論説にも、「憲法9条は同盟国との集団的自衛を邪魔しており、日本にとって危険になっている」とある。そして、「日本が直接攻撃されていない状況下でも同盟国との共同軍事行動に参加するために、攻撃能力を持つ軍を必要としている」と、日本の情況を説明している。

(以上は、同番組を見て素人がまとめたものです。)

補足:
1)馬淵氏により、トランプ氏はこれまでのグローバル化路線を推し進めたオバマやクリントンの外交を一貫して否定しているということが強調された。その中で、馬渕氏はISISをつくったとまでは言わないが、従来のアメリカ(グローバリスト、Wall Streetのユダヤ資本)は利用してきた。また、中国共産党政権は米国が作ったと、自説を紹介している。後者の説については、昨日のブログ補足で紹介した。(America’s retreat from victory)

2017年6月10日土曜日

キッシンジャーの日本観と日本が取るべき今後の対米姿勢

1)今日、北野幸伯さんの無料メルマガが届いたので、その中で紹介されている“アメリカ政界の怪物・キッシンジャーが語った「日本観」と「中国観」”を読んだ。ここで書かれているキッシンジャーの日本観は米中国交回復の時の話でよく知られている。つまり、キッシンジャーは日本を非常に低く評価し、米国の対アジア外交の中心として中国を置くだろうと言っているのだ。

そこに再録されたキッシンジャーの日本観と対日外交の考えの概略を記す。(情報公開され、産経新聞(2002/8/6)に紹介された)

日本は自国の社会があまりに異質なので、社会を適合させ国の本質を守ろうとする。日本は突然の大変化も可能で、三ヶ月で天皇崇拝から民主政へと移行した。日本人は自己中心的で他国に対する感受性に欠ける。日本が独自に国防を行えば、軍事拡張で周辺諸国の脅威となるだろう。現在の日米安保体制は日本を束縛する為にある。米国は日本に最低限の武装しかさせないし、核武装させない。(補足1)もし、日本が強力に再軍備拡張計画を開始すれば、米国は中国との嘗ての同盟関係でそれを阻止するだろう。

嘗ての同盟関係とは対中戦争での蒋介石支援だとメルマガに書かれている。しかし、大戦後中国共産党政権を誕生させたのはマーシャルとアチソンだという説が有力(補足2)なので、キッシンジャーが言及したのはこちらの可能性の方が強い。

この米中で世界を支配することを考えているキッシンジャーを顧問としてトランプ政権は抱えている。北野氏は続ける。

日本には「核武装すれば全て解決する」と安易に考える人がいます。しかし、日本が米国の許可なく核武装すれば、日米同盟は解消され、米中同盟が出来上がり、米中が協力して原油等の搬入ができない様にすることで叩き潰されるでしょう。

2)日本はどうすべきなのか。北野幸伯さんは、「日本は日米関係をますます強固にしていくことを最優先課題にすべきである」と提言する。北野さんの考えに一理はあるが、本当に更なる対米従属しか処方箋はないのか?素人の私がこのような意見を言うのは気がひけるのだが、北野さんの分析は浅すぎるように思う。

先ず考えるべきは、「キッシンジャーは何故トランプ大統領の顧問になったのか」ということである。トランプ大統領は選挙前には、「日本も韓国も核武装すれば良い」と言っていた。また、「アメリカが世界一の派遣国として、世界中を相手に警察官をすることなどない」という趣旨の発言をしていた。これらがトランプ大統領の本心だろう。従って、大統領になってからキッシンジャーを顧問にしたのは、恐らくトランプ大統領の意志ではないだろう。

キッシンジャーは民主党政権の顧問だった人である。米国には他にも有能な人はたくさんいるだろう。今更、93歳のボケが始まっている筈の男を顧問に迎える必要があるだろうか?私は、キッシンジャーは同じ考えを持つ影の支配者の補佐役ではないのかと思う。つまり、民主党とか共和党とか言うのは、米国政治の表の薄皮であり、中は影の支配者の指令によって大統領も国務長官も操縦されているのではないのか。

