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2017年1月18日水曜日

孤独死は問題ではない:ある葬式を体験して感じたこと

1)昨年の12月下旬、高速を車で走って1時間ほどのところに住む義理の叔父の葬式に出席した。中部を中心に140店ほどの専門店を経営する会社でかなり出世した人ではあったが、出席者は多くなかった。最後はその会社関係の専門学校の理事長を務めたと聞いていたので、意外だった。

弔電は国会議員数名を含め30位あったと思う。日本を代表する企業の社長から弔電が届いたのは、親族の勤務先だからだろう。故人とは二、三度会ったのみだが、非常にしっかりとした知的で社交的な人物だった。夫人も、多少プライドの高い方のように感じたが、同様だった。

最後の別れということで、死に顔を拝見することになった。生前話した時の面影はなかった。その時、三島由紀夫の小説「金閣寺」の中の文章を思い出した。(補足1)つまり、生きている私の視線を、屍が一方的にまるで暴力のように受けて居ると感じた。義理の親族の屍に対して、私にそのような権利がある筈はないと思い、直ぐに目を離した。

葬式からは早々に失礼する予定だったが、火葬場にも行くことになった。その火葬場は、車で45分ほどもかかる遠方にあった。焼かれて出てきた遺灰は思ったより少なかった。二回骨を拾うことになり、それらが壺に納められたのだが、生前の姿と比較して無に等しかった。

二人いる娘さんのうち、同居している次女の方のかすかな鳴き声を一度聞いたが、それ以外の泣き声を聞くことも、涙を見ることもなかった。もちろん、私の視線の及ぶ範囲のことではあるが。

2)昨今、わが国では孤独死が問題になって居る。経済発展や少子高齢化などの影響で、家族に見守られて死亡するという古来の死の形が崩壊しつつある。これに関連した五木寛之氏の新聞紙上の文章について一昨日感想を書いたが、“単独死、孤独死が悲惨だとは思わない”という五木さんの言葉に同意した。

その理由はそこに書いて居るが、その思いはこの葬式が心に残っていたからより鮮明に、心の中に刻み込まれたのかもしれない。今日(こんにち)の葬式では、そこへの出席が面倒だと思いながら、自分の心の中の義務感に従って出席する人が多くなって居るだろう。義理の親族や親族の会社の関係者などは当然だが、親族でも一滴の涙も流さない人も多いだろう。

死が孤独なのは、葬式に多くの人がこようが来まいが、死ぬ直前に周りに親族が居ようが居まいが当たり前である。生きて居るうちの孤独による不便は問題だが、孤独死は問題ではないと思う。(補足2)

中国だったかネパールだったか忘れたが、葬式には大声を出して泣いて故人を送るのが当たり前だという国や地方がアジアに存在する。韓国もその一つらしい。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1294250662 それは、葬式の時にも、出席者の心の中に故人の魂が生きているからだろう。その鳴き声は見送る側の別れの挨拶なのだと思う。

日本にはそのような風習はない。日本では死亡した瞬間に故人であり、死後の魂は存在しないのだと思う。もちろん、亡くなったその瞬間にあるいは時間がたって思い出した時に、涙するという親族は多いかもしれない。しかし、これらの涙は別れの涙ではなく、より孤独になった生きて居る自分を泣く涙だと思う。

周りの者にとっても、たとえ親族であっても、死はその人のピリオドであり、もはや重要な問題ではない。重要なのは生きている日々のみである。それは日本には、あの世が存在しないからである。日本の死はすでに”乾いている”し、葬式は形骸化している。もっと言えば、葬式は不要である。現に、葬式は親族だけで済ませましたという挨拶状が多いのはその証拠の一つである。 (19:00 加筆の上、全体を編集;翌日語句修正あり)

補足:
1)小説金閣寺の中に、父親の遺体を前にしたときの記述がある。”屍はただ見られている。私はただ見ている。見るということ、ふだん何の意識もなしにしているとおり、見るということが、こんなに生けるものの権利の証明であり、残酷さの表示でもありうるとは、私にとって鮮やかな体験だった” しかし、その感覚はもはや現代人のものではないだろう。
2)もし、人々もマスコミも行政も、そのような意味で孤独死の問題を考えていたのなら、言葉はもう少し丁寧に使うべきだと言いたい。日本人だが私も日本語が十分には使いこなせないのだが。

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