その支配者の意思がどこにあるか分からなければ、対米従属を続ける路線は破滅への道かもしれないのだ。米国は、過保護により子供をダメにする母親を手本にして、片務的軍事同盟を結んで日本を骨抜きにする戦略をとってきた。その路線を疑うことなく走る日本の自民党傀儡政権が日本国民から批判されないように、米国は経済的には寛容な政策を取ってきた。

日本の骨抜きのために寛容な政策をとってきたのなら、米国に一層献身的に協力する日本の新しい姿は、米国の目には急に距離を縮めてバカ(ブス)に見えるだけである。腹黒ボスの心に強力な反発力を誘起して、蹴飛ばされるのがオチだろう。

3)ひょっとして、影の支配者の中心にいた人は、この3月に亡くなった人ではないのか。何れにしても、時代は動いている。キッシンジャーが1971年頃に周恩来に対して発した言葉を、そのまま受け取るのが妥当かどうかを考えるべきである。また、キッシンジャーのトランプ政権の位置がどのようなものかそれも掴むべきである。キッシンジャーの発言とトランプ政権の動きとの相関を慎重に分析すべきである。

それに第一、1)に書いたような考えを主に周恩来などに披露したとしても、それがキッシンジャーの真意なのかどうかさえわからない。トランプ大統領もキッシンジャー氏も、それに裏にいるかもしれない黒幕も、巨大化した現在の中国を決して味方だなどと考えてはいないだろう。それに、アメリカンファーストという人が率いる国家が、世界中の国家を早々に敵と味方に分類するのは不自然である。

もちろん、中国の首脳の方は優秀なので、当時でもキッシンジャーの考えをそのまま受けていなかっただろう。どうせ、自分以外を分断して小粒化し互いに反目させ、自分の立場の強化を狙っているのだろうと思った筈である。

北野さんと違って、日本は中国ともっと対話すべきであると考える。また、米国の逆鱗に触れるのは賢明ではないので、米国にも従来通りの「ご指導とご支援賜ります様、お願い申し上げます」を続けるべきである。それが米国にとって、鬱陶しくならないように、米国と相談の上で自衛力の強化を図るべきだと思う。その路線を現在の安倍政権は歩んでいると思う。ただ、それを支援する取り巻きに優れた人材がいないのが残念である。

とにかく、時代は動いている。今や、共産中国を育てたりする考え方は米国にはないだろう。共産主義はすでに破綻しているのだから。

補足:
1)オバマ政権のバイデン副大統領がクリントン氏の応援演説(大統領選)の際、「日米安保は日本の軍国化を阻止するためにある」と発言した。
2)Joseph R. MacCarthy, “America’s Retreat from Victory”, The Devine-Adair Company, New York, 1952.

2017年6月9日金曜日

人や職業を表す接尾語を正しく使うべき:専門バカには「師」を用いるべきではない

人間、社会で生きるには職を得なければならない。選ばれて専門的な職を得るには、先ずその分野で力をつけなければならない。専門で一定の基準の知識や技術を達成した場合、その資格を表すのに「士」という接尾語が用いられる。武士、棋士、弁護士、代議士、学士、修士、博士などである。その専門で一定の水準に達すれば、後輩に教える事もできるだろう。そして、人の上に立つことができると「先生」と呼ばれる。先生は中国語で「老師」であるので、「師」はそのためにとっておくべきである。(補足1)「先生」は人の上に立つので、全人格的に優れた天性の素質をもたなければならない。(補足2)

ある専門分野を資格という視点ではなく、“それを職業としている人”或いは“その分野に強い人”という意味を表す接尾語として「家」や「者」が用いられる。画家、音楽家、政治家、敎育家、科学者、指揮者、医者などである。「家」の方が「者」よりも社会における地位が高く、天性の素質を要する場合が多い。従って「家」と呼ばれる仕事の人は「先生」と呼ばれることが多い。これらをまとめて「専門家」という言葉で言及したり、医者を医師と言ったりするので、両者の峻別はされない。

これらに比べて、比較的単純な作業を仕事とする人の呼称に、「手」が接尾語として用いられる。運転手、選手、騎手などである。「手」と呼ばれる人は、専門家とは呼ばれない。以上は、言葉は違っても多分世界に共通する職業の社会における位置付けだろう。

別の表現を用いれば、多方面の能力を総合的に用いるのが「家」、限られた専門分野で生きるのが「者」で、単純作業をするのが「手」である。「家」は人間として幅広い常識を有し、且つ、上述のように生まれつきの才能を持たないとなれない場合が多い(補足3)。一方、勉強をすれば普通の人でも専門的で高度な技や知識を獲得でき、「者」になれる。専門的知識を勉強している間に、常識や情が通じなくなる場合もある。その場合でも「家」は通常非難されないが、「者」はしばしば非難の対象になる。「手」には常識や情がそれほど期待されていないので、淡々と仕事をこなせば良い。

専門家の中で社会において最も重要なのは政治家である。政治家は社会の中心にあって、人を知り、歴史を知り、経済を知り、法を知り、技術を知らなければならない。一人の人間が全能であるはずはない為、それぞれの専門家を使って政策を組み上げなければならない、一段上の総合的且つ高度な専門家である。

その一段上の総合的且つ高度に専門的な政治家を、民主主義社会では凡庸なる大衆が選挙で選ぶ。それは民主政治の本質的欠陥である。民主政治を広めたのはキリスト教の罪であるとニーチェは著書「アンチクリスト」で攻撃する。

補足:
1)「士」という接頭語を用いるべきところに「師」を用いている例が昨今多い。しかし、それは日本語の乱れであり、弱きものや劣ったものに対する倒錯した道徳の結果である。看護師、介護師、薬剤師などに、「師」を用いる理由はない。代議士の治療を医師と看護師が行うのでは、接尾語を区別して用いる意味がない。
2)学校の先生は対象が子供であるので、ここで言う全人格的に優れた天性までは要求されないが、「師」をつけて教師と呼ばれる。「医師」の「師」は「士」が相応しいのだが、患者の弱い立場を考えれば、教師の場合と同様に「師」が用いられるのも理解できる。
3)「家」には、これらの職業人として用いる場合の他に、私的な会話などに限って単に性格を表すために用いられる場合がある。例えば、「恐妻家」や「人情家」と言う類の「家」である。これは、十分常識を持たない人たちにより持ち込まれた日本語の乱れと考えられる。言語が現在まで一定の質を確保できたのは、言語を支配する権利が上層部に限定されていたからではないだろうか。今後、言語は崩壊の一途をたどるだろう。

2017年6月5日月曜日

タイガー・ウッズとドナルド・トランプに学ぶ:世界の優秀な男たちは結婚などしなくなるだろう

タイガー・ウッズは元世界ランク1のプロゴルファーで、ドナルド・トランプは世界一の国家の大統領。両者の共通点は世界一のラベルだけのようだが、それぞれにもう一つの場面が共通するような気がする。

彼らの配偶者との関係は、壊れた或いは壊れかけている様に見える。トランプ大統領が始めての外遊でテルアビブ空港に降り立った時、二度目はローマ法王との面会の為にローマの空港に降り立った時、メラニア夫人の手をとろうとしたが、夫人はその大統領の手をいとも簡単に払い除けた。

世界一の権力者になった旦那が、その晴れ舞台を映すテレビカメラの前で格好をつけるべく、さしのべた手を何の躊躇もなく払いのける図々しさに、日本人なら誰しも呆れるだろう。しかし、米国人はどうなのだろうか。「“格好をつけるために付いて来てくれ”というから同伴した。しかし、手をつなぐなんて約束はしていないわよ。」その場面を写した動画をみると、メラニア夫人のつぶやきが聞こえてきそうな気がする。http://www.huffingtonpost.jp/2017/05/24/melania-trump-snubs-another-of-donalds-attempts-to-hold-her-hand_n_16778650.html

世界一のプロゴルファーであるタイガーウッズと結婚したエリン・ノルデグレンさん。2010年、タイガーウッズの複数の不倫スキャンダルが発覚し、離婚した。その際、慰謝料など約1億ドルを受けとり、豪邸が建ち並ぶノース・パームビーチのビーチフロントの一等地に2000万ドルの豪邸を建設した。そして、現在の恋人はその豪邸の隣に住む億万長者の企業家だという。https://www.j-cast.com/tv/2014/05/14204714.html

そのタイガー・ウッズの離婚後の人生は、低迷するゴルフの成績と薬物疑惑で、暗黒の谷底への転落のように見える。留置場で手錠をかけられ、朦朧としているタイガーウッズの姿が痛々しい。http://www.news24.jp/articles/2017/06/02/10363167.html

タイガーの頂点だけを慰謝料という形で掬い取った女のたくましいというか、厚かましさというか、何か凄まじいものを見る思いである。

「慰謝料の算定は、男性の仕事に対する配偶者の貢献を半分とみなして算定する」男女同権とか言う訳の分からない思想によって作られたルールなのだろう。天才になるのは不可能だが、大抵の女なら策略次第で天才の半分にはなれるということなのだろう。偉そうな顔をする女はやはり男の敵に見える。お二人は結婚して幸せだったんのだろうか? それともちょっとした迷いで結婚してしまったのだろうか? 一旦結婚すれば、蜘蛛の糸にかかったバッタのようなものだ。

兎に角、欧米諸国の女性は男性と同程度に社会的な力を法的に保証力されている。それは、男性にとって住みにくい世界を作っていると思う。有能な男性はバカバカしくて、結婚なんてできないだろう。つまり、世界は未婚時代を迎えるだろうし、それは既に始まっている。それは人類の遺伝子を無能化し、人口を減少させ、最終的には滅亡という形で終わるだろう。

”男女共同参画、男女同権、あらゆる分野での女性を半数程度にしよう”とバカの国のバカ宰相がマイクの前で国民に叫ぶ。ミツバチの世界でも、勿論ライオンの世界でも、ニホンザルの世界でも、そんな理屈は通らない。何故、人間にはそれが通るのか?

キリスト教か何かは知らないが、弱き者とバカが偉そうな態度を取る権利を持つ世の中をつくったのが原因だろう。ニーチェのアンチクリストにはそのように書かれている。

(イタリック部分編集:6/6/6:00)

2017年6月4日日曜日

言葉の重みが解っていない日本政府と「そこ迄言って委員会NP」の参加者

1)今日、中京地方で「そこ迄言って委員会NP」の放映があった。そこで評論家たちが集まって、日本国憲法改正に関する話をしていた。出席者の中で、中国人経営者の宋さんのみが、まともに日本語で話をしていた。

田嶋という人は日本崩壊を期待しているひとだから、支離滅裂なことを言うのは当然なのだが、その他の人たち:長谷川氏、須田氏、中田氏など一定の地位を得ている評論家、の議論がそうあってはならない。

安倍総理が最近提案している憲法改訂案は、全く駄目だと思う。憲法9条の第三項に、なんと書くかはともかく、第二項をのこしたままにして自衛隊の存在を認めるべく憲法に書き込むことは不可能である。しかし、憲法が専攻であると言っていた竹田氏が、憲法9条二項をのこしたまま、9条の適用除外として自衛隊を憲法の中に書き込めば良いと言っていた。法において例外規定を置くことがどんな場合でも可能だと思っている様だ。頭が悪いのだ。

その他の評論家たちも、急を要する事態が進行しつつあるのだから、仕方がないという言い方で安倍総理の予定案を支持している。

昨今の情況をみると、総理案は主体性のない国会議員たちに支持されるだろう。そして、そのように憲法が改訂される可能性大である。しかし、それを行ってしまうと、「日本国は言葉を話す人間の集まりである」という命題を否定することになり、日本人は本当に猿だった(Yellow Monkey)という結論を得て、競合する欧米の人たちを始め世界中の国の政府を喜ばすだろう。

この問題は、従軍慰安婦や南京大虐殺などとはレベルの違う問題である。米国の占領政策で、日本がこのような体たらくになったのなら、見事としか言いようがない。トランプ大統領はただ苦々しくおもうだろうが、オバマ氏やクリントン氏は喜ぶだろう。

2)その次に中国のAIIBへの参加の是非の話をしていた。ここでも中国人の宋さんと全くの素人である落語家のざこばさんのみがまともであった。宋さんが指摘するのは、要するに、「米国がどうするだろうと様子を見て決めるのではなく、自分で考えて決めることが大事である」ということである。

その独立国として最も基本的なことが、この日本国にはできていないと宋さんが指摘していた。中田氏は、70年代の日本の頭越しの米中国交回復のようなことにならないようにすべきと言っているが、その発言は宋さんの言葉が全く理解できていないことを示している。

日本国は独立国であり(一応)、世界中の国々と競合しているという、国際政治の本質を理解すべきである。つまり、中国だけではなく、米国も仮想敵国である。そして同時に、米国だけでなく、中国も将来の同盟国候補である。

その際、過去の歴史と現在の情況を元に様々なシナリオを設定し、自国の利益を最大とするように考えて、そのそれぞれの結果を比較して国家の政策とすべきである。最後は一定の覚悟を国民とともに共有できる体制を作らなければならないと思う。

つまり、情況が逼迫しているのなら、内閣や国会だけでなく、国民に必死で考えるように要請すべきである。そうすれば、憲法改正問題もAIIBへの参加問題も、国民の知恵が政府を救けるだろう。安倍総理の頭のなかだけパニックになっては、国家は滅びるのだ。

(政治の素人ですが、たまらずこのような発言をする次第)

在米の方との韓国人慰安婦問題についての議論再開

この二週間ほど、日本生まれで在米韓国系だと思われる人と慰安婦問題の議論がヤフーブログの中で続いている。一旦終わったかなと思ったが(https://blogs.yahoo.co.jp/hetanonanpin/64652798.html) 一週間のブランクを経て再び私の意見を攻撃するコメントが届いた。

その方の主張は、「慰安婦問題は日韓基本条約後、新たに発見された問題であり、従って日本が政府補償すべきである」ということである。そして、その方は慰安婦への個別補償が国際世論であると言って、https://blogs.yahoo.co.jp/kounodanwawomamoru/65921385.html?vitalityのサイトを引用された。多分同じ方のサイトだろうと思う。

そこで以下の返答を書いたので、紹介する。オリジナルブログと積み重ねた議論は:https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43292655.htmlなど。

あなたは単に日本攻撃の政治活動をしているに過ぎないことは十分おわかりですよね。引用されたブログですが、台湾やフィリピンの話が主なので、その部分については両国間の条約を見てみないと議論しようがありません。また、元慰安婦は話が取り上げられた以上、政府が個人に対して補償すべきだというのは当然です。単に一稼ぎと考えて参加した女性たちもそのように言うでしょう。

個人補償をするのなら、日本からの慰安婦も対象になるでしょうし、日本で空襲被害にあった民間人も対象にすべきでしょう。そんなこと出来る訳無いでしょう。国家とか政府とかが何のために存在するのか、考えてみればわかることです。

「国際社会は」とまるで一つの人格をもった主体のように表現されていますが、引用ブログの記事を見れば「元慰安婦とその周辺は」と言い換えた方がより正確です。従って、「クジラを殺して食べるなどと言う残虐行為は許さない」という法を無視した国際社会の意見もありますという反論が可能です。韓国との慰安婦問題で仮に国際社会のマジョリティーが政府賠償をせよと言っているとしたら、以下に書くようにそれは法をまげてまでの話です。

日韓基本条約で慰安婦の存在は全く考慮されていなかったという意見には賛成できませんが、殆ど意識されなかったというのは事実だと思います。交渉の場に居た人で知らない人は一人もいなかっただろうということです。つまり、新たに発見された事実ではなく、両国の代表たちは皆、目をつむっていたのです。その問題は場違いのように感じたということだと思います。従って、慰安婦への日本政府からの個人補償は日韓基本条約とそれに付随する協定のどの条項にも当てはまりません。

戦場と性の問題はそれほど難問ですし、この平和な時代でも性をビジネスにする女性とそれを事業化している人たちの問題も深刻且つ難問です。解決不能だとさえ思います。インド人のある人がこんなことを言ったとテレビか何かで聞きました。「インドに日本のように実質的に売春だけれども、法的には出会う場所を提供しただけという灰色領域のシステムがあったなら、強姦件数がずっと減少しただろうに」と。この部分は、再び支離滅裂という評価を被るでしょうが、仕方ありません。

この人は相当知的な方で、私にとっても始めての強敵だと言えるが、その方は論理をまげてまで日本を攻撃するという無理を犯しており、勝敗は明らかであると思う。

(以下コメント文追加:8:45)

在米で米国の利益を優先する立場にある方かと思うので、無意味かもしれませんが、一言更に追加します。
私は、日本、朝鮮、中国は互いに協力して、この地球上に生き残る工夫をすべきだと思っています。従って、現在の北朝鮮危機も多くの方とは異なった見方をしています。この東アジアの人たちは全て、歴史を19世紀後半から、アヘン戦争のころから、学ぶ必要があると思います。東北部から南下して朝鮮や日本、中国の東北部などを獲ろうとしていたロシアの脅威から、どう生き延びるかを最初に考えたのが日本であり、戦ったのも日本です。中国も日本を悪く思う前に、英国のやったことなどを思い出すべきだと思います。 朝鮮戦争の悲劇も米国やロシアがつくったことです。そこのところを何も考えないで、第二次大戦だけを切り取るのは愚かだと思います。

2017年6月3日土曜日

トランプ大統領のパリ協定離脱表明について:二酸化炭素と地球温暖化は関係あるのか?

パリ協定が崩壊すれば長期的に環境に壊滅的な影響を生じると環境活動家たちは言うだろう。パリ協定は地球温暖化の原因が空気中二酸化炭素濃度の増加であるとする仮説を基礎におく。しかし、その科学的根拠はないと3年前に指摘した。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/08/blog-post_26.html

つまり、二酸化炭素濃度増の大気温度に対する影響は比較的小さいと思うのである。トランプ米国大統領は本音の政治を目指しており、まやかしの協定からは離脱すると言っているにすぎない。今朝の読売新聞一面の記事も中京テレビのウエイクも、トランプ大統領をヒステリックに非難している様だが、どこかよその利益を代表するマスコミ(米国のこれまでの支配層)なのだろう。

今回は、このCO2濃度増加による地球温暖化説を再度検証する。3年前の記事と同じ内容だが、別の観点から再度要点をまとめて独立した記事とする。

図(1)は米国物理学会のサイトから採った図である。太陽から来たエネルギーがどの程度地表に届き、反射され、吸収されるか。そして、地表に吸収されたエネルギーがどのようなプロセスで宇宙に逃げていくか、それらのエネルギー収支を示したものである。

図(1)https://www.aps.org/units/fps/newsletters/200904/trenberth.cfm

太陽からくるエネルギーは、紫外線、可視光線、そして赤外線と幅広い範囲の電磁波で地球に降り注ぐ。そのエネルギーの流れは341.3 W/m^2(1平方メートル当たり341.3ワット)である。(補足1)そのうち、地球表面で吸収されるのは161W/m^2であり、雲など空中から反射されるのが79 W/m^2、地表で反射されるのが23 W/m^2、大気により78W/m^2吸収される。

地表で熱に変わった太陽エネルギーは赤外線の形で大気中に放射されるが(補足2)、その大部分は空中から逆反射される。この吸収と逆放射に寄与するのは、空中のマイナーな成分分子、水分子、メタン分子、それにCO2, 酸化窒素など様々な分子である。(補足3)

地上の熱は他に、直接大気を温め(17W/m^2)たり、水分を蒸発させる(80 W/m^2)のに使われる。これらの熱は対流及び雲の発生により上空に運ばれる。結局、赤外線として宇宙に放出されるのは、239 W/m^2であり、放出される熱(赤外線)と反射される太陽光(全ての波長範囲)のエネルギーの合計は入射太陽光のエネルギーに等しくなる。

地表からの赤外線の内、大気の窓と呼ばれる波長領域(15ミクロン付近)は直接宇宙に放出される。その量は、40 W/m^2(地球からの赤外放射の16%)であり、大きくない。ここに赤外吸収を持つのは水蒸気や二酸化炭素だが、二酸化炭素の増加がこの窓を閉じるのではないかというのが、地球温暖化問題として話題になる部分である。しかし、二酸化炭素の消費がどの程度空気中の二酸化炭素濃度を増加させ(補足4)、更にその増加がどの程度気温に影響するかについて、未だに十分議論されていないと思う。

そこで既存のデータから少し考えてみたい。図(2)は気象庁の発表データから取った二酸化炭素の空中濃度(1987-2017)と札幌及び東京の気温(1877-2015)の経年変化である。水平矢印線は、それぞれの横軸の関係を示している。この140年間で東京では3度程、札幌では2度程夏の気温が上昇しているようである。両地で気温上昇に違いがあることから、この気温上昇のかなりの部分が二酸化炭素濃度の上昇の結果でないことが分かる。
図(2)空気中の二酸化炭素濃度及び東京と札幌の気温変化

この30年間のCO2濃度変化は、ほぼ直線的に350ppmから410ppmまで増加しているが、その間の温度変化は東京でも札幌でもおよそ1度位だろう。この温度上昇も化石燃料等の消費による二酸化炭素の増加によるかどうか、極めてあやしいことが世界の化石燃料の消費データと比較すると分かる。つまり、温度上昇が空気中二酸化炭素増の原因かもしれないのだ。
図(3)http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2013html/1-1-1.html

図(3)は資源エネルギー庁が発表している世界のエネルギー消費量の経年変化である。これによると、1960年ころから化石燃料の消費が急増し、現在もほぼ直線的に増加している。気温変化のグラフの左端である1876年では、現在と比較して化石燃料の消費量は殆ど無視できる程度であるが、このような折れ線グラフの片鱗も図(2)の気温変化には見られない。

化石燃料の消費増加量に比例して二酸化炭素濃度が増加するのなら、1960年から現在までに世界の気温は3度程度上昇する筈だが、図(2)からはそのような変化は読み取れない。札幌と東京の気温変化の違いは、ほとんど都市化の差によるものだと考えられる。全くの田園地区で気温変化をとると、札幌の変化よりも更に小さいのである。(http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/08/blog-post_26.html

図(1)のエネルギー収支の概算では、大気の窓領域での地球からの熱放射が16%程あるとなっていたが、そこへの二酸化炭素の影響を考える上で参考になる図が公表されている。それが図(4)である。この図の左右の関係(左は入射、右は放射)は図(1)の左右の関係と同じである。
図(4)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Atmospheric_Transmission.png

図(4)の一番上に示された地球からの赤外線放出スペクトルで、CO2に関係のある部分(波長15ミクロン付近)は、水蒸気の赤外吸収の端と重なっておりすでに影響は飽和している。つまり、これ以上のCO2濃度増はそれほど大きな影響がないことを暗示している。

結論として、気温変化に大きく影響するのは、大気中の水蒸気濃度と雲の量である。雲の量は、図(1)の太陽光の反射の割合に大きく影響する。つまり、曇の日は夏でも涼しいのである。一方、大気中水蒸気量が増加すれば、図(4)の大気からの赤外線放射のピークを低くし(同図の三段目の水の赤外吸収の谷底が持ち上がる)、気温が上昇するだろう。そして、雲が雨を降らせることで、空気中の湿度の調整をしている。

その雲の量に影響するのが、太陽からの放射線量である。放射線による地球大気のイオン化は、雲を作る核となるからである。以上の雲と水蒸気のことに言及しないで、二酸化炭素濃度ばかり強調するのは非科学的政治的プロパガンダである。

科学的根拠のない協定は、政治的にずる賢く振る舞う国に利益をもたらし、外交下手の国には不利益を生じる。パリ協定などの二酸化炭素と地球温暖化を結びつけて、化石燃料の消費を制限しようというのは、別のいろんな思惑があって提案されたのだと思う。

補足:
1)地球表面が受ける太陽エネルギーの単位面積あたりの平均値は、太陽光に垂直な単位面積の平面が受ける一秒あたりのエネルギーの1/4である。(1/4は地球の断面積÷地球の表面積)
2)黒体輻射の法則の近似を用いていると思われる。
3)酸素や窒素のように同じ原子からなる2原子分子は赤外線を吸収しない。
4)二酸化炭素は親水性分子であり、海中によく溶ける。カルシウムイオンがあれば炭酸カルシウムとして沈殿するだろう。気温上昇と空中の二酸化炭素濃度上昇がこの数十年間のデータから相関があると言っても、気温上昇が原因で二酸化炭素濃度増加がその結果かもしれない。つまり、海中や地中からのCO2の放出である。パリ協定などの提出根拠は、十分科学的ではないのだ。